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シュクリ・エルムの涙  作者: 朧 月夜
■第四章■ TO THE CHOUCRE(シュクリ山へ)!
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32/86

[32]目覚めの予感?

 ──シュッ!!


 思わず目を(つむ)り、しゃがみ込んだあたしの真上で、緊迫した空気を斬り裂く音が響いた。

 見上げれば上空へ弓を構えたツパおばちゃんの腕と、その上に顔をしかめた毛むくじゃらの化け物が……これってあの、パパとママの両親を襲ったザイーダだ……でも色が違う。同じ黄色い眼をしているけれど、その姿は以前のヴィジョンで見た真っ黒ではなく──金色掛かった白だった!(註1)


「リルヴィ、私から離れてください。こいつが狙っているのは貴女ではなく私です!」


 その声と共におばちゃんが左へ走り、右上腕に矢を突き刺された大きな化け物が、あたしの目の前にドスンと着地した。

 狼とも熊とも獅子ともつかない、鋭い眼と爪と牙。

 余りの近さとその怖しい形相に、つい萎縮して動けなかった。でも確かに狙いはあたしではないらしい。化け物はこちらを見ることもなく、ツパおばちゃんをすぐさま追いかけ始めた。


「アイガー! リルヴィを守ってください!!」

「お……おばちゃんっ!!」


 ツパおばちゃんが遠ざかりながら叫んだ。背負った荷物もウエスト・ポーチも、投げ捨ててひたすら駆けてゆく。自分がやられたら、あたしが(さら)われてしまう。おばちゃんはきっとそう思ったんだ。あたしは震える身体に力を込め、何とかおばちゃんの背中を追跡した。

 ダメだよ……死んじゃ! おばちゃんはこれから自分を責め立てない、楽しい人生を生きなくちゃいけないんだ!!


「速い……!」


 おばちゃんも化け物も、こんな道なき道でもすばやかった。

 本来ならおばちゃんは弓を射て、化け物にとどめを刺したい筈。けれどそのための間合いは全く取れず、弓を構えるどころか、矢を手にする余裕もなかった。

 アイガーはあたしと併走して吠え、とうとうザックの端を咥えて引き止めてしまった。お願い、アイガー! あたしを守らなきゃって気持ちは分かるけど、あたしはツパおばちゃんを守りたいの!!


 え? あたしなんかがどうやっておばちゃんを守れるのかって!? ──ううん、良ーく考えてみて。方法はない訳じゃない。こんな非力なあたしでも、一つだけ『秘策』と呼べる(すべ)があったりするのだ。あたしだって何も出来ないまま、ここまで連れて来てもらったつもりなんてない。そう、思い出して……あたしが『ラヴェンダー・ジュエル』の元宿主だってこと。『ジュエル』に魔法を掛けられた者には、必ず『跡』が残される。今までの日常には必要がなかったからなのか、残念ながら視ること以外に一度も魔法を使えたことはないけれど、生まれた時からジュエルを宿してきたあたしにも、魔法の『力』は残されている筈。今この時点、たとえジュエルがなくたって、『跡』であるその力が目覚めてくれたら──!


「ツパ……おばちゃ──!!」


 少し傾斜を登った先に身長ほどの岩壁が現れ、おばちゃんの行く手を(はば)んでいた。逃げ場は横へ逸れるしか道がなく、急遽方向を九十度左へ変える。スピードの緩んだ分、化け物は更に迫ってきて、あたしは力の覚醒を待つどころか、呼び掛けなんて発している場合ではなくなって──


 誰か! おばちゃんを助けて!!


 刹那、邪魔者なだけだった断崖の上から、細い影が舞い降りた。まるであたしの祈りが届いたように、目の前に現れた白い化け物を一刀両断して、吹き出した赤い血潮が地面に飛び散った時、やっとその姿がアッシュだと知った。


「アシュリー……」

「ア、アッシュ!!」


 ツパおばちゃんは放心しながら岩の壁に寄り掛かり、あたしは半ベソでアッシュに抱きついてしまった。きっと一生懸命走ってきてくれたんだ……あたしを受け止めた彼の胸は、まだ大きく揺れていた。


「リル、ツパイおばさん……ご無事ですか?」


 見上げたアッシュの表情は、焦りと安堵と口惜しさが(にじ)んでいた。ごめん、心配を掛けて……あたしは唇を引き締めて、ゆっくりと頷いた。


「お陰で助かりました。アシュリー、お手間を取らせましたね」

「いえ……かろうじてアイガーの鳴き声が聞こえたもので……でも、すみません……こういう事態までは予測していませんでした」


 そうしてアッシュは僅かにあたしから顔を逸らし、苦々しく俯いた。こんなこと、あたしだって想像もしてなかったよ……誰のせいでもない……アッシュだって、ツパおばちゃんだって!


「ザイーダを生み出せるのは、ウェスティのみだと思っていましたからね。まさかサリファまで……其処まで力を所持しているとは、私も気付きませんでした」


 ザイーダ……やっぱりあの化け物は、白くてもザイーダだったんだ。昔ラヴェンダー・ジュエルの力を手にしたウェスティが、魔法で造り出した黒い化け物。でも確かウェスティは、自分の黒髪をザイーダに変化(へんげ)させていた筈。今回白かった理由って──まさか!


「お、おばちゃん……ザイーダの毛色が白っぽく見えたのは……」


 問い掛ける唇が震えてしまった。現状サリファに実体はないのだ。そのサリファがザイーダを作ることの出来た理由は、きっと(ただ)一つ。


「おそらくユスリハの髪を元にして生み出したのでしょう……」

「ママの……ホワイト・ゴールドの髪……」


 ママの両親を殺した憎むべきザイーダを、ママ自身が生み出すきっかけになってしまったなんて……ママはその経緯を見てしまったのだろうか? せめて……眠らされていてほしい。そう願うしか今は何も出来なかった。


「……とにかく無事で良かったよ、リル」

「あっ……う、うん」


 あたしの気を取り直そうとしてくれたのだろう、アッシュが弱々しくも微笑んでこちらを向いた。ありがとうとお礼を伝えなくちゃいけなかったのに、昨夜みたいに近付く顔に驚いた瞬間、強く抱き締められて身体が硬直した。

 重なった胸がドキドキしてる。また頬が熱く感じて……これって、あたし……アッシュのこと、好きになっちゃったんだろうか……??


「──あっ!!」


 ってことは、ツパおばちゃんも弓のお師匠様のことが好きだってこと──!?


「荷物の番をしながらルクも心配しているから、先を急ごう」


 あたしを解放したアッシュは壁をよじ登り、手を伸ばしてあたし達を崖の上に引っ張り上げてくれた。

 そうよ、そうよ! ダメだなぁ~鈍感にも程があるでしょーリルヴィさん!

 ツパおばちゃんの恋バナ、根掘り葉掘り聞かなくちゃ!!

 あ? いえその前にアイガーよね!? 十匹も子犬を産んでくれた愛妻ちゃんのお話を聞くべきですよ!

 と、同時に思ってしまった。あたしの可愛い「お姉ちゃま」ピータンにも、早くステキなお婿さんを見つけてあげないとね──!!




[註1]ザイーダ:今作の第一話にて、リルヴィの母ユスリハの両親が、化け物に襲われ亡くなった事は説明しておりますが、実際にはリルヴィの父ラヴェルの家族も、ザイーダにより命を奪われております。




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