《07》『滅び』の『雨の国』
それから、幾何かの日は過ぎた。
教会付近に給った水たまりをつかって、洗濯をした。
教会内に花壇を作って、いつ頃になったら咲くかを予想した。
図書館で借りた本を徹夜して読んでいると、新しい蝋燭をサクラが持ってきてくれた。
サクラの料理が少しは食べられるものになった。
雨漏れしている箇所を直した。
とにかく、色んなことをやった。
楽しかったけれど、心の中でどこか腑に落ちなかった。
こんなことをやって意味があるのか。
そう思ってしまったのは、サクラがまだ自殺願望を抱いていると知ったその時からだ。独りになりたくないと言ってウォーカーのことを抱きしめたのは、殺されたかったからだ。
サクラにとって、ウォーカーの存在意義は『殺してくれそうな奴』。
ただそれだけだ。
人間ではない吸血鬼だからこそ、人間を殺してくれそう。だからおいてくれている。ここにいることを許してくれている。
だが、それはウォーカーだって同じことだ。
自分だって、サクラが『雨の魔女』だから必要としている。もしも違っていたら、ボロ教会で鼻水垂れの少女と一緒に暮らしたりしていない。
サクラが必要なのではない。
ただ自分が生きていくのが楽になりたいだけなのだ。
ただそれだけのことなのに。
ただそれだけのことだったのに。
どうしてだろう。
最近は、ただそれだけのことじゃ満足できなくなっている。
張りぼての楽しさだけじゃ、無意味なものだと思うようになっている。
これじゃあ、呪いだ。
呪われているようだ。
呪われないと思っていたのに、しっかりと呪われているじゃないか。幸せを追い求めるという呪い。一度望んでしまったら解呪するにはとても時間がかかる。もう二度と、幸せになろうと思ってはいけない。そう覚悟していたのに、いつの間にこんな呪いにかかってしまったのか。
「……ウォーカー? どうしたの? さっきから声をかけているのに、返事しないけど」
心配げに見上げてくるサクラ。
教会の礼拝堂。
そこで物思いにふけっていたらしい。
目前には神の像が立っている。
塗装が剥げて、足元の辺りが壊れている。町の人に壊されたのだろうか。それとも自然に壊れてしまったのか。
「なんでもない……」
「そう、ですか。それじゃあ、私は外で草刈りでもしてきますね」
何かを言いかけたサクラは、思い直して離れる。
どうしよう。あのことについて話した方がすっきりするはずだ。だけど、どうやって切り出せばいい。
「なあ、サクラ」
……そんなことを考えていると、勝手に口から疑問が飛び出していた。
「どうしましたか?」
「お前、まだ――いや、なんでもない」
勢いで訊こうとしたが、やはりやめておいた方がいいだろう。もっと時間を置いてから、訊かなければならない重要なことだ。
今、サクラを動揺させたら、どんな行動をとるのか予想できない。
不用意に藪をつつくような真似は慎もう。
「……? そう、ですか」
不審に思ったような声を上げるサクラだが、今度こそ外へと歩く。ゆったりとした動作で扉に近づいて、ギギィ、と開ける。
と、サクラの足が止まる。
「あっ……」
外に出ようとしたら、すぐ近くに人が立っていたからだ。
今にも教会に入りそうなほどの距離に、見たこともない男が立っていた。サクラはあんぐりと口を開けて見上げる。
その男の距離的に、この教会の訪問者であることには違いない。だが、それにしては妙だった。ノックをするならするで、そんな動作があっていいはず。もしくは、すいません、と要件をいいはじめるはず。なのに、
「…………」
険しい顔をしたまま、じっとサクラのことを凝視している。
さすがに様子がおかしいと思って、ウォーカーはサクラと男に近づいていく。もしかしたら、要件はサクラじゃなく、ウォーカーにあるかもしれない。だとしても、様子がおかしい。まるで、ずっと扉で聞き耳を立てていたような距離にどうして男はいたのだろう。
胸の奥がざわつく。
