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18/35

何処かで、少女が喜び泣いたのなら

予定より遅れた代わりに、力を入れて執筆いたしました。


「フェリス」

「何でしょうか、マスター」

「ちょっと俺の事背負ってくれない?」

「無理ですが?」


 少し冗談を言っただけなのだが、どうもガチめに受け止められてしまったようだ。


 本日は日曜日。

 朝から潜ってみるか、なんて浅はかにも考え、六時間ほどのプランを組んだ時の俺を殴りたい。


 足が棒で動かなくなっているのだ。

 もう歩きたくないとすら思っている。


「リリィ」

「はい、何ですか颯太様」

「ちょっとおぶってくれない?」

「良いですけど、血ください」

「いや良いのかよ」


 何故か想定と違う返しをされたが、血はあげるとしよう。

 理由があったからだろうが、肯定してくれるのは嬉しい物なのだ。


「ほら吸いな?」

「何か、最近颯太様気持ち悪くないですか?」

「言葉の暴力で瀕死寸前なんだけど」


 何だかんだ言いながら、吸っているが……。

 ………ちょっと気持ち良い。


 チュパっとリリィが音を立てて首元から唇を離し、俺の耳元にふっと息を吹きかけた。

 少し冷気を感じられる風が耳の中を突き抜け、脳を痺れさせる。反動に体がビクッと強い反応を示した。


「ッ!」

「仕返しです。顔、赤いですよ?」

「……気のせいだ」

「うーん。颯太様、先ほどキモいと言ったので、言い直してあげましょう。可愛いですよ、颯太様」

「ぐっ」


 屈辱のような、気恥ずかしさのような、嬉しさのような。

 そんな入り混じった感情が心拍数をあげて行く。体温が上がっているのだろうか。言われてるように、若干顔が熱いという自覚が出てくる。……これは、リリィのせいだ。


「ほら、もう行くぞ……」

「えー」

「仕方ない」


 リリィと白狐がぼやいていたが、気にせずに足を速めた。

 後ろからフェリスとアンナも続く。


「今日は二十四層のボスに挑む。手筈はいつも通りだ。前回二十三層のボスを倒したばかりだから分かるよな?」

「はい」

「ええ、問題ありません」

「ああ。問題ないな」


 目の前に次々と現れる敵を薙ぎ倒しながら、情報を伝える。アンナや白狐が簡易的な返事を答えた為、指示を聞いている事を確認した。

 俺自身は全力疾走で駆け抜けているだけのような物だが、彼女達は敵を倒しながらこの速度だ。

 

 強い。

 客観的にそう思う。無茶をする自分を咎める事もなく、命を賭けてくれている。

 その信頼と思いが嬉しかった。


「良し。準備をしろ。分かってる筈だ。どんな敵が、どんな攻撃をして、どんな展開になったとしても、冷静でいろ。相手を倒す。そして、次に進む。恐怖と向き合う必要はない。目を逸らし、強者の力に溺れろ。そうすれば、戦いは必ず俺たちのモノになる。……行くぞ!!」


 フィールドが変わる。

 直感的に、ボスのエリアに入ったのだと自覚した。


 空気が変わる。重く、ボスの縄張りに踏み入れたのだと実感がわく。

 己の中に湧き出すのは恐怖と、緊張感と、楽しさだった。



 ジェットコースターの席に着いた時を思い出す。

 三年ほど前だ。小学生六年生の頃だっただろうか。無理矢理参加出来た修学旅行で、各班ごとに分かれて遊びに行ったんだ。

 その頃から、家の中の自分と学校での自分は大きな性格の差があった。本当の自分は、自分の事が嫌いで、みっともない奴だと思っていて、何をするのも怖くて、ましてやジェットコースターなんて怖くて仕方が無かった。でも、学校での自分は真反対だった。みんなを引っ張る役割だったし、ガキ大将と肩を組んで大笑いするような人間だった。


