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第23話 帰ってきた人たち

 最初の一家族が帰還してから、堰を切ったように人が増えた。


 一週間で五家族。二週間で十二家族。三週間目には、毎日のように馬車や徒歩の人影が南街道に現れた。


 帰還民の登録業務が爆発的に増えた。


「ナカムラさん。今日だけで三家族です。台帳の空きページが足りません」


「紙を追加します。——フィーネ様、受付は任せていいですか」


「はい。名前、家族構成、以前の住所、職業。——聞くことはわかっています」


(第二部の台帳作成を、この子は完全に自分の業務にしている)


 フィーネは受付のたびに、台帳の記入だけでなく、配給の情報も伝えていた。


「明日が配給日ですから、登録番号を見せてくださいね。干し肉とカブがもらえます」


「お子さんの分も別枠でお渡ししますので、一緒に並んでください」


 フィーネは配給情報を配るたびに、小さなメモ用紙も渡していた。「困ったことがあったら、これに書いて執務室に持ってきてください」と。帰還民の女性が「字があまり……」と言いよどむと、フィーネは「絵でも大丈夫ですよ」と笑った。


(台帳に名前を書くだけではない。配給の情報も伝えている。行政サービスと住民登録のリンクを、この子は自分で作っている)


 フィーネは受付の際、帰還民一人ひとりに声をかけていた。「お帰りなさい」と。

 最初は形式的な挨拶だと思った。だが、フィーネは本気だった。一人ずつ、名前を書き終えた後に目を見て言う。


「ヴェンツェルさん。お帰りなさい。——リッカちゃんしっかり食べてる? 明日の配給日に、干し肉とカブがもらえますからね」


 帰還民の男が、娘の頭を撫でながら泣いた。


 帰還民の子供が、広場の隅でうずくまっていた。寒そうだった。

 フィーネが何も言わず、自分のショールを外して、その子の肩にかけた。

 ——誰にも言わなかった。台帳にも書かなかった。


 その子は、フィーネのショールを持って、なかなか返しに来なかった。いや、返しに来たのだが、玄関でモジモジしていた。


「フィーネ様。玄関に子供がいます」


「え?」


 フィーネが出ていくと、帰還民の女の子がショールを両手で持って立っていた。


「……これ、おかえしします。あと、あの、……ありがとうございました」


 小さな声だった。背後に、母親が深く頭を下げているのが見えた。


「ううん、寒かったでしょ。——これは、あなたにあげます」


「えっ、でも——」


「寒くなったら、また作ってもらいますから」


 女の子がショールを胸に抱えて、走って帰った。


(「行政」の外側にある優しさを、この子は持っている。——俺にはそれが足りない)


 帰還民の女の子がショールを抱えて去った後、フィーネはしばらく玄関に立っていた。両手を胸の前で組んで、小さく笑っている。


「フィーネ様。そのショール、母上の形見の髪留めと同じくらい、大事なものでは?」


「はい。でも、髪留めがあれば十分です。ショールは、また作れますから」


(「また作れますから」。——それは、台帳には載らない加点項目だが、俺の人事考課には刻まれた)


 帰還民の女の子が去った後、フィーネはメモ帳を開いた。「しょーるをあたらしくつくる」と書いて、その横に猫の絵を描いた。


(ショールの作り方を知っているかどうかは不明だが、「あたらしくつくる」と書いた。——この子は、「次」を考える子だ)


 ◇ ◇ ◇


 午前中、帰還民のヴェンツェルが執務室に来た。台帳登録の時に涙を流していたあの男だ。今日は顔が暗い。


「ナカムラさん。南区の通りで、『お前らは逃げた側だろう』と言われました」


「……そうですか」


「逃げたくて逃げたんじゃないんです。五歳の娘がいた。レイガスの魔法が飛んでくる街で、あの子を育てられないと思って——」


 ヴェンツェルの声が詰まった。「……間違ってたんですかね、俺は」


(どちらの感情も正しい。残留民の怒りも、帰還民の苦しみも。行政は感情を否定せずに、制度で方向を示すしかない)


「間違っていません。——ヴェンツェルさん、台帳を見てください。あなたの名前の隣に、『逃げた』とも『残った』とも書いてありません。名前だけです」


 ヴェンツェルは黙って頷いた。目が赤い。


 ◇ ◇ ◇


 その日の夕方、アルノルドが執務室に来た。表情が硬い。


「ナカムラさん。ちょっと、聞いてもらいたいことがある」


「はい」


「南区の住民から苦情が出ている。帰還民が空き家に入り始めているが、あの空き家はもともと俺たちが管理していた。勝手に住むのは筋が通らん」


「管理とは」


「物置に使っていた者がいる。畑の道具を置いていた者もいる。——自分たちが残って守った街の空き家を、逃げた連中に明け渡すのかと」


(来た。——帰還民問題の本質は、常にここだ。「残った者」と「出て行った者」の感情の衝突)


「お気持ちはわかります」


「気持ちの問題じゃない。道理の問題だ」


「アルノルドさん。お聞きしますが、その空き家は誰の所有ですか」


「……もとの住人のものだ。だが、出て行ったんだから」


「出て行っても、所有権は消えません。台帳に記録があります」


 アルノルドが黙った。


「ただし、三年間留守だった家をそのまま返せとは言いません。物置に使っていた方の道具は移動先を用意します。——公平に、順番に。台帳の記録に基づいて」


「……公平、か」


「公平です。台帳は、逃げたとか残ったとか書いてありません。名前だけです」


 アルノルドの拳が震えた。——怒りではない。我慢だ。この人は、この領地を守り続けた自負がある。それを否定されたくない。


(この感情は正しい。残留民の怒りは正当だ。だが、行政は感情で動いてはいけない。——感情を受け止めた上で、制度で処理する。それが公務員の仕事だ)


「アルノルドさん。あなたがこの領地を守ってくれたことは、全員が知っています。——でも、帰ってきた人たちも、戻りたくて戻ってきたんです」


「……わかっている。わかっているが——」


「数日後に、住民寄合を開きます。残留民と帰還民、両方に来てもらいます。そこで、空き家の配分ルールを決めます。——アルノルドさん、議長をお願いできますか」


 アルノルドが顔を上げた。


「……俺が?」


「残留民の代表が議長を務めて、帰還民の声を聞く。その形が大事です」


(行政の仲裁は、「誰が仕切るか」で八割決まる。残留民の長に議長を任せることで、「俺たちが無視された」という不満を構造的に潰す)


 アルノルドは長い溜息をついた。


「——わかった。やる」

帰還民と残留民。

「台帳には、逃げたとか残ったとか書いてありません。名前だけです」


でも、感情はそう簡単に割り切れない。

「お前らは逃げた側だろう」——その言葉の痛みは、双方にある。


フィーネがショールをあげたシーン、覚えておいてください。


▶ 次話「金髪も帰ってきた」——ついに、あの男が戻ってくる。

 空気が凍ります。


明日も「お帰りなさい」。ブックマークしておくと迷いません。

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