第25話 善意が作った地獄
レイガスが帰還した翌日。
住民寄合の議題が一つ増えた。帰還民の空き家配分に加えて、「レイガスの処遇」。
広場に集まった住民は百人を超えていた。残留民、帰還民、そしてレイガスが一番後ろに立っている。
アルノルドが議長を務めた。渋面だが、引き受けたからにはやる男だ。
「皆、静かに。——今日は二つ議題がある。一つ、帰還民の皆さんの住居について。二つ、レイガスについて。順番にやる」
帰還民の住居問題は、用意していた台帳の記録で淡々と処理した。もとの住人には優先的に旧居を返す。物置に使っていた残留民には代替の倉庫を用意する。修繕なしで住めない家は、住民の共同作業で直す。費用は予算案の柱二・民生費から。
「異論のある方は」
何人かが渋い顔をしたが、手は上がらなかった。台帳の記録が、事実を押さえていたからだ。
「——では次。レイガスについて」
空気が変わった。
帰還民の男が立ち上がった。
「レイガスを追い出してください。あいつのせいで、俺たちは家を失ったんです」
「そうだ! 戻ってきておいて何だ!」
残留民からも声が上がった。
「また前みたいに暴れるつもりか!」
「噴水をまた壊されたらどうするんだ!」
レイガスは何も言わない。後ろに立ったまま、黙って前を向いている。
フィーネが立ち上がった。声が震えていた。手が、ポケットの中のお守りをぎゅっと握っているのがわかった。それを握りしめて、住民の前に立つ。
「皆さん。——お気持ちはわかります。レイガスさんが、この領地に損害を与えたのは事実です」
住民が黙った。領主がはっきり「損害」と言ったことに驚いたのだ。その一言で、会場の空気が少しだけ変わった。住民は「この領主は誰かをかばう」と身構えていたが、フィーネはかばわなかった。事実を言った。
「でも、レイガスさんは——」
フィーネの声が一瞬詰まった。ポケットの中で、あの木彫りの猫をさらに強く握りしめた。——あれは、レイガスが暗い倉庫で一人で作ったものだ。
「レイガスさんも、帰ってきた人です。帰還民の皆さんと、同じです」
誰かが言った。「同じじゃありません!」
フィーネの声が小さくなった。肌で感じるような敵意を、十三歳の少女は浴びていた。それでも、ポケットの中の猫の木彫りを握りしめた手は、離さなかった。
俺は口を挟まなかった。これはフィーネの仕事だ。——が、まだ早い。今のフィーネには、この場を収める力はない。
フィーネの目が潤んだ。声が詰まりそうになった。それでも、木彫りを握ったまま、居並んだ住民たちを一人ずつ見た。その目は、許しを請う目ではなかった。「聞いてください」という目だった。
——唇が震えている。でも、目は逸らさなかった。フィーネは住民の間を見回して、最後にレイガスを見た。レイガスは後ろで壁に背を預けたまま、フィーネを見ていた。何の表情も浮かべていなかった。だが、視線は外さなかった。
(あの男は今、十三歳の少女が自分のために罵声を浴びていることを、黙って見ている。——それは「無関心」じゃない。「自分に値しない」と思っている目だ。グリフォンのオフ会に行けなかったのと同じだ。受け取り方がわからないのだ)
俺は、この子が住民の目を見て話したことを覚えておこうと思った。今日は失敗だ。でも、その失敗の中で、フィーネは「損害を与えたのは事実です」という一言を放ち、「帰ってきた人です」と言い、住民の反発を浴びた。——その経験が、次に繋がる。
(十三歳の子供が、百人の大人の前で立ち続けた。——前世の上司にも見せてやりたい光景だ。あの人は部下が十人の会議ですら逃げ出したのに)
(——しかし、ここで下手を打てば終わりだ。住民の感情に押されてレイガスを追い出したとする。行き場を失ったA級チートが破れかぶれになったら? 確かにチートは不死身じゃない。他の領地や王国が兵を送れば、最終的には押さえ込める。だが「最終的には」の前に、この領地は焼け野原になる。噴水も、帰還民の家も、フィーネが泣きながら建て直したものも、全部だ。——リスク管理の基本。最悪のシナリオを回避するには、追い出すのではなく居場所を作ること。居場所のある人間は暴れない。それは前世でも同じだった)
