お腹いっぱいの子供達
男は性に幻想を抱きすぎているという話題が、誰かから出てきた。誰か、というか、三人しかいないのだけれど、酔っていて覚えてない。私はそうは思わなかった。敦子もそうは思わないだろう。だとしたら、潤だ。
「普通に女を抱くって事が、男には出来ない。何かしらのムードというか、そういうのがないと出来無いと思うんだけど」
「ムードなしにやった事なんか無いくせに」
「いやまあそうなんだけど、違くて、こう、それとはべつの、その気にさせるものっていうか、手続きがいるというか」
敦子と潤が喋っているのを、潤の部屋のベッドに体をもたげ、ぐったり座りながら聞いていた。もう何杯飲んだか。二人ともタフだ。 敦子と潤に挟まれた机の上を見やる。空になったワイン、ウィスキー、安っぽい果実酒、ジュース、コーラ。全部コンビニで買ってきた。酔うための酒だ。
「それは最初は体だけでもいいんだけど。例えば、もう男がいったあとで、そのままもう一回とか、んん、違う。男が三日くらい泊まったりした時でさ、毎晩やったあとの、三日目の夜?」
「たーちゃん、疲れちゃうの?」
「口では言わないけど」
「そりゃ、相性でしょう」
「違うの。それでね、あれ、前もらった手錠、あれ使ったの」
敦子の耳をつんざくような高い笑い声に、私は驚いて、目玉だけ動かして二人をみた。
「もー話さない」
「違う違う、ごめんって。続けて」
なおも笑いを嚙み殺す敦子に、潤はむくれる。
私が、たーちゃんに手錠かけたの? と聞くと、二人は一瞬私が起きていたことに虚をつかれたが、その後に二人の間で笑いが弾けた。
「それいいじゃん、潤! たーちゃんに手錠かけなよ! あんたが上に乗っかればいい」
敦子が机を叩く。訳がわからずにいる私に潤が言う。
「違うよ、美羽。私につけたの。前に敦子がくれて、これつけて、私を好きにして、とか言えばいいの、って言われてたの」
なんで?と聞くと、敦子が「昔持ってたおもちゃ押し付けただけで、冗談だったんだけど」と、言った。
「それが意外と効果あって、興奮しちゃってさ」
「良かったじゃん」
それから、最初の話題を忘れたようで、二人はどんどんべつの話をし始めた。
私は、そう、とつぶやくと、体から空気が抜けるみたいになって、それきり声をあげるのも億劫になって、しばらく酔いの気分の中を漂っていた。
気付いたら寝ていたみたいで、真っ暗の中で意識が戻ってきた。まぶたの向こうに光があって、目を開けたら二人はもう会話の熱が冷めていて、スマートフォンをいじってる。
「寝るならちゃんとねたら?」
敦子が私の気配に気付いたらしく、スマホの画面を見ながら言う。
うん。
「飲んだから、起きてると眠れなくなるよ」
そっか。
「忘れたいんでしょ」
……敦子は?
「パチンコやってる彼に好きってラインしてるだけよ」
そっか。
いつの間にか、また、寝ていた。昨日のラブホテルでの会話を思い出す。
ねえ、裕二ってさ、電車乗るとき、降りる人を待たずに乗るでしょ。
「そう?」
そうなの。
「混んでる時は待つけど」
それは裕二が乗れなくなるからでしょ。
「空いてる時にそんなことする必要ないだろ」
そうだけど、そうじゃない。……そういう所から、もう違う。
最後の抵抗だった。ふた回りほど年の離れた恋人。通っていた専門学校の講師。大人の男。年をとった子供。
でもその後なあなあになって、結局セックスした。そんな自分も嫌だった。
寝ながら大泣きしていた。自分の声に驚いて目が覚めて、ハッとして口を抑えた。あったかかった。いつの間にか毛布がかけられていて、私は二人に挟まれていた。敦子と潤。飲んでる間も、ずっと気を遣ってくれていた。いまも、何も言わず。添い寝してくれているのだろうか。また泣いた。泣いたら、ひどくまわった酔いにやられて、二人の上に吐いた。飛び起きた二人に、本気で怒られたが、その後はまた笑って、私達は眠った。朝になるまで。昼になるまで。私達ははしゃぎ疲れた子供になって、ぐっすり眠った。