 そうだ。

 あの頃、俺は初めてジェットコースターの席に着いて、隣には仲の良かった男友達が乗っていて、自分のキャラを壊したくないってバカみたいな事を本気で思ってたんだ。


 そしたらソイツが言ったんだっけ。興奮するって。

 この胸の中の感情は恐怖だ。それは知っている。でも恐怖に対して興奮を覚える事は今まで一度も無かった。ソイツは自分と似たような奴だった。表裏があって、バカな事が好きだけど、自分に自信はないタイプの人間で。


 思ったんだ。

 この恐怖は、興奮なんじゃないかって。




 現実に引き戻される。

 回想は長いようで、一瞬だったらしい。


 俺は興奮していた。

 息が荒くなる。頬が緩む。心臓が高鳴る。

 脳が狂いそうになる。


 嗚呼、大丈夫だ。


 俺の中には、異常しか見つからない。


「……嫌な予感がします」

 

 小さく、フェリスが呟く。

 

 ッ。


 突然、フェリスの呼吸が荒くなる。

 過呼吸?

 

「どうしたフェリス!?」

「……分かりません!! 何で!? 何で、何で……。私は今、何を、……感じているの……?」


 悲壮で苦痛な表情が、フェリスの顔に浮かぶ。

 猫背のような形で少しだけ俯き、胸の辺りを抑える手には明らかに必要以上の力が籠っている。


 猫耳が垂れ、大粒の汗が彼女から流れ出した。


 その様子に誰もが混乱を覚える。


 途中、フェリスが喉元を抑えるような仕草をした。

 その目線は壊れるほど強く左上に向けられていて、思い出す。


 視覚的記憶を思い出そうとする時にする仕草だ。

 そして思う。彼女に記憶は与えられていないのだと。彼女はどうしようもなく無駄な事を必死にやっているようで、それが何故だか切なかった。


「来る」


 しかし彼女は呟いた。

 来る。その言葉の意味は一つしか無かった。


 近く。

 しかし何処からか分からないような、犬の遠吠えに似た声が響き渡った。


 茂みから、ガサガサと音が鳴り、大きな、とても大きな獣が姿を見せる。

 


 三つの大きく野生的で凶暴な頭が血を含んだ涎を垂らしている。

 四本足でありながら二メートルを超える図体をしていて、特徴的に、三つの狼の頭部の内、真ん中の頭の両目と鼻の上が横に切り裂かれていたかのように抉れていた。目玉には未だ半分に切り裂かれ、しかしこぼれ落ちなかった目玉が。酷く歪んだ形で獣の目玉に入ったままになっている。恐らく何も見えていないのだろう。


 それどころか今も血を流している。

 驚くほど新鮮な傷跡だった。


「イレギュラー、ケルベロスか……」

 

