県別本戦 初戦
生まれた時から、誰にも期待されていなかった。
俺は母親の不倫で生まれた子供だったそうだ。
既に兄という育成用の子供がいたのにも関わらず、宿ってしまった子供を親は教育費が嵩むと悲しみながらも俺を嫌々産んだらしい。
幕が開けた人生という名前のステージに、俺を待っていた観客は一人としていなかった。
父は母親との離婚を選択しなかったが、代わりに夫婦間での仲は悪化していた。
離婚し無かった理由は分からない。世間体からかもしれないし、それ以外の理由からかもしれない。
けれど。
父は他の男との間に生まれた俺をとことん嫌った。
暴力沙汰は日常茶飯事だったし、体に痣が出来ることもしょっちゅうだった。
それでも気にしなかった。
幼い頃から、父との間の子じゃないと伝えられていた俺もまた、彼を父と思う事はなかったからだ。
頼りは母だった。
不倫相手との情はとっくに冷め切っていた母は、その男との間に出来た自分の子供を黒歴史だと思いながら、鬱陶しく扱っていたにも関わらず、俺は母を盲目的に己の『ママ』というただ一つの事実だけで慕っていた。
母は父とは違った。
彼女は頻繁に手を出す父とは違って、俺を殴ることは無かった。
殴られることが普通だと思っていた当時、人格を否定される暴言程度に収まっている彼女の行動を、俺は『優しさ』だと勘違いした。そしてまた、盲目的になった。
俺はもうあの環境から抜け出し、母を慕ってはいないけれど。
強烈な思い出と感情は、未だに色褪せることなく心に染み付いている。
***
「打ち込め!」
その合図と共に戦闘が開始される。
リリィ、メイ、アンナの放つ攻撃は一斉に相手へと放たれていき、雷撃、水砲、氷剣の一斉射撃は相手へと襲いかかった。
しかし、開始と同時に戦闘攻撃が主体の彼らはマスターごとこちらへと真っ直ぐ向かってきている。
雷撃を交わされながら、水疱を開始と同時に巨人へと変貌したスプリガンが弾くように拳で振り払い、氷剣を巨人のオーグリスとゴブリンロードが己のマスターに寄せ付けない。
激しい攻撃を防ぎ切り、攻撃へと転じていく彼らに一筋の汗を垂らして、そして再び命令した。
『攻撃を修正するぞ! 雷撃の対象はゴブリンロードに、水泡の対象は相手マスターに、氷剣はゴブリンロードには撃ち落とされるが、オーグリスとスプリガンに対しては有効だからそちらに攻撃しろ!』
迫り来る相手のプレッシャーを受けながら、第二弾を命令を行う。
修正された攻撃は、想定通り雷撃は防げないゴブリンロードに有効なダメージを与え、先程の氷剣でダメージを負ったオーグリスと、多少なりとも手を痛めたスプリガンに氷剣が痛手を追わせていく。また、マスターに放たれた水泡を防ぐ為手の甲ではなく掌で弾いたスプリガンは、前回よりもダメージを喰らう。
命令が通じている事に手応えを感じながら、第三弾を放つ距離の余裕はないと考え、近接戦闘へと転じた場合の駒の打ち方を考え始める。
「ガァアア!!」
彼らの咆哮に地響きが鳴ったような錯覚さえ覚える。
全員近接戦闘戦。
十年以上前からある戦法で、パーティー全員で近接戦を行う事で遠距離攻撃が主体の相手に強いプレッシャーをかけれたり出来るんが利点だ。
そしてこの戦術の根幹となるのが……マスター自身の戦闘能力だ。
マスター自身が参加出来れば、ある程度の数的優位を取れる。
だからこそ、相手マスターの戦闘能力が薄い場合、絶大な効果を得られる戦術なのだ。
しかし。
「意外と積極的な性格なんだ、ね!」
木崎君の大剣受け流しながら、こちらも剣を突き返す。
すぐに躱され、二撃目が来るのを肌で感じながら、再び間に剣を入れ、受け流す。
激しい攻防が場面を支配する。
こちらのパーティーとて近接戦闘が苦手なわけではないし、懐まで潜られて遠距離戦が封じられたとはいえ相手は既に手負い。戦況を鑑みると優位性は五分五分だろう。
全てを委ねられた俺の手に、この勝負の行方が決まる。
**
負けられない。
その一心だけが木崎 薫の心を支配していた。
彼はずっと内気だった。
人と話すことが苦手だった。髪だって伸ばしたものが似合っていると思ってる訳じゃない。単に、人と目を合わせなくて済むから伸ばしているだけだ。
