[33]無意識の勝利? 〈A-Puppies〉
アイガーの可愛いヒト、ならぬワンちゃんは「ホルン」ちゃんというのだそうで。子犬全員の名前もおばちゃんが教えてくれたけれど、十匹目を聞いた時にはもう、一匹目の名前を忘れてしまっていた……。(註1)
そんなのどかな会話をしながら、まもなくルクの許へ到着するという頃、アイガーが再び唸り声を上げ、真正面へ突っ走っていった!
「アイガー!?」
慌てて三人も続けて走る。まさか……ルクにも何か遭ったって訳じゃないよね!?
「ルク! 無事か!?」
真っ先に辿り着いたアッシュが叫んだ。やっと追いついたあたしの視界には、放心状態でしゃがみ込んだルクと、正気に戻そうと揺さぶるアッシュが映り込んだ。
「ルク!!」
あたしの呼び声にハッと目を見開くルク、その両手にはベットリ赤い液体を纏わせた剣が握られていて、辺りの地面には……ザイーダの死骸が数匹転がっていた……!
「ルク! 大丈夫か!? 怪我してるのかっ!?」
「あ……あ、ボ、ボク……?」
やっと言葉を発したルクは、それでもまだこの事態を把握出来ていないみたいだった。それを察してアッシュが彼の手から剣を外し、赤く光る刃が見えないよう、近くの幹の後ろへ置いた。
「ごめん、ルク……僕が居ない間に……良く頑張ったね」
「ボク……? な、何が遭ったの??」
それきりアッシュは何も答えず、ただ無言で薄く笑み、ルクの顔に付いた血しぶきを綺麗に拭き取ってあげていた。ツパおばちゃんとアイガーは、ルクの気付かぬ内にと幾つもの死体を引きずり隠す。なのにあたしは……何も言えず、何も出来ず、ただ二人の手前で立ちすくんでしまった。ルク……きっと必死だったんだ……必死で、無心で、ひたすら剣を振るって……そして全てを滅ぼした。
「ル、ヴィ? だ、大丈夫? 怪我してない??」
バカ。怪我してるのか訊いているのはこっちなのに! 人の心配ばっかりして……!!
「……うん。大丈夫だよ……心配掛けてごめん」
心の中で怒鳴った言葉は、喉から飛び出す前に呑み干して、あたしはぎこちない笑顔を作った。全てを拭き終えたアッシュが、こちらを向いて手招きをする。見ればルクの手は小刻みに震えていた。実戦なんて初めてだった筈……あたしはアッシュに促されて、彼の両手を強く握り締めた。冷たい肌が次第にあたしの掌の熱を吸い取っていく。こんなこと……ルクにもアッシュにもさせたくなかった……ごめんね、本当に……本当に、ごめん。
「ルヴィの手……あ、あったかくて……気持ち、い──」
「ルク……?」
手元から上げた視線に、入ったのはルクの寝顔。
すぐ後ろの幹に寄り掛かったまま、ルクは微笑みを湛えて眠りこけていた。
「ごめんね、ルク……ありがと……」
あたしは彼の腰に腕を回して、胸の中で涙を堪えた──。
[註1]アイガーの愛妻「ホルン」の名:アイガー同様、スイスの山「マッターホルン」から戴いてみました♪
★ ★ ★
「……? わ、わぁっ!!」
「──いたっ!」
それからしばらくして──気付けばあたしもルクの上で眠ってしまったらしい。よっぽど重たかったのか、先に目覚めたルクがその状況に我に返り、驚きの声と共に飛び起きて、放り出されたあたしは草地に倒れ込んでいた。
「え……? ええ?? えー……と、ご、ごめん! ルヴィ!!」
「ううん~こっちこそごめんー苦しくなかった?」
立ち上がったルクは、あたしを助けようと手を差し伸べた。でもそれも気恥ずかしくなったのか、慌ててその手を引っ込めてしまう。肩すかしを喰らったあたしは、苦笑しながら自力で身を起こした。