なにかが……なにかが壊れてしまうようなそんな気がした。……そんなことを思っていると、スッ、と男が何かを差し出す。細長いもの。それは、サクラの胸元に差し出される。もしかして、それはなんだろう。サクラにあげるもの。それはプレゼントか。だとしたら、サクラの知り合いなのだろうか。
「えっ?」
――と、サクラの頓狂な声が、意識の間隙に入りこむ。そして、男の手に持っていたものが、なんなのか。それが、ようやくわかった。それは、ただの――銃だった。
パァン、と、銃声が教会の中に木霊する。
聞き覚えのある、懐かしい響きだった。
戦争中になんども聴いた。だから、間違えるはずがない。サクラの胸に、確実に命中した。銃の弾丸はめりこんだ。なのに、信じられなかった。
「な、に……?」
身体がまるで凍りついたように動かない。
頭も働かない。
サクラのことを撃った張本人は、ふは、はははは、と血走った瞳で、哄笑し始めた。さっきまでとはまるで別人だ。
「撃った……。撃ってやったぞ! 俺の銃で! ははは! あはははは!」
ガクン、と膝に力が入らず、視界が一瞬真っ暗になる。
意識を保っていないと、倒れてしまいそうだ。どうしてこんなことになっているんだ。
「……サクラ? おい……」
サクラに声をかけてみたが、起き上がってくる素振りが全くない。そんなわけがない。そんなあっけなく終わってしまうわけがない。
フラフラと幽霊のように歩くと、男の後ろにもたくさんの人間がいるのが見えた。その誰もが武器を持っていて、眉尻が上がっていた。みんな、覚悟を決めた者の瞳をしている。
「殺せ! 呪いなんてありゃしない! これだけ長い間男が一緒に魔女と住んでいて無事だったんだ! 俺達がぶっ殺しても、俺達は呪い殺されない!」
「仇をはやくとって! 私の子どもは土砂崩れで死んだわ! あの魔女は私の子どもの仇よ!」
「私の恋人の病気は、他の国へ運べば治るはずだった。豪雨と雷のせいで橋が壊れなければ、私の恋人は死なずに済んだ!!」
「殺せ! 殺せ! 教祖様を殺したのはこいつだ!」
「手首を十字架に打ち付けて見世物にしろ! 死体になってもナイフで刺し続けるんだ!」
口々に手前勝手な正義を宣う。
何を言っているんだ、こいつらは。どれだけ自己正当化しようとしたって、やっているのは人殺しだ。
「あっ、が…………ああっ……」
倒れていたサクラが、弱弱しくうめき声を上げる。
……よかった。即死はしていないようだ。だけど、それを聴いてしまったのは、ウォーカーだけではない。
「まだ息がある。早く止めを刺せ!」
残虐性を持った怒号を呻く野獣。
もはや人間とは思えない。いや、これでこそ人間なのか。
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ブゥン!! と、長椅子を腕力だけで投擲する。
「うおおおッ!」
引いた瞬間を狙って、あたりにあるものを手当たり次第に投げてバリケードを作る。たてこもるしかない。出口は男達が入ってきたところだけだ。
痛みを訴えているサクラを抱えて、奥の部屋へ駆け込む。
「化け物が、化け物が正体を現したぞ!」
「やはり、あいつもあの行商人の娘が言った通り化け物だ!」
「あいつもこの国に災厄をもたらすものよ! 魔女と一緒に殺しましょう!」
扉の前に、机やら椅子を置いた。これで、サクラの応急処置をする時間ぐらいは稼げるはずだ。逃げることも大切だが、今はまずサクラの容体を診ることのほうが優先される。
だが、ドグドグと流れる血液が、全てを物語っている。
「傷が……。クソッ、急所に弾が入り込んでいる……。このままじゃ本当に……」
――死んでしまう。
そんなこと、言えるわけがない。
死にそうになっているサクラの前では決して。
「どうして、どうしてっ! 全部、全部こんなの――」
どうして、どうしてこうなった。こうなった原因は誰のせいだ。
「俺のせいだ」
「俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいで……サクラが……死ぬ……」
