[4]ジュエルの恋人?
「うわ~やっぱりっ、視界が狭い!」
あたしは二人へ振り向いて、船内をグルリと見渡した。もちろん左の瞼は閉じたままだ。
「リル、義眼を用意してから外しなさい。女の子なんだから」
パパは慌てて立ち上がり、自分の荷物の中からあたし用の義眼を探し出した。女の子なんだからって……まるで服でも脱いじゃったみたいな物言いだ。
「なんかバランス悪~! パパって良くこんな状態で家事や仕事が出来るものね?」
取り出された義眼を受け取りに数歩進んでみたけれど、まるで歩き始めたばかりの赤ちゃんみたいに、おぼつかない足取りになってしまった。
「まあね。でも『ジュエル』が君を選んだのだから仕方がない。こちらは元々生まれた時からの十八年と、君が生まれてからの十四年、ずっと片目のままなんだ。もう慣れたものだよ」
そうパパは笑って義眼を差し出したけれど、ジュエルを継承してからの約九年(……の内の二年弱は眠っていたとはいえ)、パパは普通の人よりも『視える』生活をしていたのだ。あたしに『ジュエル』を譲った時は、きっと色々と支障があったに違いない。
──ジュエルは自身で『宿主』を選ぶ。
選ばれし者は必ず右眼に本来の瞳を持ち、左の瞼の中は空洞で生まれてきた。
パパとママはあたしが生まれた時、女の子だと分かってとても安堵したらしい。だって今までずっとジュエルの宿主は男子と決まっていたのだから。
けれどあたしを初めて抱いた時、二人はその外見にドキッとした。右眼はパパと同じ黒い瞳をしていたけれど、左の瞼を開かなかったから。そして恐る恐る瞼を引っ張ってみたんだって……で、その中身を見て唾を呑み込んだんだ……そこにはなんにも無かったから!
更に奇妙なことが二つ。通常選ばれし者は、髪色こそがジュエルと同じラヴェンダー色をして生まれてくる。だからパパの髪も薄紫だ。だけどあたしの髪は何故かピンク・グレーをしていた。むかーしママがパパと出逢った時、お友達に無理矢理染められていたピンク・グレーの色に。
これには二人は思わず笑い転げたらしい。ジュエルはどれだけママのことが好きなんだろうって!
でも同時に先のことを考えて、二人はついぞ困り果ててしまった。何せこの世の中にピンク・グレーの地毛をした人間なんていない。大人であれば染めているのだと嘘をつけば良いが、学校に通うにはこれでは無理だ。そんな小さな頃から髪を染めさせたくないし……と悩んでいた二人に、ジュエルはまるで自分を挿し込めと言わんばかりに光り輝いた。試しにパパは左眼からジュエルを外して、そっとあたしの瞼の中へ……途端あたしのピンク・グレーの髪は、ママとおんなじホワイト・ゴールドに変わった!
更にジュエルは自身を黒く染めて、あたしをオッド・アイにはさせなかった。
でもこれって……ジュエルの脅迫だと思わない?
ジュエルはあたしをどうしても宿主にしたくて、こんな交換条件を突きつけてきたのだから。
まるで「自分を入れてくれなくちゃ、髪色変えてあげないんだぞー!」って。
結局パパは観念して、自分が宿主を放棄することを宣言し、ジュエルはあたしの物になった。
お陰であたしはホワイト・ゴールドの髪色をして、両目とも黒い瞳をして……そして義眼と言っても『視える』魔法を有することが出来て、普段は何の支障もなく生活が出来ているという訳なのだ。
逆を言えばジュエルを外してしまうと、あたしの髪色はたちまちピンク・グレーに戻る。パパもママもそんなあたしを、昔のママを思い出して懐かしそうに見詰めるけれど……まぁね、あたしも嫌いじゃないよ、この色。
あたしは『視えない』義眼を挿し込んで、左の瞼をパチパチと瞬いた。
半分になった視界は前回ヴェルに行った三年前以来だから、慣れるのには少し時間が掛かるだろう。
いつもありがとう──ジュエル。
あたしはふと保管庫へ振り向いて、中に隠されたジュエルにお礼を言った。
これから数日間、ゆっくりと眠っていてね。自分の故郷に優しく抱かれて。
そうして保管庫を自分の寝台カプセルに運びながら、あたしはニヤリと笑ってみせた。
本当は知ってるんだージュエルの秘密!
ジュエルはあたしを宿主にしたかった訳じゃない。
別にあのままパパでも構わなかったのだ。
でも、ね。ほら、良ーく考えてみて? ママってきっとパパよりベイビーと一緒にいるものでしょ?
あたしが宿主になればジュエルはいつでも幾らでも、今まで以上に微笑み掛けてもらえるのだ。
自分が一番恋人にしたかった、あたしのママの碧い瞳に──!!