第18話 過去と今、そしてその先
少女は走った。とにかく今は、かつては自分の嫌いだったあの静寂と孤独が、欲しくて欲しくて堪らなかった。もはや目の前は見えていなかった。代わりに聴覚が研ぎ澄まされ、身体が言葉の包丁に削がれた。鱗が剥がれ、ただの少女としての、あの時の自分が露出してしまいかけていた。水は嫌いだが、生きる場所は欲しかった。
そのとき、何かにぶつかった。女の叫び声に、ふと少女の目が見えるようになった。
少女は地べたに尻もちをついてしまい、少女のぶつかったらしい女も、同じ様に尻もちをついた。目の大きな、薄紅のポニーテールの女であった。
少女は心底驚いた。中間者である彼女が、人間にぶつかるはずはないのだ。
「あなたは……?」
恐る恐る尋ねると、女は呆れたように、
「あなたはって……それより大丈夫? 怪我してない?」
彼女は少女の手をとり、立たせると、屈んで、少女の後ろに付着した砂利を、丁寧に払い落した。
「良かった、怪我は無いみたいね……あなた、ひとり?」
少女は返答に困った。まごついていると、突然、頭に優しい感覚が広がった。女が、少女の頭を撫でていた。
「迷子なのね。家はどこ?」
少女は唇を噛み、赤くなる目を瞬きながら、頭を撫でる女の手をゆっくりと退けた。
「家は……あるにはある。その場所は…………もう分からないけど……」
少女は嘘をついていた。
女は手を叩いた。
「じゃあ、お姉さんが一緒に探してあげるよ。家に帰りたいでしょう?」
「……帰りたくはない」
「なんで?」
「私は今、中間者だから」
女は不思議そうに少女を見つめる。
「難しいこと言う子ね。まだこんなに小さいのに」
少女が自分の体を見ると、それはまるで小学生のような、頼りない肉体に変化していた。
いや、変化したのではなく、ずっと前から、少女の体はこうだったのかもしれない。
女は屈んで、少女に目線を合わせると、笑いかけた。
「パパとママも心配してるんじゃない?」
少女の顔が陰った。
「それはない。私は怖い子だもん」
「どこがよ? あなたは普通の女の子じゃない」
「見た目はね。でも、私のこと知ったらあなたも私が怖くなる。私は恐れられ、妬まれ、排斥されるの」
少女が目を閉じて開くと、少女の姿は元に戻っていた。
少女は女の脇をすり抜けて、先へ進もうとする。
「ねえ、どこへ行くの?」
女の声は、心から少女を案じていた。
少女は、小さく答える。
「……終わりへ」
その言葉には、確かな重みがあった。女は呆気にとられたまま、ただ、少女が消えるのを見送った。




