第17話 善
中間者はさらに隣の町へ移った。そこでは、まだ人殺しの話は聞かれていないようだった。
中間者は道の途中で立ち止まり、高い所に立つと、話し始めた。
「善、なんと素晴らしいものか! 我々の心の内にそれぞれ分け与えられたもの、目指すべき理念! 人々はこれのもとに動き、悪を罰する。善と悪は相反すると同時に、両者によって支えられる。悪を撲滅するのではなく、善を増殖させよ。<神>はこうしたことを伝えるべきである」
そこに、なんと<神>が現れた。彼は恭しく礼をすると、
「これはこれは中間者。いと高き存在よ。我らの裁判官、そして神の殺し屋」
侮辱の言葉を吐いた。神の殺し屋という言葉に、群衆がざわめいた。ネットを見ていた若者が、神を殺した奴だと叫ぶ。中間者に対する恐れと怒りが、群衆に伝播していく。
<神>は不敵な笑みを浮かべた。手駒を増やして図に乗る愚者の顔だと、中間者は内心罵る。
「中間者よ。その名の通り、お前はどちらにも属さない、中立の立場にいるのだろう。それにも拘わらず、お前は我々<神>の立場を危うくし、さらには我々の神を殺した。そのお前が、善を語る? なんと滑稽なことか!」
図ったかのように、群衆が<神>と一緒に笑いだす。
「その汚れた手と口で、お前は菌を撒き散らしている。強く、若者を惑わす強力な菌だ。その菌は我々を腐敗者呼ばわりし、我々は崇拝で身を塗り固めようとする臆病者だと、人々を速やかに洗脳する! なんという恐怖! お前のせいで若者は今息絶えている。交通事故で死んだ若者は、本来なら新たなる世界へ旅立てたのだ、だがお前がそれを妨害した! お前は神を殺すことで、いくつもの若き芽を摘んだのである!」
言い終わると同時に、魔法でも掛けられたような群衆からの激しいブーイングが、中間者に向けられた。
「善? そんなものはいくらでも拡張でき、いくらでも収縮できる。悪についても然り。お前の言う事は、全て机上の空論に過ぎないのだ。これだけの人間がいて、共通の理念など持てるはずがないだろう?」
「黙れ<神>よ。お前は腐敗した<神>ではないが、それでもまだ<神>だ。お前は――」
「<浄化された神>を目指すべきだと? ふざけた話だ! そんな絶対者が存在すると、本気で信じているのか? 信じているのだとすれば、お前はとんだ中間者だな!」
また、笑いの濁流が中間者に襲いかかった。中間者は汚水に呑まれ、魚も住めない汚染に窒息してしまう。
中間者はたまらず駆けだした。
「逃げるのか、人殺しであり神殺しである、生と死に挟まれた存在よ!」
中間者は罵声を聞きながら、自らの滅びを感じていた。
事実、彼女の手足はかすかに透け始めていたのだ。