「二人共目が覚めたね? 向こうで昼食の用意が出来たから、冷めない内に食べよう」
その「向こう」とやらからアッシュが駆け寄ってきて、寝起きのあたし達を笑顔で誘った。食事の場所をずらしたのは、ココが戦場だったからだろう。ルク自身は何が遭ったのか、何をしたのかも、どうも覚えていないみたいだけど。
「ありがとう、アッシュ。あの……ごめんね、本当に役立たずで……」
女子のはしくれとしては、せめてランチくらい協力したかったのに……幾ら昨夜に良く眠れなかったからといって、まさかルクと一緒にお昼寝なんて。
「きっと昨日の疲れが出たんだね。ちょうど休めて良かったよ。食べれば精も付くだろうし、午後は頑張ってもらうから、二人共また覚悟しておいてよ?」
アッシュはいつもの調子でおどけてみせた。あの宿題を全て終わらせようと言った二日前を思い出す。まだ二日前なんだ……あんなに普通だった家族の日々が。
それからあたし達四人と一匹は黙々と昼食を済ませ、ザイーダに襲われる前のように、傾斜した森の中を着々と登っていった。不要な会話を控えたのは、ルクに余計なことを思い出させたくなかったからかも知れない。きっと真相を知ったら、ルクの心は傷ついてしまう。ぼんやりとでも、それくらいのことはあたしにも理解出来た。
進むにつれ地面の角度は急になり、視界は徐々に開けていった。つまり木々がまばらになり始めているのだ。標高が上がったせいなんだろう、見上げればついにてっぺんが大きく見えて……明日にはママと……サリファの待つ、頂上まで手が届きそうだった。
「残念ですが、今夜は此処までに致しましょう。これ以上進んでも、安心して休める場所が見つかるとは思えません。今宵は私と……アイガーも見張りに参加します。ルクアルノ、アシュリー、宜しいですね?」
ツパおばちゃんは森の途切れる手前で振り返り、日暮れる空を背に全員に告げた。無言で頷くルクとアッシュ。やっぱりあたしは除外なのかぁ……自分でも余り戦力になれる気はしていなかったけど、初めから人数に入れられていないのは、分かっていても心に堪えた。
「「あの……おばさん」」
とあたしが意気消沈してしまったところ、同時に同じ言葉を発したのはアッシュとルクだった。
垂れ始めていた首をおもむろに戻す。目の前の二人も声が揃ったことに驚いたのか、お互い「お先にどうぞ」とばかり、微妙な視線を送り合っていた。
「じゃ、じゃあ、ボクから……えと、あの……今夜の見張り、ル、ルヴィにも参加してもらってはダメですか……?」
──ルク……?
「僕も同じことをお願いするつもりでした。二晩目ともなれば、独りでの見張りは眠ってしまわないとも限らない。でも二人一組で交代すれば、その確率は低くなります」
──……アッシュ。
それぞれ言い終えたのち再び瞳を合わせ、二人は微かに笑ったようだった。これってその……あたしを慮ってくれたのよね? 何も役に立てていないあたしが、独り落ち込まないように。
「そうですね……では、リルヴィも合わせて四人と一匹、奇数ですから私が二度見張りましょう。組と順序はとりあえず後で……まずは夕食の準備です。リルヴィ、今夜の献立はお任せ致しますよ?」
「え? ……は、はいっ!」
ツパおばちゃんの相変わらず抑揚のない口調は変わらなかったけれど。
最後の尻上がりな問い掛けに、あたしは一瞬驚いて、すぐさま明るく返事をした。おばちゃんもあたしの意を汲んでくれたのだろう。
みんなが応援してくれているんだ。あたしもちゃんと頑張らなくちゃ! そのためにも──どうか『ジュエル』、早くあたしの『力』を目覚めさせて──!!




