第24話 金髪も帰ってきた
帰還民問題の住民寄合に向けて準備を進めていた、その翌朝。
南街道から、一人の青年が歩いてきた。
金髪。長剣を背負っている。体格は良いが、どこか痩せこけている。目が虚ろだ。
俺は知っていた。倉庫の壁に「レイガス参上」と刻んだ男を。
「……帰っ——」
フィーネの声がかき消された。広場にいた住民の誰かが叫んだ。
「レイガスだ!」
「——あいつが戻ってきた!」
空気が凍った。
残留民の間に緊張が走った。この男が何をしたか覚えている。魔法で畑を焼き、ダンジョン攻略で街を壊し、飽きたら出ていった。
帰還民の中にも動揺が広がった。この男のせいで領地を追われた者がいる。「あいつが災厄の元凶だ」という声が、低く、しかしはっきりと聞こえた。
(同時多発案件。帰還民の受け入れ問題と、レイガスの帰還が同時に来た。——公務員の日常だな、と言いたいが、さすがにこのレベルは前世でも経験がない)
レイガスが広場の端で立ち止まった。周囲を見回している。——噴水が直っていること、排水溝がきれいなこと、パンの匂いがすること。何かに気づいたような顔をしたが、すぐに無表情に戻った。
俺は近づいた。
「レイガスさん」
「……誰だ」
「中村です。この領地の行政官です」
「行政官? そんなのいたか?」
「あなたが出ていった後に赴任しました」
レイガスの目が、街を見回した。
「……きれいになったな」
「ええ」
「排水溝、臭くないのか」
「住民と一緒に掃除しました」
「……俺、魔法で一発でできたのに、やらなかったんだな」
「魔法で一発できたとしても、次に詰まった時にまた魔法が必要です。手で掃除する方法を覚えれば、誰でもできます」
レイガスが黙った。何か考えているようだったが、それ以上は言わなかった。
それだけだった。レイガスは多くを語らない。前世でニートだったという情報がなければ、無口な傭兵にしか見えない。
だが、一つ気づいたことがある。レイガスの目が、噴水を見た時だけ一瞬揺れた。自分が壊したものが直っている。そこで子供が笑って水遊びをしている。——それを見たレイガスの表情は、「安堵」でも「後悔」でもなかった。「あり得ないものを見た」という顔だった。
フィーネがメモ帳を取り出して、小さく書いた。「レイガスさん、ふんすいをみた。めがゆれた」。——この子は、観察だけは一人前だ。
(——あの男の中で、何かが動いている。それが「後悔」なのか「絶望」なのかは、まだわからない。だが、「何も感じない」人間は戻ってこない。戻ってきたこと自体が、この男の「一歩」だ)
レイガスが広場のベンチに座った。詰めかけた住民たちが、一歩引いた。溝が、物理的にできた。レイガスはそれに気づいているが、移動しなかった。移動する場所がないのだ。
(「どこにも行くところがない」。——前世の六畳一間と同じだ。あの部屋ではカーテンを閉め切っていた。今は、広場のベンチに座っている。せめても外に出てきた。それだけでも、進歩だ)
◇ ◇ ◇
フィーネが執務室で待っていた。顔が青い。
俺の顔を見て、目が揺れていたが、声はしっかりしていた。
「ナカムラさん。レイガスさんが戻ってきました」
「はい」
「住民が怖がっています。帰還民の方も『あの人がいるなら出て行く』と」
「そうでしょうね」
「どう、したら——」
(フィーネ様。あなたが答えを知っている)
「フィーネ様。以前、レイガスさんに何と言いましたか」
フィーネが思い出した。目が揺れた。
「——『ありがとう。でも、ここからは私たちでやります』」
「そうです。あの言葉は正しかった。——今も正しいです」
「でも、レイガスさんの居場所は——」
「それは、これから作ります」
フィーネは「作る」という言葉に、少しだけ肩の力が抜けたように見えた。「与える」のではなく「作る」。その違いを、この子は直感で正しく掴んだ。
フィーネがメモ帳を取り出した。手がまだ震えている。だが、書いた。
「レイガスさんのいばしょをつくる。どうやって?→ナカムラさんにきく」
(「どうやって」の後に「ナカムラさんにきく」と書くのは、依存ではなく、信頼だ。——この子は、分からないことを「分からない」と言える。それがどれほど大事なことか、前世の上司にも教えてやりたかった)
フィーネはメモ帳を閉じて、それから窓の外を見た。広場のベンチに、レイガスがまだ座っている。誰も近づかない。
「……寒そうですね」
フィーネが立ち上がった。窓に手をあて、レイガスの方を見ている。その横顔は、「何かしなきゃ」という顔だった。
五分後、フィーネは温かいお茶と毛布を抱えて広場に出ていった。レイガスの隣に、黙ってそれらを置いた。
「……何だ。これ」
「寒そうだったので。お茶も、置いておきますね」
「……」
レイガスはそれらを見つめた。受け取りもしないが、拒否もしなかった。フィーネは何も言わず戻った。
(言葉が届かない相手に「置いておく」。拒絶されても引かない。——それがこの子の流儀だ)
窓から見ていると、十分後、レイガスは黙って毛布を肩にかけ、お茶を一口だけ飲んだ。
フィーネはそれを見て、小さく笑った。
「一口だけでも飲んでくれました」
(「一口だけでも」。それを成果として受け止める。——この子の小さな成功体験の積み重ね方は、行政のそれに似ている)
「フィーネ様。一つだけ、覚えておいてください」
「はい」
「居場所は、『与える』ものではありません。『見つける』ものです。住民台帳に名前を書いても、それだけでは居場所になりません。「ここにいていい」と本人が感じるまで、時間がかかります」
「——はい」
フィーネが小さく頷いた。その目は、もう震えていなかった。——いや、少しだけ震えていたが、それを押し殺して、メモ帳に書いた。
「いばしょ=あたえるじゃない。みつけるもの」
(——この子のメモ帳は、いつかこの領地の行政史になるかもしれない)
レイガス帰還。
噴水を見た時、目が揺れた。
自分が壊したものが直っている。そこで子供が笑っている。
——「あり得ないものを見た」という顔。
フィーネはお茶と毛布を持っていった。拒絶されても「置いておく」。
十分後、レイガスはお茶を一口だけ飲んだ。
▶ 次話「善意が作った地獄」——住民寄合でレイガスの処遇を議論。
フィーネは百人の大人の前で立ち続ける。
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