「——今日のところは、レイガスさんの処遇は保留にしましょう」
俺が手を上げた。
「帰還民の住居配分がまず先です。レイガスさんについては、一週間の猶予をいただきたい。その間に、俺が提案を作ります」
アルノルドが頷いた。
「……一週間だ。それ以上は待てんぞ」
◇ ◇ ◇
夜。執務室。
フィーネが泣いていた。声を殺して、メモ帳を抱えて。指先が震えている。インク瓶の蓋が開いたままだ。
「私、何もできなかった。——みんなの前で、何も」
「フィーネ様。あなたは『損害を与えたのは事実です』と言いました。あれは大事な一言です」
「でも——」
「領主が事実を認めた。それが出発点になります。——嘘をつかなかったことが、次に繋がるんです」
フィーネが目を拭いた。
「ナカムラさん。私、何もできなかったのはわかってます。でも、『損害を与えたのは事実です』って言ったのは、嘘じゃなかったですよね?」
「嘘ではありません」
「じゃあ、次は——次は、もう少しちゃんと言えるようになりたいです」
フィーネがメモ帳を開いた。涙が落ちてインクがにじんだ。文字が読めない。
「……乾きましたら書き直します」
(泣いて、メモがにじんで、書き直すと言う。——その律儀正しさが、この子の強さだ)
フィーネが目を拭いて、メモ帳の別のページを開いた。そうして、メモ帳の角に、小さな絵を描いていた。猫だ。あの木彫りの猫に似ている。
「フィーネ様。それは」
「きろくのねこです。……これを書くと、少しだけ勇気が出る気がするんです」
(倉庫の木彫りの猫を、メモ帳にまで描いている。——あの雑な木彫りが、この子のお守りになっているのか)
フィーネが目を拭いて、メモ帳のさらにページをめくった。そこには、住民寄合で自分が言えなかった言葉が、箇条書きになっていた。
「レイガスさんはまちがえた。でも、やりかたがちがった」
「ものをこわすのはちーと。なおすのはぎょうせい」
「いばしょをつくるには、まず『しごと』から」
(「間違えた」「壊すのはチート、直すのは行政」「居場所を作るには仕事から」。——この子は、住民の前では言えなかった言葉を、メモ帳に準備していたのか。今日は言えなかった。でも、次は言えるようになる)
「ナカムラさん。レイガスさんの居場所、本当に作れますか」
「作ります。——ただし、居場所は『与える』ものじゃない。『作る』ものです。レイガスさん自身が」
「……私は、レイガスさんに帰ってきてほしかったんです。この領地の人だから。壊したものがあっても、帰ってきた人は、帰ってきた人です」
(フィーネ様は人情で動いている。領主として、帰ってきた者を責任を持って受け入れたい。——正直に言えば、俺の考えはもう少し打算的だ。A級チートを追い出して敵に回すリスクは先ほど計算した通り。だが、逆にA級チートが味方にいれば、魔物の脅威から領地を守る戦力になる。この領地には兵がいない。ダンジョンの再発生や野盗の襲来があれば、今の住民だけでは対処できない。——レイガスに居場所を作ることは、リスク回避と戦力確保を同時に達成する手だ。フィーネ様の人情と、俺の実利。方向は同じでも、動機が違う。それでいい。行政は動機の純粋さを競う場じゃない。結果が正しければ、それが正解だ)
「フィーネ様。あなたの判断は正しいです。レイガスさんを受け入れることは、領主として勇気がいる決断です。——俺は行政の側から、それが成り立つ仕組みを作ります」
(そして、帰還民もだ。残留民も。——居場所は、全員が自分で見つけるしかない。行政はその環境を整えるだけだ)
住民寄合。百人の怒り。
「レイガスを追い出してください」の声の中で、フィーネは——
「損害を与えたのは事実です」
かばわなかった。事実を言った。
それでも「帰ってきた人です」と言い切った十三歳の少女に、
俺は前世の上司にも見せてやりたい光景を見ました。
▶ 次話「一人プレイの終わり」——レイガスの視点。
前世のニート時代、六畳一間のカーテンの向こう。
オフ会に行けなかった日。——この男の「内側」が初めて語られます。
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