魔女の呪いなどない。
それを証明してしまったのは、ウォーカー自身。
居心地がいいものだから。
どうせ雨の魔法の秘密に辿りつくことなどできない。そんなこと分かりきっていたはずなのに、居座ってしまった。
それに。
どうしてあの時、行商人の少女を助けようなんて思ってしまったのか。見殺しにしてしまえば、サクラは死なずにすんだかもしれない。少なくとも、ウォーカーの正体に気づかされることはなかった。もっと時間は稼げた。なぜ、助けてしまったのか。
助けない方が目立たない。
目立てば、こうなることは分かっていたはずだ。それなのに、助けたのは自分の罪が少しでも解消されると心の隅で思ったからではないのか。あの少女を救うことで、自分が救われると。そんなありもしない幻想にとりつかていたのではないか。
そうだとしたら、なんてくだらなくも浅はかなのだろうか。
「良かった……やっと私は死ねるんですね……」
口の端から血を流しながら、横たわったサクラがかぼそい声で呟く。
「サクラ、お前やっぱり……」
「はい。やっぱり、私はずっと死にたかったんです。どれだけ人は幸せになっても、不幸だった時代を変えることはできない。だから、過去の記憶がある限り、私は自殺志願者です。でも、欲を言えば……本当はウォーカーさんに殺して欲しかったです。嬉しかったんですよ。あなたを初めて見た時に、私を殺してくれる人がやっと来てくれたって思って……」
「俺は、お前を殺したくなんてなかった。お前が死ぬところなんて見たくなかった」
「それでも、私はあなたに殺して欲しかった。絶望しかなかった人生に、たった一筋の輝く光の道を、私はあなたに見た。だから『シャイニング・ウォーカー』なんですよ……」
「なんでだよ……」
なんで、そんなことしか言えないんだ。
どうしてもっと希望に満ちた未来を見据えることはできないんだ。
「それは、人は簡単に変わらないからですよ」
「そうじゃない……」
「え?」
「なんで、お前は死にたいなんて思わなくちゃいけないんだよ! 死にたいって願望を抱くぐらい辛い人生を送らなくちゃいけなかったんだ! お前は悪意を持って誰かを傷つけているわけじゃないのに! どうしてえッ!」
どうして。
どうしてたった一人でもいい。
サクラに教えてやらなかったんだ。
ここにいてもいいと。
生きていてもいいと。
そんなどうしようもなく普通のことを教えてやらなかったのか。
「生きているだけで、誰かを傷つけてしまう。そんな私は生きている価値なんてないですよ……。だから私は死ななくちゃいけないんです。みんなにも、散々そういわれ続けました……。言葉だけじゃなく、身体にも教え込まれました」
サクラの震える指は、自分の服を掴む。
掴んで、そして顕わになる肌。
そこには無数の傷があった。何か所も何か所も。そしてその傷は新しいものなんかじゃない。古傷だ。きっと何年にもわたって、何度も傷つけられた傷だ。
「お前、これ……」
「はい。みんなにやられました……。でも当然ですよね。私は、魔女なんですから……」
いつの時代になっても、人間のやることは変わらない。
あっけらかんと言ってのけるサクラは、今までどんな辛い仕打ちをされたのかはかり知れない。
「いつだってそうなんですよ。だから、私はいらない存在なんです。だから、死んで当然なんです。だから、だから、だから……」
苦しんで。
本当に生きているだけで苦しいように、サクラは言葉を紡ぐ。そして、
「だから、いまさら生きたいなんて言っちゃだめなんですよね……?」
心の殻を破る。
「あなたなんかに出会いたくなかった。出会ってしまったから、私は生きたいなんて思ってしまった。たとえ、利用し、利用される関係であったとしても、私達はお互いを必要としていた。歪な関係だったとしても、それでも私にとって初めて必要とされた瞬間だった。必要とされてしまったから、私は生きていてもいいと思ってしまった。そんなこと思うなら、私はあなたとなんか出会いたくなかった」
