棗と菫
菖蒲と菫がお付き合いしだして、二人で演劇する、その間のちょっとしたSSです。
誰か、誰でもいいから助けて下さい。
どうか、ここから僕を救って下さい。
僕は今、かつてない修羅場に居ます。
「菫君だったかしら。菖蒲のどこが気に入ったの?」
「棗お嬢様、菫君が困っています。そのような質問は控えた方がよろしいかと」
場所は菖蒲さんのマンション。
菖蒲さんにお呼ばれされてテンション高めに、同時に緊張しつつインターホンを押した僕の目の前に現れたのは、一人の執事と……
「あら、ごめんなさい。だって可愛い妹の彼氏だもの。気になっちゃうじゃない」
菖蒲さんソックリの……双子のお姉さん。
もうびっくりするくらい似てる。双子なんだから当然なんだろうけど、その瞳も、唇も、耳の形も……って、いやぁぁあぁぁ! 何考えてるんだ僕!
でも菖蒲さんから聞いてた印象とだいぶ違う。
菖蒲さんからは、もっと……なんていうか甘えんぼの、子犬みたいな人だと聞いていたのに……っ
子犬……あぁ、モフりたい。真っ白なふわふわな子犬を抱っこして、お腹に顔を押し付けたい……
「菫君、可愛い顔してるわ、私も好みのタイプ」
すると突然、それまで向い合せにソファーに座っていたお姉さんが、僕の隣に。
うわぁぁぁぁ! めっちゃいい匂い……じゃない、不味い、これ浮気?! 浮気にならないよね?!
「どうしたの? そんな子犬みたいにビクビクして……大丈夫よ、取って食べたりしないわ」
「棗お嬢様……菫君をからかわないで下さい。菖蒲お嬢様に叱られますよ」
「ふふ、やきもち焼いた菖蒲も見て見たいわ。今、菖蒲にはポテチを買いに行ってもらってるの。ごめんなさいね、少し菫君と話したくて」
ポテチ?!
買いに行かせたって……っく、策士!
「それで? 同じ演劇部なんだよね? 二人はどんな風に出会ったの? 今日は演劇の相談をするために来たんだよね?」
「ど、どんな風にって……えっと、その……」
「告白したのはどっちから? 菫君から? 菖蒲になんて言ったの?」
「いや、その……」
「菖蒲と……キスとかした?」
「キッ……?!」
その時、ゴイン、と執事さんのチョップがお姉さんの脳天に直撃した!
今のは……脳天から竹割り! 皆様はジャイアント馬場が、力道山に禁止された技がある事をご存じだろうか。それこそが脳天から竹割り。
「い、いったーい! 何するのよ!」
「それは菫君の台詞です。お客様になんて質問をしているんですか。菫君が汚れます、離れなさい」
「汚れ……?! 公隆は私の事なんだと思ってるのよ!」
「邪悪なチワワでしょうか。ほら、席に戻りなさい」
むんず、と襟首を掴まれ元のソファーに戻されるお姉さん。
あ、ちょっと大人しくなった。邪悪なチワワ。
「申し訳ありません、菫君。菖蒲お嬢様はもうすぐお帰りになられると思うので」
「は、はい……僕も突然お邪魔してしまって……」
「こちらからお呼び立てしたのです。ようこそ来てくださいました、菫君」
ニッコリと良い笑顔を向けてくれる執事さん。
五十台半ば……くらいの歳だろうか。でもカッコイイ。将来、こんな男になりたいと思ってしまう。
あぁ、この執事さんはものすごく信頼でき……
「ところで……菖蒲お嬢様と手は繋いだのですか?」
って、おまえもかーい!!
「いや、あのっ! そ、そういうことは……まだ……」
「成程。今度菖蒲お嬢様とペアで演劇をなさるとか……それは観覧出来るのでしょうか」
「す、すみませんっ! 完全に演劇部だけの試験みたいなものなので……っ!」
うぅ、この執事さんは味方だと思ったのにっ!
この二人……僕が菖蒲さんに変な事してないか探りを……いや、っていうか完全にお姉さんは興味深々ってだけな気もするけど……。あぁ、見つめないで邪悪なチワワ!
うぅぅぅ、菖蒲さん早く帰ってきて……ポテチ買いに行くだけならすぐ戻ってこれそうだけども……2,3分が妙に長く感じる……。
「ところで菫君」
むむ、また執事さんから質問が……!
今度は何?!
「菫君は……花京院家の事についてどこまでご存じでしょうか」
「へ? え、えっと……確かいくつも会社を経営されてる……」
「そうです。早い話が良家という事です。その歴史は古く、戦国時代から続く……」
「ちょっと公隆、菫君を脅してるつもり?」
公隆さんの話に割って入るお姉さん。
脅すって……え、もしかして、その良家のお嬢様を彼女にしたんだから……それなりに覚悟しろって……
「そんなつもりはありませんよ。菫君、これは私の些細なお願い事ですが……」
公隆さんは何を言おうとしたのか、一度口を開きかけ、また飲み込み……
「……菖蒲お嬢様を……よろしくお願いします」
「えっ?! あ、はい……こちらこそ……」
いや、なに?!
今の、何をよろしくされたの?!
「菫君菫君、要は……菖蒲を一人の女の子として扱ってあげてねって事」
「えっ」
いや、一人の女の子じゃなかったら何?
もしかして、菖蒲さんって千人くらい……いや、双子だから倍の二千人? 駄目だ、混乱してきた!
「菖蒲さんって……何人いるんですか?」
「うん、落ち着こうか。そして一度深呼吸して」
僕は言われた通り深呼吸……。
ふぅ、落ち着いたような気がする。
落ち着いた所で、お姉さんは僕をまっすぐに見てくる。
「私も菖蒲も、家柄のせいでまともな友人って居なかったのよ。ほぼほぼ花京院家に取り入りたいって人の関係者とかばかりでね。今まで人間の黒い部分を見るのが多かったから、それなりに人を見る目はあるつもりよ。だから一度、菫君とこうしてお話してみたかったの」
花京院家に取り入りたい人間の関係者……。
子供同士を仲良くさせて……って事か。そんなドラマみたいな話、本当にあるんだ。
「だから大体分かったわ。菫君なら安心して菖蒲を任せれるから。花京院とかの家柄に関係なく……菖蒲を好きになってくれてありがとう」
「え?! あ、はい……いや、僕は……その……完全に見た目からっていうか……」
って、ぎゃー! 僕何言ってんの?!
まずい、見た目から入ったって、一番言っちゃいけない……
しかし二人は途端に肩を揺らして笑い始め、執事さんは眼鏡を一度外し、拭きつつ……
「では……菖蒲お嬢様の何処がそんなに良かったのか……お伺いしましょうか」
その後、邪悪なチワワと執事に、菖蒲さんが帰ってくるまで尋問されるハメになった僕。
ポテチを買って帰ってきた菖蒲さんは、本当の意味で天使でした。