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第一次予選、八試合目

『ピーー』


 ホイッスルが吹かれた。


 レートの数字が一桁台でしか違わないという事は、彼女も俺と同じでおそらくは全勝してきたという事だ。今までで一番の強敵になるだろう。木村選手も力量を感じたが、彼女もまた木村に勝っている。実力は未知数。油断は当然禁物だ。


 全力で行かせてもらおう。


「リリィ」


 リリィを出す。

 ヴァンパイアノーブルである彼女は遠距離攻撃の魔法と、近距離での接近戦の両方が出来る。

 立場としては中衛といった所だ。



 相手が呼び出したモンスターを確認する。

 

「なっ」


 彼女が、二人?

 いや、あれが彼女のモンスターなのか?


 そう思い、画面を確認する。

  

 ドッペルゲンガー。

 そう表示された相手のモンスターに納得を示す。



 ……成程、ドッペルゲンガーが。


 出現率も低く、所有しているマスターも少ないモンスターだが、少なからず情報はある。

 ランクはD。中々に嫌な相手だ。


 相手はこの大会で勝ち抜いて来ているだけあって、これまで出されたどのモンスターよりも一番ランクが高い。それはあれほど苦労して上り詰めた俺たちのD+ランクに匹敵するほどだ。



「マナ」


 前衛を呼ぶ。

 今回は狐姿で前衛で戦ってもらう為だ。大まかな作戦内容も事前に通達済みである。


 続いて、相手はユニコーンを繰り出して来る。

 一角獣、モノケロスとも呼ばれるこのモンスターの詳細は説明不要なほど有名だろう。額の中央に螺旋状の角が生えた、馬に似た伝説の生物である。ランクはDだ。


 相手も中々手強い。

 が、俺が最後に出すモンスターは決めてある。


「アンナ」


 水光姫みひかりひめの彼女を呼び出した。

 井戸の神とも呼ばれる彼女は、真っ白な髪と光を反する水のように輝く目を持って地に足を付けた。


「お久しぶり、マスター」

「ああ。よろしく頼むぞ」


 彼女は笑顔で挨拶を投げかけ、俺もまたそれに合わせて台詞を返す。

 

 そして相手を確認した。


 相手の最後のモンスターは天狗。

 天狗には大天狗、烏天狗、女天狗、木の葉天狗などがいるが、見たところ相手は木の葉天狗だろうか。


 木の葉天狗であれば、ランクはD-だ。

 となると、純粋なモンスター同士のランク差はこちらがやや優勢ではあるものの、ほぼ誤差となる。



「行くぞ」


『ピーーー』


 戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 間違いなく難しい戦いになるだろう。 

 けれど、勝ちたい。今は自身がある。勝ちたい理由がある。


 勝って、美香カノジョに嬉しい報告をしよう。

 きっと美香は笑顔で祝福してくれるから。


「リリィ! マナ! アンナ!」


 開戦の叫びが切って落とされる。


 魔法の発射を用意するアンナ、敵陣へと白狐の姿で切り込んで行くマナ、そして背中に隠した手に紫電を走らせるリリィ。


 脳内で戦闘状況が念密に組み立てられて行き、最適解を導き出すためのシミュレーションが作り上げられる。



「行け!」


 合図と同時に先制攻撃を仕掛ける。

 アンナが水竜を放ち、それに続く形で白狐が敵に接近しリリィが雷撃を打ち出した。


『水竜左方向背後から発射。距離1.6メートル。雷撃右方向背後より発射。距離1.5メートル』

『了解だ』


 メイへと素早く空間の情報を送る。

 このチームの頭脳になると決めた以上、全ての戦況を作り上げなければならない。


 メイに背後を振り向かせず誤射を防ぐ為、正確な情報を与える為全神経を注ぐ。


 そして戦況通りメイの左を通り抜けた水竜が、まず相手の木の葉天狗に向かっていった。

 次いで雷撃も一瞬の内に駆け抜けるメイの右を通り抜け、相手マスターの形を模したドッペルゲンガーへと向かって行く。


 

 先ず木の葉天狗にしっかりと向かって行った水竜は、木の葉天狗が放った風圧によって勢いが落ち、軌道を逸らされその間に素早く位置を移動した木の葉天狗に避けられる。


 次いでリリィが放った雷撃は、素早くカバーに入ったユニコーンが角から魔力盾シールドを貼り、防ぐ。が、威力の高さのお陰で相手は完全には防ぎきれずにダメージを負った。


 

 メイが敵マスターへと突っ込んで行く。

 動じずゆったりと佇む相手、河合 渚にメイは容赦なく足を振り下ろした。


 

 が。

 突然、形が揺らぎ溶けるように崩れた彼女はふっと姿を消した。


 白狐の攻撃が空を斬る。


「なっ」


 思わず声が漏れ、表情にも驚きが現れるが、すぐに状況の答えへ辿り着いた。


『そうか、そいつがドッペルゲンガー……つまりは幻覚だったという事か。それならマスターを放り出してユニコーンがドッペルゲンガーだと思っていた方を守った理由に説明が付く』

