論争
ロキの眷属たちは、決して大槻を責めはしなかったが、居心地の悪い空気はどうしようもなかった。
悪気はなかったと弁解し、そそくさとロキの部屋を後にした。
大槻自身、混乱していた。一体、なんなんだ? なぜ、泣く?
ロキを泣かせてしまった罪悪感に苛まれたが、何が悪かったのか思いつかない。
自室の明かりを消し、ベッドに入ってもなかなか寝付けなかった。
「女は、わからんな」
溜め息と共に小さくつぶやいて目を閉じた。
ぞくり、と、胸が詰まって暗闇に目を見開いた。
女? いや、ロキは男、だろう。今は呪いで少女の姿になってしまっているが。
当然のように、元々女性であったと思い込んでいる自らに気付いた。
単なる勘違い? そういうのとも、違う気がする。
なんだろう、何かがおかしい。
不穏にドクドクと鼓動を速める胸が苦しい。逃れるように寝返りをうった。
翌朝のミーティング後、吉井と薗田、そして大槻の三人で話し合いを持った。
大槻と薗田、それぞれの視点と推察から、昨日の出来事を吉井に報告する形で。
薗田は、下着を購入する際は照れ臭そうに不貞腐れていたが、それ以降の買い物は楽しそうだったし、帰り間際、自分が二人から離れるまでは、ロキはむしろ普段より機嫌よくしていた、と話し、大槻もそれに異論はなかった。
次に大槻が、昨日薗田とエンに話したままの事を繰り返した。
吉井はテーブルの上で手を組んだまま、小さく頷いた。
「見知らぬ男に手首を掴まれ、恫喝された事でトラウマが蘇った、という事か」
「ただ、私は、正直納得しきれていません。
トラウマが根深いとはいえ、今は眷属たちが付いています。
ロキ自身、自分が絶対的に安全で、少なくとも人間から危害を加えられる可能性はない事を理解している。
あの時だって、ロキを守ろうとしたエンと清羅を止めたという。
命の危険を感じるような、あの時以上の危機的状況は今までだってありましたが、あんな風に怯えたり、動揺したりするような事はありませんでした。
なのに、帰って来て眷属たちの姿を見たとたん泣き出すなんて」
「今は以前とは状況が違うでしょう? 女の子なんですから。
知らない男の人に腕を掴まれたり、大きな声を出されたりしたら、泣いちゃうくらい怖いのも不思議じゃありません。
本部に帰るまで堪えていて、エン君たちを見て安心して泣いちゃったのかも」
「いや、しかし、ロキは本来男だろう?
そこも釈然としない部分なんだが。
昨夜、ロキの部屋を訪問して改めて問い詰めてみたのですが、また泣かれてしまって、明確な答えは得られませんでした」
「え、ちょっと待ってください。
大槻さん、あの後、ロキ君に同じ話を聞いたんですか?」
身を乗り出して、少し声のトーンを上げて、薗田が詰め寄るので、大槻は、ぎょっとして、ああ、と応えた。
「大槻さん、エン君に、ロキ君のケアとフォローを頼んでいましたよね?
なのに、わざわざ傷口を開くような事をするなんて。
少しデリカシーが無さ過ぎじゃありませんか?」
「薗田君、ちょっと落ち着いて」
「私は落ち着いています!
だいたい、男か女か以前に、ロキ君の負担は大きすぎませんか?
お二人とも、もし自分が女の子になっちゃったら、なんて、想像できます?
戻れるかもわからない、不安も戸惑いもあるだろうし、気持ちだって不安定で、それでも、ロキ君、いつも我慢ばかり。
ロキ君があんな風に泣いちゃうなんて、余程の事だったんじゃないかと思う。
事実確認とか報告とか、大事なのはわかります。
けど、それじゃあんまりにもロキ君の気持ちが」
一気にそこまで言って、ぐっと口を閉ざし、俯いて、すみません、と頭を下げた。




