第26話 今日も鳴らないドアベル
* * *
雨上がりの午後は、喫茶店『ミチクサ』の客足がいつもより鈍かった。
ジョウは窓を拭きながら、なんとなく通りに目をやる癖がついていた。
理由は分かっている。分かっているからこそ、意識しないようにしていた。
「今日も来ないねー、爽やかイケメン」
カウンターを拭いていた空が、思い出したように言った。
「べ、別に気にしてないけど」
「気にしてる顔してるじゃん」
「してない!」
即座に否定したが、窓の外を見る手が止まっていたことには、ジョウ自身も気づいていた。
「常連になるとか言ってたのに、薄情だよなー」
片桐さんが厨房から欠伸交じりに言った。
「まあ、客商売だ。来ない日もあるさ」
「そうですよね……」
ジョウは布巾を握ったまま、少しだけ肩を落とした。
名前は解良。それ以外は何も分からない。
初めて来た日、喉が小さく鳴った。裏口で、あれは本気で仕掛けてきた。
警戒すべき相手のはずだった。それなのに――
姿を見せないというだけで、こんなにも落ち着かない。
「あの人が来たら出そうと思ってた新作ブレンド、ちゃんと取ってあるから、それまで腐るなよ」
片桐さんの適当な励ましに、ジョウは苦笑いで頷いた。
夕方になっても、ドアベルは一度も、あの軽やかな音を立てなかった。
閉店作業をしながら、ジョウは何度か無意識に入り口へ目をやった。
――べつに、待っていたわけじゃない。
そう自分に言い聞かせながら、伝票を数える手が一瞬止まった。
「あ。やっぱ、気にしてる顔してるじゃん」
「してない!」
気にしているのは、顔ではなく喉のほうだった。
あの日、小さく鳴った場所だ。