「お、俺は――」
「……なんて、嘘です。本当はあなたに会えてよかった。掃除をして、料理をして、ちゃんとした服を着て、一緒に会話をして、そんな人間らしいことをして、私は初めて人間になれた。魔女じゃなくて、ただの一人の女の子として私はいれた。……ありがとうございました。ウォーカーさんに殺されなかったけど、私はあなたに生かされた。人間らしい生き方を教えてもらった。ほんとうにありがとうございました」
そんな優しい声色で、そんな悲しいことを言って欲しくなかった。
最期の最期に、どうしてそこで、お礼を言われないといけないんだ。
「……なんで、『ありがとうございました』なんだ。俺のせいでお前は死ぬんだ。俺がお前を殺したも同然なんだ! 俺はお前にお礼を言われるようなことは何一つしていない。お前にそんな優しい言葉をかけられるようなことを何一つできていない。こんな、こんな――」
「自分の恋人を殺したような奴は、死んだ方がいいんだ!」
人間を殺してきた。
だけど、それ以上にきっと同胞を殺してきた。
それが、かつての自分の恋人だろうと、殺してきた。
「俺の恋人は人間に身体をいじくりまわされて、死ぬよりも苦しんだ。だから俺に懇願したんだ。『殺して欲しい』って! それで俺は殺したんだ! そうすることで、あいつを苦しみから解放することができるって! そう自分に言い訳して! 今ままでずっと、こうしてのうのうと生きてきた! そんな俺は、また大切なものを守れないまま、生きていくのかッ……! そんなの耐えられない……ッ。血を、吸わせてくれ! 俺は死んでほしくないんだ!」
教会で初めて出会った『雨の魔女』は、かつての恋人の姿と重なった。
どちらも殺して欲しいと懇願してきた。昔の大切な人は救えなかった。だから、今度こそは、今度こそは救おうとしたのだ。
だけど、結局は救えなかった。
本当に死ぬべきなのは、一体誰なのか。もしもサクラが吸血鬼になったのなら、その本当に死ぬべき者もやっと、死ぬことができる。死ねない吸血鬼は、やっと死ぬことができる。だけど、
サクラは首を振った。
「私を吸血鬼にしたら、きっと後悔しますよ。悲しんでいるあなたを見ながら生きるなんて、それこそ私は死にたくなります。だから代わりに、私の魂を吸ってください。私は生きたいんです。生まれて初めて死にたくないって思えたんです。だから、私を生かしてください……」
「何言ってんだよ! 魂を吸ったら、お前は……死ぬんだ……」
「そうですよ。私は死にます。そもそも死なない人間なんていないんです。誰だって死ぬんです。だけど、ウォーカーさんが私の魂を、私の記憶を、私の心を、私の血を吸ってくれたなら、私はあなたと共に生きることになるんじゃないんですか? 私はあなたに全てを奪われたいんです。私はあなたの中で生き続けたいんです。だから、お願いします……。もう、私、眠いんです。凄く眠くて、今すぐねそうなんです……」
「サクラ……」
手を握ってやるが、そこには血が通ってないように冷たい。
もう、本当に残された時間がない。言い争いなどしている余裕などない。助けられないのなら、せめて最期は彼女の願いを叶えてやりたい。
「二つだけ……約束してくれませんか? 一つ目はあの人たちを殺さないでください」
「な、んで?」
「あなたには……人殺しになって欲しくないんです。……これ以上、あなたには傷ついて欲しくないから……」
「……二つ目は?」
フッ、フッ、と蝋燭の炎が消えそうで消えない時かのように、サクラの瞳の中にある光が明滅する。
「サクラを、この国に咲かせてくれませんか?」
それは、サクラが生きている頃には、決して叶わないこと。
死ぬと分かっているからこそ、絞り出した言葉だ。
「私、ずっと自分の名前のもとになった桜を見たかったんです。だけど、生きてい内には見られなかった。だけど、私が死んだあとなら、もう桜は咲くはずなんです。どうすれば桜が咲くのは分かりませんが、頼めませんか?」