『なるほど、やはりそういう事か』


メイとやり取りを交わし、別の場所にフラッと現れたドッペルゲンガーの歪な笑みを睨み付けるように目で捉える。


「へー、どういう原理なの? 河合さん」


 心底驚いた、という表情を作り相手に話しかける。

 こんなブラフに引っかかってくれるなら、楽な物なのだが。


「さぁね?」


 けれど、彼女は挑戦的な笑みを浮かべるだけだった。


「教えてくれないのか? 残念だな」


 心にも無い事を言う。

 メイにはテレパシーで指示を出し、ユニコーンの元へ切り込ませる。


 少しずつ盤面をかき乱していけば良い。そう考えながら。


「ねぇそれより、少し油断しすぎじゃ無い?」


 その言葉の意味を考え、すぐに視界に入る物に気づいた。


 天狗が急接近して来ていた。

 

 速い。

 空中を低空飛行し、急速に近づいてくる目標相手は当然、俺だった。


 リリィとアンナの間、そのやや後方に位置する俺と木の葉天狗の目線が合うのを感じる。

 木の葉天狗が木の葉を手に持ち、『風圧』を繰り出した。


 思わず身構えるが、すぐに相手の行動の意味を考える。

 そんな事をしても俺は倒せない。それに、真ん中の俺を行動不能にするより……左右のどちらかを攻め落としてから挟み撃ちにならないよう立ち回る方が効率的だ。


 そう気づいた瞬間、今までこちらにしか興味が無いように目線を合わせていた相手の天狗がこちらから目を離した。


「まさ──」


 指示を送ろうとした瞬間にはもう遅い、こちらを守る為気を取られていた二人は突然攻撃対象が自分になる事を予測出来ず防御耐性が間に合わない。


 アンナが『風圧』により吹き飛んだ。


「チッ」


 舌打ちをし、素早く新調した魔鉄剣を構える。


 天狗が、リリィに横槍を入れられない場所に素早い速さを持って位置どりを変えてから、手に持った木の葉を薙いだ。その慎重さに付け入る隙が見つからず、焦りの汗が頬を伝った。



──接近戦も得意なのか


 そう文句を垂れながら、木の葉が迫り来るのを視界で捉える。


 それを剣で受け止めようとして、すぐに気づいた。


──重い


 鉄と鉄がぶつかったような音が響き、剣で受け止めているのが木の葉だと聞けば絶対に信じないであろう重さの一撃が踏ん張る足を最も簡単に弾き飛ばしていた。


 重力が消える感覚に襲われ、倒れるような体勢で体が宙に浮き上がっているのを感じた。足を踠かせるが、地面が見つからない。体勢を立て直せないまま、二メートルほど背後に吹き飛び、仰向けで背中が地面に打ち付けられる感触を覚える。


「攻めきって!」


 木の葉天狗がメイと交戦するユニコーンの背後に隠れた己のマスターの命令により、指示が下された。

 絶体絶命の状況だ。


 が、俺はその状況にニヤリと笑みを浮かべただけだった。


『リリィ!』


 俺を吹き飛ばした事で三人の位置関係が変わったのだから、相手は先ず天狗に素早さを活かして位置を変えるように指示すべきだった。


 多少時間が掛かり、俺が体勢をある程度立て直す所まで行っても十分なチャンスだった筈だ。



──攻めを焦ったな?



 こちらに突っ込む木の葉天狗に並走するほどの速さで、リリィがナイフを振るう。

 そのナイフを避ける為、減速したが天狗は避けきれずに腹の辺りをナイフが切り通った。

 

 

 それでも尚、天狗は勝負を終わらせる為マスターである俺に突っ込んで来る。

 中々の胆力だが、減速した時点で時間が一、二秒変わった。


 その隙に身体を捩ってうつ伏せに近い状態に体勢を変え、地面に伏した自分の体を足を使って地面を蹴り上げ攻撃を避ける事に転じる。


 空を斬った天狗と、その前方に薙いだ木の葉の先から吹き荒れる風圧を目に刻みながら、俺は剣を振り下ろした。




 天狗が、光と共に消える。



「油断したのはそっちだったね、河合。攻めの姿勢が強すぎたみたいだけど?」

「チッ、まだだから!」


 天狗がダウンし、戦況がこちらに傾いた事に河合は苦虫を噛んだ表情を見せたが、すぐに河合は表情を切り替えユニコーンに指示を送った。


「ユニコーン! 一旦引いて!」


 メイと激しく抗戦していたユニコーンが隙を見て自分のマスターの元へと戻った。

 同じようにドッペルゲンガーも河合の元へ戻り、彼女らは陣形を立て直した。


「アンナ、大丈夫か?」

「……ええ、大丈夫よ。ごめん、油断してたわ」


 こちらはアンナが再び立ち上がり、白狐もこちらに戻るように後退している。



「アタシ、ちょっと油断してたな。お兄さん強いじゃん」

「……そんなに警戒心強められるとやり難いんだけど」

「ふーん。良い事を聞いちゃった」


 軽口を叩きながら距離のある所で会話をする。

 こんな事を言わなくても、警戒を緩めるつもりなんて一切無いくせに心にも無いことを言うものだ。


 いや、お互い様か?


 まあ良いや。



「このまま、押し切らせてもらおうか」

「残念、この試合は私の逆転勝利って決まってるから」



 俺は挑発的な愉悦を浮かべて。

 彼女は挑戦者の笑みを顔に貼り付けた。


 

 


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