宣言
翌朝のミーティングには、ロキも参加した。
どこかすっきりと、晴れやかな表情をしていて、大槻をほっとさせた。
業務連絡が一通り終わった後、ロキにしては珍しく、発言を求めて手を挙げた。
緊張の面持ちで立ち上がったロキを、全員が好意的に、応援する気持ちで視線を集めた。
「あの、えっとー。
俺、しばらく、ちゃんと女、しようと思う」
しいん。
室内の空気が止まり、静寂に包まれた。
ロキの発言の意図が読めず、ぽかんとした表情の大人たちを見回して話を続ける。
「呪いを解くのに、勉強、っていうのかな、しないといけなくて。
けど、それがどんな勉強なのか、正直、全然わからない。
経験とか、理解とかしないといけないらしいんだけど。
本当は女じゃないって拒否して逃げ回っても意味ないっていうか。
近道は、やっぱ、女としての経験をいっぱいするべきかなって。
あと、もしかしたらだけど、なんていうか、戻れないかもって気も、正直、しなくもなくて。
一生このままなら、受け入れるしかないし。
なんで、好きでやっているわけじゃないし、えっと。
茶化したりしないでもらえると、助かるなって」
戸惑いながらそこまで言って、ちらりと周囲を窺う。
最初に口を開いたのは吉井だった。
「そうだな、確かに、一理ある、というか、それがベストな方法だろう。
何かフォローが必要な事はあるか?」
「フォローっすか……今のところは、あんまり突っ込んだり、からかったりしないで、放っておいてもらえれば」
「わかった。何か思い付く事があったら要望を出してくれ。
谷城君をからかったりするような者には、ペナルティを科す事も視野に入れる。
とりあえずは、敷地の東南側の生け垣の剪定と、大通りに面した側溝の掃除をしてもらうということで、いいな、高岡君」
「ちょ、地味に重労働……! てか、自分、名指し?」
吉井に名を呼ばれ、咄嗟に小さく席から腰を浮かせて愕然とする高岡に、ミーティング室全体が笑いに包まれた。
その日から早速、ロキは街に出かけると言い出した。
「やっぱり、いろんな人と話したいしさ」
外出には眷属が実体化して護衛に付く事にし、今日はエンが同行するという。
もちろん、何かあればすぐに他の者たちもロキの元に現れる事ができる。
カールした茶髪姿に変化しているエンは、服装も大人しい感じにまとめてあり、普段よりは目立たないだろう。
ロキと並んでいると、少し派手な女子大生と、高校生の妹といったイメージ。
「わ、わたし、とか言った方がいいんだよな?」
「そりゃそうだろ。って、俺もか」
「なんか不安ね……私もついて行こうか?」
「いや、薗田さんも忙しいでしょ。
それじゃなくても、俺ら休んじゃっているのに、悪いよ。
何とかやってみるからさ」
「どんな体験をしてきたか、それを通してどう感じたか、記しておいた方がいいですね。
文章に起こし書き記す事で、自らの感情を明確にする効果もありましょう」
「日記? ああ、そうだね」
清羅の言葉に、こくこくと頷いて返す。
エンがダイニングの隅で犬型になっている秋冬と遊んでいるレヴィを見て、声を掛ける。
「おい、ちびすけ、お前もワタシとか言ってみろよ」
「なにゆえ、そのような事を。いうわけがなかろう」
「レヴィって、普段から自分の事、私って言っていなかったっけ」
ロキのツッコミに、まるいほっぺをさらにぷうっと膨らませて、
「エンのいうわたしと、私のいうわたしではいみが違う」
「どっちもわたしだよ」
反論し、からかうようにそういう白黒二匹の犬を捕まえようと追いかける。
その、ヨチヨチと覚束ない足取りが微笑ましく、穏やかな笑いに包まれていた。