彼には自信がなかった。
成功体験というもの自体が、彼には欠けていた。
親離れが悪かった彼は、幼少期から警戒心が高かったのだ。信頼できる人間以外には、心を許したくない。そんな気持ちがあった。
彼は勉強が苦手だった。
テストが返ってくる度憂鬱で、隣の席のよく話しかけてくる男子に、彼のテストの点数と比較されてイジられることは日常茶飯事だった。そして、気を許していない他人に悪口を言われることは彼にとってただただ、苦痛であった。
木崎 薫は身体能力が高かった。
当時から長かった髪を纏い、人気者の男子を抜き去って一番にゴールへと走り切った彼に待っていたのは称賛ではなかった。
意外だった。
その程度の一言だ。
野球部に入ってみたことはあったが、監督やチームメイトとの意思疎通が難しく、怒鳴られてばっかりだった彼は才能がありながらも、苦痛に耐えきれずに辞めた。
それ以来、彼は体育の授業では意図的に手を抜き、期待も失望もされない程度の働きを見せることにした。
それが彼の思う、処世術だったらしい。
転機が訪れたのは、彼が探索者という存在を知ってからだ。
探索者の日々は楽しかった。彼には才能があった。でも、それでも大会に出ようなんて気はなかった。
けれど。
何か自信が欲しかったのだ。
内向的な性格の彼が、自分を変えられるような。
もし、もし勝ち進んで優勝出来たならメガネを外してコンタクトに変えよう。
髪を切ってもらって、新しい服を新調してみよう。
流行のファッションとか、コミュニケーション力の向上方法とか、ネットで調べたりしてみて。
変わってみよう。
そう、思っているんだ。
**
剣を交える。
押されているのを感じていた。
強い。
こちらの攻撃を受け流す技術が高く、攻めても全く手応えを感じられない。
逆に、あちらの攻撃は一撃一撃が重く響いて、手が痺れる痛みを感じる。
疲弊し始めているのは、明らかにこちらの方だ。
頭を回しながら、必死に指示を下しているが、リリィらは未だ打ち勝てずこちらの援護に来れない。
ならば。
勝負を決めるのは、俺と木崎の直接勝負になるだろうか。
**
激しい剣の攻防が繰り広げられていた。
観客やスカウトマンの目が、マスター同士が直接戦うやや珍しい光景に食いついた。
片腕を挙げて、応援する者。
ペットボトルの口から炭酸飲料を飲みながら、静かに観戦する者。
何にせよ、その攻防には面白いと感じられるほどの熱い戦いが繰り広げられていたのだ。
「おー」
白石は試合に集中しているのか、小さく驚きを発しながらもしっかりと目は試合に釘つけられていた。
八代は白石を一瞬横目に見た後、会場の熱気に包まれながら画面を見る事なく素早く手を動かしキーボードを叩きながらメモをとった。
**
苦しい。
息を吐く。
その一瞬さえ疲労と息苦しさで汗が頬を伝う。
素早く息を吸い込んで、傷んでいるはずの右手で再び強く剣を握り締め、振り下ろす。
必死で、ジンジンと右手を痛めていることは伝わるのに手は動いていた。
不意に蹴りを喰らう。
油断していた。
吹き飛びながらも剣を地面に突き立て、体勢を強引に立て直し、追撃を横に避ける。
相手の剣が自分に居た場所を切り裂くのを感じながら、一歩を前方に踏み出しながら、木崎の方へと剣を薙いだ。
「今だ!」
氷槍で交戦していた戦闘から隙を奪えたアンナが、氷矢を放つ。
左から迫り来るう相手マスターの剣と、正面から自分を捉える氷の矢に目を見開きながらも木崎は避ける判断を下し、俺から離れ、かつ氷矢の射線から外れる位置に体を移動させた。
(避けれる!)
そう確信する顔を持った木崎君を見ながら。
俺は余裕の表情で見返すように視線を合わせた。
(……ブラフだよ!)
ザッ、という足音が一回だけ鳴って、俺は剣を振る構えだった姿勢から、しゃがむようにしてメイの斜線から外れた。
『水砲』
水の塊が砲撃として放たれる。
「ぐぅっ!」
怒号のような破裂音が響き、命中したと認識した瞬間、再びしゃがんだ姿勢から剣を振った。
(捉えた!)
首を掻き切る。
感触だけが残った瞬間、ブザー音と歓声が勝利を伝えてくれたのだった。
相沢颯太、初戦突破。