 乾いた笑いが小さく響いた。

 少し遅れて自分のものだと気づく。


 イレギュラー。

 突然現れ、突然消える。そしてソイツは本来のボスよりも何倍も強く、最も簡単に探索者らのプランを壊す。

 新鮮な傷跡を持っているからして、つい最近出来た傷かと錯覚するが、イレギュラーは新たなイレギュラーを起こすまで時間も傷も止まったような状態で迷宮のシステムに潜む。


 つまり、目に傷を負いながらも生き残っているケルベロスは少なくとも一度は探索者と交戦し、勝利した個体だ。

 何日前か何年前かは分からないが、不運な事だと思う。


 俺が、こいつをどうにかしなければならない。


 窮地の数だけ、人はより大きく成長する。

 姉がそう言っていた。事実、彼女は死地を死ぬほど乗り越えて来て、そして強さを手にした。


 人は死と対面した時、必死に考える。そこから抜け出す方法を。

 そしてその時が人を最も、強くさせる瞬間なのだ。


「そう来るか。ああ、そう来るか。怖いな。けれど、想定外もピンチもそう訪れるものじゃない。……運が良い」


 独り言を呟く。 

 自分に暗示する。この状況は活かすためにあるのだと。


 ケルベロス。

 Cランクのモンスターだ。

 勝てるか、勝てないかで言えばかなり厳しいだろう。


 撤退の一言はまだ早い。


 勝利への道が脳内で構築されていく。


「突撃します」

「そうだな。近距離のフェリスが敵を引きつけて、中距離のリリィと白狐は連携を取りながら絶え間なく攻撃してくれ。アンナも遠距離から魔法で援護を! ……って、おい、フェリス?」


 フェリスは指示が耳に入っていないのか、俯いたままだった。

 

「フェリス!」


 叱りつけるような声で彼女の名前を呼ぶ。

 ようやく気付いたのか、彼女は頭を上げこちらをチラッと見た後──駆け出した。


 一瞬だけこちらを見た彼女の表情が脳から離れない。


 憎悪と哀愁が混じった、弱く泣きそうで、かつ強く恨みを持った顔だった。


 気づけば彼女はケルベロスへと噛み付かんばかりに一直線で走っていて、拳を振るい上げた。

 彼女が突き出した拳は、向かい撃ったケルベロスの牙に骨まで貫かれる。同時にケルベロスの口の中もグチャグチャに破壊されたように歪む。


「プラン変更!! フェリスを全力で援護する。彼女を守り通せ!!」

「了解です!!」

 

 リリィが雷撃を放ち、アンナが続いて水龍を放った。

 両方ともケルベロスには躱されるが、背後に飛んで空中に浮いたケルベロスを追撃したフェリスが拳を撃ち抜く。それがケルベロスの腹部に突き刺さり、貫通した。

 

 腸を引きずり出されたケルベロスが、フェリスの頭部に噛み付く。

 しかし、首元を噛みちぎる為に開けられたケルベロスの口に白狐が水砲をぶつけてから、眼へと噛みついた。


 絶叫に近い吠えを上げて、ケルベロスが苦痛を訴える。

 が、尚、ケルベロスも口元を嗤わせながら、憎悪の視線を残り二つの眼でフェリスに向ける。


 フェリスも未だ痛みを噛み締め耐える表情で尚、鋭い殺意をケルベロスへと向けた。ケルベロスが白狐を振り解き、白狐が地面を転がる。


「ああああああ!!」


 フェリスが、戦士が吠える。

 野原がそよいだ。フェリスの髪が少しだけ風に揺らいだ、次の瞬間。


 お互いがお互いに攻撃を繰り出した。


 フェリスが正面から向き合い、ボロボロの拳でケルベロスを殴る。

 ケルベロスもまた、攻撃を躱わされこそするも、僅かに当たり続ける攻撃は確実にフェリスの肉を抉り取っていた。


 フェリスは、ケルベロスに押し負けていた。


 ランク差は大きい。

 それはあくまで、迷宮側がカードのカテゴリ分けに使ったシステムにすぎないが、種族毎の強さの区別は的確だ。強さは勝ち負けを分ける大きな要素だ。


 そして、ケルベロスはランクが示す通り、フェリスより強かった。


 ケルベロスがフェリスにトドメを刺さんばかりに噛みつこうとした。

 何処かスローモーションにも映ったその光景は誰かの手によって消された。


「ア゛ア゛ア゛!!!」

「……マスター!!」


 彼女を守ろうと剣を突き出した俺の腕は、ケルベロスに噛みちぎられた。

 同時にケルベロスの口の中に吸い込まれた剣は、ケルベロスの喉を突き破った事を確認した。


 耐え難い痛みが襲う。

 想像もしたことの無いような痛みと、燃えるような熱さだった。


 引っ掻き傷の時の些細な痛みとは比べ物にならない。腕が千切らられていた。神経が切断されていた。痛い。それ以外考えられなくなりそうなほど、理性がイカレる。


「……ぃけ」


 嗚咽混じりの声がフェリスに伝わったのか、すぐに彼女は瀕死のケルベロスに拳で脳を破壊させる事で、トドメを刺した。それからゆったりとした、近づく事を恐れているような足取りで自分の元へと向かってくる。