「ああ――必ず」
だから、もういいんだ。
頑張らなくて、苦しまなくて。
どんな綺麗ごとを並べたところで、手遅れとなった今となっては……サクラは死んだ方がいい。もう生きる辛さを味わってほしくない。
「……良かった。これで、安心して……死ね……ます……」
パタリ、と手を落とした。
握り返しくれない。
本当に。
サクラは、本当に死んでしまったのだ。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
死んでほしいと願ったはずなのに、本当に死んでしまったその時。その瞬間、頭がどうにかなりそうだった。
爪で自分の喉をかっきるが、やはり死ねない。血は噴き出すが、すぐに元通りになってしまう。だが、嘆く時間すらない。死後硬直が始まっている。もしも死んでから長時間経ってしまうと、魂は完全に抜け切ってしまう。
その前にできることは、サクラの全てを奪い去ることだけだ。
「ぐっ……」
サクラの首筋に歯をあてる。
噴き出してきた血を吸いこむ。それと同時に、魂すら吸収する。全てが混ざり合う。サクラの全てが、ウォーカーの中に入ってくる。
だが、そうしている間に後ろの扉が強引に壊れた。
「よしっ、ようやく開い――なっ――なんだこいつっ! 血を、血を吸っているぞ!」
「やっぱり、こいつも化け物だっ! 撃て、撃てぇ!!」
滴り落ちそうになる血を飲み干して、ウォーカーは立ち上がる。
自分の手を自分の爪で切りつけ、そして手のひらを広げる。何十もの銃弾にむけて手をかざし、そして、
全ての銃弾を、傷口からでた血で受け止める。
ドガガガガ、と銃弾は弾かれて、どこかしこに反射する。
まるで赤いカーテンのように広がった血を、傷口に戻す。瞬時に傷は塞がった。これが、吸血鬼としての本来の力。その一端。真祖にして、歴代最強の吸血鬼。人間の血を吸った今なら、その力を存分に扱える。
「なっ……」
男達はたじろぐ。
いや、男達だけじゃない。どうやらここら一帯の人間のほとんどが化け物狩りに参加しているようだ。視界に収めきれない人間がうじゃうじゃいる。なら、好都合だ。これで思う存分、八つ当たりができる。
「け、血液を鉄みたいに硬質化しているのか?」
もう、何もかも手遅れなら、もう、なにをやってもいいはずだ。
「ごめん、サクラ。一つ目の約束は守れそうにない。憎しみに囚われちゃだめなんだよな。人を殺しちゃいけないんだよな。……だけど、だけど……それでもお前をゴミのよう扱って殺した奴らのことを、俺は許すことができないんだよ……」
無駄な銃弾を撃ってきた連中を、とりあえず爪で切り刻む。悲鳴が聞こえるような気がしたが、どうでもいい。
立ちはだかってくるのが、女だろうが、子どもだろうが、老人だろうが関係ない。全てを薙ぎ払う。
遠くでこそこそ狙撃しようとする者は、圧縮した血を銃弾のように飛ばした。かぼちゃみたいに頭が吹き飛んだので、少しだけ気が晴れた。
とにかく、最も残酷で、残虐な殺し方はどういうものだろう。
どうすれば、ここにいる人間が少しでもサクラの痛みを分かってくれるのだろうか。
「だけど、その代わりに、二つ目の約束は必ず守る。たとえ、何年かかろうが、何十年かかろうが、何百年かかろうが、必ず、この国に桜を咲かせてみせるッ! お前がいつでも桜を見られるように、お前は桜の木の下に埋めて、そしてずっとお前と一緒に桜を眺めていよう。お前の夢は、必ず叶えるよ」
赤く濡れた床を歩いていく。
光などそこにはない。
ただ血と闇の道が広がっているだけだ。
「なんだよ、なんだよ! お前は!?」
サクラを殺した奴がそう叫ぶ。
なんなのか? そんなものはお前がよく知っているはずだ。サクラがくれた名前はもう名乗ることなどできない。だからきっと、
「吸血鬼さ」
名前を忘れた吸血鬼は、眼に映る全てを殺戮し尽すだろう。
そして、『雨の国』はたった一夜にして滅んだ。