《06》『五十年戦争』の『生き残り』
「……で、一体全体なにがあったら、こんなことになるんだ?」
ウォーカーは頭を抱える。
ズキズキと、頭痛がしてきた。
見知らぬ少女を救って、そのついでにパンやら安い肉を手に入れた。これで少しはまともな料理にありつけると思って教会へ帰ってきた。
するとどうだ。
教会の中が煙で充満していた。ドアを開けた瞬間、溢れ出してきた大量の煙に、当然ウォーカーは慌てた。火事でも起きたような濛々と拡散する黒煙の下を辿ると、真相を一目で悟ってしまった。
「襲撃でもされたか?」
そういいたくなるぐらいの惨状が目の前に広がっていた。
なにせ、黒焦げの物体がそこらじゅうに転がっていたからだ。あれは、きっと食べ物だったものだろう。竈は煙を吐き出しながら、炎を吹きあげている。
温度調節を間違っている。
強すぎるせいで、せっかくの材料が全て無駄になっている。そもそも大した材料がないから買い物をしたというのに、何をやっているのか。
「ち、違います。ゴホッ! ゴホッ!」
「料理だったら、いつものように俺がやってやるのに……」
咳き込んでいるサクラは、恐らく兵器を造ろうとしたのではなく、料理を作ろうとしていたのだろう。
幼女に料理の腕を望むのは酷というものだが、あまりにも不味い。初日に作ってもらった料理の味は、色んな意味で筆舌に尽くしがたいものがあった。
というのも、ちゃんとした料理というものを食べたことがほとんどないらしい。教会だから質素な料理が多いのだろうが、みんなの残り物を食べていたらしく、さらに質素な料理を口にしていたらしい。
だから、数百年生きているウォーカーの方が腕は確かだ。
あまり拘るタイプじゃなく、一人で生きている時は生肉でもいいぐらいだった。が、今はそういう訳にもいかない。二人分をつくらなければならないのだ。
誰かのことを考えて料理を作るなど、いったいいつぶりだ。
正直、面倒だ。だが、それと同時に楽しかった。
独りで飯を食っている時とは違って、反応が分かる。おいしいと言って食べてくれるサクラを見ると、作って良かったなって思える。
何が好きで、何が嫌いか。
そういう好みはサクラにはあまりないけれど、おいしい、とすごくおいしい時の顔は全然違う。そんな違いは、個性で。そういうサクラらしさを知るたびに、なんだか自然に頬が緩んでくる。
くだらないことが楽しくて。
どうでもいいことが面白い。
そんな当たり前で当たり前じゃないことに、懐かしさを覚えた。
「私だって、料理ぐらいやればできるってことを見せたかったんです。……それに、ずっと……料理だけじゃなくて、掃除とか、服の縫い物まで……なにからなにまでやっていただいて……私は……このままでいいのかなって思ったんです……」
実は、サクラが今着ている服は、ウォーカーが縫ったものだ。
布のあまりものを縫ったものだが、色合いが似ているものを選別したので、繋ぎ目は分かりづらいはずだ。
最初に出会った時にボロボロの服が気になったので、服を作ってやったのだ。金がないわけではないが、少しでも節約しておきたかったから作ってやったのだが、そこまで気に病んでいるとは。
「子どもは何も気にするな。そのぐらい、いくらでもやってやる。その代わりに俺はお前から雨の魔法をお前から教えてもらうんだからな」
「でも、私は魔法の扱い方なんてしらない。何の役にも立てていない。だから、なんでもいいからウォーカーさんのためになにかしたかったんです」
「…………」
最初に出会った時から随分と変わった。
自殺したいと言わなくなったし、口調が柔らかいものになっていっている。他人のために何かをしたいって思えるようになっている。どんどん大人になっていっている。
吸血鬼と違って、人間の成長速度はとんでもないものだ。だが、やはり子どもの方が吸収力は半端ではない。だからこそ、白にも黒にも簡単に染まる。だとすると、今の共同生活はサクラにとってあまりいいものではない。
こんな吸血鬼と一緒にいるような生活は間違っている。
ならば、外で生きる術を叩き込む。
そうすれば、拠点を変えつつ生きていける。雨が降りつづければサクラの正体について怪しまれる。
だったら、放浪すればいい。
この国を離れて、サクラのことを知らない土地へ行く。子どもには過酷かも知らないが、それができるだけのことを徐々に教えていけばきっと幸せになれるはずだ。
だが、一人で生きていくには、まだまだ足りないものばかり。だったら、それを補える奴が必要だ。例えば、経験者。同じような経験をしてものなら、どんなものか分かるし、教えやすい。だったら、道すがら教えてやればいい。