 俺は嗚咽を漏らすだけだった。

 本当に痛い時は絶叫をあげるのだと思っていたけど違った。声を出すのも辛いから、狂いそうな嗚咽だけが残るのだ。痛みに狂いそうになる。


 そして、残された左腕を動かし、マジックバッグを取り出した。

 その中から錠剤を取り出し、飲み込む。


 痛みが和らいだ。

 それでも尚、耐え難い痛みがあった。


「ま、マスター!!」


真っ先に声をかけるフェリスは、倒れた俺に割れ物を触るような手つきで触れる。彼女の顔を見ると、泣いているらしかった。通りで、何処か泣き声のように聞こえた訳だ。


 触られるとより辛いから、ありがたい気遣いではある。


「……これ、使え」


 ポーションをフェリスに差し出す。

 上級回復役だった。数百万は下らない代物だが、効果は見合うほど大きい。


「そ、それはマスターが」

「……お前のほうが致命傷だろ。腕が無くなったくらいじゃ死な無いから。ほら、早く取れよ。……腕が辛い」

「は、はい!」

 

 フェリスは受け取ったポーションを勢いよく飲み込む。

 少し咽せていたようだが、俺もポーションが必要だ。


 一つだけ残った上級ポーションを口に含むが、飲み込めずに咽せてしまう。

 そして咽せる度に再び激痛が走った。


「颯太様!!」


 リリィが駆けつけたらしい。

 同じく、アンナの足音も聞こえた。大狐の白狐の足音もだ。


「マスター、飲めるかしら?」


 アンナが心配の声を上げた。


「……大丈夫だ」


 そう言い、残りの回復薬も飲み干す。

 すると肩から腕が再生し出した。


 親から貰った腕じゃなく、新しく生えた腕になってしまったな。

 まあ、良いか。あまり気にするようなことでもない。


「もう、平気だ」

「口移しで飲ませようと思ったんですけどね」

「嬉しい冗談だな、リリィ」

「冗談では無いですよ?」

「……それは逆に困る」


 軽口を叩いてから、フェリスへと向き直る。

 彼女は泣きながら俺を見ていた。


「泣くなよフェリス」

「す、すみません……」

「どうかしたのか?」

「分かりません。でもずっと、心が悲しくて、寂しいんです」


 そう訴える彼女をどうすれば良いのか分からず、抱き寄せた。

 彼女も応えるように、胸を借りていた。


「むっ……」


 リリィが一瞬少し不満そうな顔をしたが、すぐに表情を戻す。

 フェリスが、もっと大きな声で泣き始めたからだ。


 それは何処か子供の様で、幼くも感じられた。


「そんなに泣くなよ」

「……ぅ」

「まだ、悲しくて寂しいのか?」

「……いいえ」

「じゃあ、何で」


 そう問いかけると、沈黙が流れた。

 彼女の啜り泣く声も、穏やかになったような気さえした。


 フェリスが俯いたまま言う。


「名前を呼んでくれませんか?」 

「……フェリス」

「はい」


 彼女は顔を上げる。頬は少し赤くて、悲しくも喜びの混じった表情だった。

 背中に回った腕が、強くなるのを感じる。


「私は、きっと、……嬉しいから泣いているんです」


 か細い声で彼女が答えた。

 消えそうな声で。聞こえてほしくて、それでいて聞こえてほしく無いような。そんな曖昧な声で。



 ただただ。

 彼女は力強く俺を抱きしめ続けていた。







ブクマ、評価、感想本当にお願いします。

作者の励みになっています。それと既にブクマや評価をくれた方。本当にありがとうございます。



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