[31]真っ赤の原因?
多分、きっと、朝までたっぷり眠った筈……!
だって眠気なんてちっとも感じないもの! 眠った覚えなんて……まったくないけど!!
身体は昨日の疲れを背負ったまま、それでもあたしは問われたくなくて、キビキビと先頭を歩いていた。
何をって~!?
もちろん昨夜のことだってば!!
べ、べ、別に~ただの「おやすみのキス」だってことは分かってるよ! あんなに唇に近かったのも、あたしが立ち上がる途中でされたから、アッシュの手元ならぬ口元が、きっと狂っただけなんだ!!
なのにどうしてだか、あたしはアッシュの顔が見られないまんまで……そんな動揺を隠したいと思ったせいか、ルクの顔も見られなかった。
「アシュリー、ルクアルノ。悪いのですが昨晩のように、お先に昼食を取りやすい場所を見つけて、準備を進めておいていただけませんか?」
気持ちの落ち着かないザワザワした背中の後ろで、ツパおばちゃんの淡々としたお願いが聞こえた。その声に驚いて、急いで足を止め振り返る。了解したアッシュはあたしの横を通り過ぎながら、「それじゃ、ゆっくりおいでね」と声を掛けて、ルクと共に目の前のけもの道を登っていった。
「どうして? ツパおばちゃん。あたしなら、まだまだ大丈夫よ!」
歩み寄るおばちゃんへ、あたしは元気をアピールしようと一層大きな声を出した。でもおばちゃんは訝しそうな表情を変えず、首を傾げ、
「本当ですか? ではどうしてそんなに顔が赤いのです? 熱があるのを我慢しているのではないですか?」
「え……」
と、相変わらずの真っ赤な瞳で、あたしの「きっと同じように赤い」ほっぺを凝視した。
ん? 同じように赤い……??
「ねぇ、おばちゃん。おばちゃんこそ、昨日どうしてあんなにほっぺを赤くしたの? えーと……確か、弓のお師匠様のお話になった時!」
「……え?」
途端おばちゃんのほっぺも、昨日のように赤みを取り戻す。まるで質問を逸らしたいように、サッと面を逸らして先を歩き出した。
「あ、あ、赤くなどなっておりません!」
いや~明らかにまっかっかだってばー。
あたしは慌てて後を追い、おばちゃんに並んで横顔を見た。
あれ? でも、この状況ってなんか……あたしの動揺に似てる??
「ツパおばちゃんも弓のお師匠様と何かあったの?」
「……? それはどういう意味ですか? 私「も」とは?? ……リルヴィに何かあったということですか?」
「──えっ! あ……いや~……」
思わぬ逆襲に口ごもってしまった。やっぱり自分のことを話さないで、おばちゃんの話を探るのは難しいなぁ。
「おばちゃんはどうやってお師匠様と知り合ったの? 誰かからの紹介??」
益々スピードを速めるおばちゃんに、前方を注視しながら必死について行く。時々向けられるあたしの視線に、数回揺らぐ眼差しを合わせたのち、おばちゃんはついに観念と口を開いた。
「師と出逢ったのは偶然です。二年前、アイガーとこの森を散策していた折に遭遇しました。あちらは狩りの最中で……師の猟犬とアイガーが仲良くなったことが始まりでした」
「え? アイガーが!?」
おもむろにあたし達の前を歩くアイガーを見やる。自分が話題に上ったことに気付いたのか、アイガーは嬉しそうに尻尾を振った。
「アイガーがその猟犬を大層気に入ったこともあり、お会いする機会は増えていきました。それを機に、弓をお教え願いたいと申し出たのです。初めは承諾いただけませんでしたが、事情を伝えて何とか……」
「事情って? サリファのこと!?」
「……はい」
おばちゃんの返答は更に重苦しくなった。やっぱり自分の叔母があの大虐殺の首謀者という過去は、ツパおばちゃんをずっと縛りつけてきたのだ。あたしはそう確信して、独り無言で頷いた。
「タラの家でそんな話になりましたか? ……本来なら、ウェスティが二度目の事件を起こす前に、私はラヴェルの背中を押すべきであったのです。結界内に閉じ込めていた叔母と従弟を葬ること……ですが私がその機を窺っている内に、ウェスティは蓄積した力を放出してしまった。そして今回も……全ての責は私にあるのです」
「そんなこと……ツパおばちゃんのせいじゃないよ! パパだってきっとそんな風に思ってない……だからパパはおばちゃんに、首相になることを勧めたんだよ!!」
「リルヴィ……」
いつの間にか叫んでしまったあたしに、ツパおばちゃんは戸惑う眼を見開かせた。二人して歩くのを止め、向かい合わせになり、アイガーも少し先で振り向いた。
「違うのです、リルヴィ……私は──」
その時──突如アイガーが吠え立てた。サッと寄せたあたしとツパおばちゃんの視界の遠く木々の奥、繁みがガサガサと音を放ち揺さぶられる。刹那アイガーが戦闘態勢に入るかの如く、前身を下げ腰を上げ、低い唸り声を上げた!
「な、何……?」
「リルヴィ、下がってください……アイガーも下がりなさい! 貴方はもう十匹の子犬の父親なのですよ!!」
「えええっ!?」
アイガーったら、いつの間にパパに!?
ツパおばちゃんの大声に、繁みから白い影が飛び出した!
それは大きく飛び跳ね、同時に飛び掛かったアイガーの上を飛び越し……あたし達目掛けて襲ってきた──!!