「私はっ――ッ――」
ピッ、と放置してあった包丁で、サクラは指を切る。興奮しすぎたせいで、手を振ったせいで当たってしまったらしい。
「おい、大丈夫か。サク――」
ガクン、と膝が落ちる。
ぐわわわあん、と景色が歪む。
抑えきれない衝動が湧きあがってくる。
微かな傷口からは、とてつもなくいい匂いがする。ゴクリ、と唾を呑み込む。のどごしのよさそうな、血の匂い。かぶりついて吸えば、どれだけ美味しいのか。だめだ。もう、どれぐらい人間の血を吸っていないのか。やめろ。女子どもの血はまるでワインのようにまろやかで深みのある味がするはずだ。そいつは、サクラだぞ。殺して欲しいのなら、殺してやる。血を吸いきってしまえば、どうせ死ぬのだ。殺すな。こいつだって本当は……。人間なんて根絶やしにしても文句が言えないほどのことを、同胞にやってきた。だから、吸っていいんだ。やめろ。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
絶叫が口内を迸る。
気がつけば、サクラを押し倒していた。
歯をむき出しにして、かぶりつこうとした。涎を垂らしながら、興奮を抑えずに血を吸おうとしていた。殺そうとさえしていた。
「ぐっ……」
ポタポタ、と血が流れている。
正気を取り戻すために、自分の口を噛み切ったらしい。全く覚えていないが、その傷もすぐさま治ってしまう。どれだけ自分を痛めつけようとしても、自動的に回復してしまう。それが今は憎らしい。まるで、自分の罪をなかったことにしているみたいだ。
「悪い……」
汚らしい血がサクラの顔についてしまった。それを丁寧に、それでいて傷つけないように優しく拭い去る。
「はぁ、はぁ……はぁ……」
肩で息をしながら、サクラから離れる。
「待って!」
背後からサクラの制止する声が聴こえるが、関係ない。さっさとここから逃げださなければならない。
……いったい、何を考えていたのか。
サクラと一緒に旅をして、それでどうするつもりだったのか。今更、幸せになれるわけがないのだ。
人間と吸血鬼は決して肩を並べて歩くことなどできない。
分かっていたはずなのに、望んでしまっていた。
似たような境遇にいる者なら、こちらの気持ちも分かってくれる。だったら、通じ合うことだってできるはずだと。
だけど、分かり合ったところで、どうなる。
吸血鬼の本能は、人間の血を求めている。
ただの吸血鬼ならば、少し人間の血を吸えばいいだけだ。だけど、ウォーカーはただの吸血鬼などではない。
「待って!」
サクラが後ろから抱きついてくる。
フラフラしているうちに、追いつかれてしまった。
「すまない。今は……」
「どうしたんですか? 私の血ぐらい、どうだって――」
「よくないんだ! 俺は我慢できないんだよ。一度吸い始めたらお前を殺してしまうかもしれない。何故なら俺は、ここ数百年のうち……人間の血を――ほとんど吸ったことがないんだ……」
きっと、サクラの血を吸いつくして干乾びたミイラのようにしてしまう。
「怖くなったっていっただろ。『五十年戦争』で人間の本性を目前にして、それで怖くなったんだ。人間が。人間の血を吸うことが……。だから俺は本来の力を全く発揮できていない。だから、今の身体能力は人間とさほど変わらないはずだ。いやかなり変わってはいるか。だが、全盛期に比べれば、かなり衰弱している」
「全盛期……?」
「一番力があったのは、『五十年戦争』の時か……。俺達吸血鬼は殺した数だけ強くなれる。血と一緒に魂を吸いこめば、吸った者の能力や経験、記憶を全て受け継ぐことになる。それをやればやるほど強くなる。つまり、生き残っている俺が歴史上もっとも強い吸血鬼ということになる。……血さえ吸えればな。血は動力源みたいなもの。カラカラの今の俺じゃ、一人の人間を助けることぐらいが関の山だ……」
「だったら、私を助けてください――!」
「……サクラ」
泣きそうな声で、サクラは叫ぶ。
「どこにもいかないでください! もう、もう私は……独りになんかなりたくないですよ……」
「でも、俺は……」
「まだ一緒にいてください。一緒にいて、そして助けてください。私を――」
すっかり、変わってしまった。
初めて会った時とは別人だ。
そう、思っていた。だけど、やっぱり――
「殺してください」
人は、そんな簡単には変わらない。
吸血鬼が吸血鬼でしかないように。




