[13]男の見栄? *
「ねぇえ? これからヴェルはどうなるの?」
あたしはラヴェンダーの薫る風を受け流しながら、隣に立ったアッシュの横顔を見上げた。
ずっと上方で遠くを望む涼しい眼差しが、オレンジ色の光に染められながらあたしを見下ろす。
あれからツパおばちゃんは、驚愕を喉に詰まらせたみたいに沈黙してしまった。そんな静けさに一石を投じたのは……意外なことにパパの一言だった。
「ツパ。私もそれが最善だと思う。ヴェルの為にも受け入れてほしい」
その意見と要望に、周りの皆も同意の頷きを返す。ツパおばちゃんの面はそれを機に、テーブルを挟んで斜め向かいのパパへゆっくりと持ち上げられた。けれどやっぱりしばらくの間は何も答えなかった。やっとのことで現れた言葉は──
「……少し、考えさせてください」
──それだけだった。
それからデザート・タイムが再開し、食事を終えた面々があちらこちらで談笑をし、パパ達はお土産を配りながら「大人の話があるから~」なんてあたし達を邪険にしたので、こうして三人海へ沈む夕陽を見に、西岸の丘陵へやって来たという訳なのだ。
「僕は良くなると思うけど?」
投げ掛けた質問が、アッシュの高い背を屈ませた。やがて草地にしゃがみ込んでいるあたしに、倣うように腰を下ろした。
「王様が仰られたように、国民に依る国民の為の政治が始まるんだ。僕も今まで国に貢献してきたツパイおばさんは適任だと思う」
「そしたら王家はどうなっちゃうの? みんなが要らないって言ったら??」
ほんの三年だけどパパが名乗った「アイフェンマイア」の名が、貶められてしまうのは耐えられなかった。そしてそれはあたしに宝物をくれると約束してくれた、おばあちゃんの家なのだもの!
「大丈夫だよ。むしろ王家はかけがえのない物に高められて、途切れることのないように大切にされていくんだ。『象徴』とは言っても、実際には権威も権力も保持される。僕の祖国と一緒だよ」
「え?」
イギリスと一緒?
疑問の声と共に向けた視界には、自国の位置へ鼻先を合わせた、柔らかい微笑みがあった。
「『国王は君臨すれども統治せず』──連合王国であるイギリスも長い間そうしてきたんだ。そして王家は伝統を守るため誠意を尽くしてきたし、今でも国民に愛されている。だから大丈夫だよ、自信を持って安心させられる見本が、目の前にあるのだから」
「そっか……そうだよね」
安堵して抱えた膝小僧に顔を寄せた。あたしに細かいことは分からないけど、そういう国に住むアッシュがお墨付きをくれたのだ。きっと良い未来が待っている、そんな気持ちになれた。
「あ、ルクが帰ってきたよ。おかえり、ルクー!」
ちょうど俯いた視線が、砂浜から丘を登ってくるルクの姿を捉えた。夕焼けを待ち侘びている内に、風が冷たくなったのを心配して、近くの商店に温かな飲み物を買いに行ってくれたのだ。
あたしは立ち上がってお尻に敷いていたハンカチーフの砂を払った。駆け上がったルクの向こうで、花火の芯が消えるように夕陽が海へ落ちた。
「ご、ごめん……遅くなっちゃった?」
そんなに待ちくたびれた顔でもしちゃってただろうか? 紙袋から取り出されたホットココアを受け取り、ううんと首を振って、ありがとうと笑顔で返す。
「ルク、お代は幾ら? 僕が払うよ」
アッシュはホットコーヒーをお願いしていた。ポケットからお財布を取り出す仕草をしたが、
「い、いいよ! ボク、母さんからおこずかいもらってきてるからー」
ルクは慌ててそれを制し、コーヒーを素っ気なく手渡した。自分はどうやらホットミルクセーキを買ったらしい。カップの蓋を開けた途端、甘い香りが漂う。相変わらずお子ちゃまだなぁ。
「そう? それじゃ遠慮なくご馳走になるよ」
「ルク、あたしもありがとー」
アッシュとあたしのお礼に、ルクは恥ずかしそうに瞳を逸らして、あたしの隣に並んだ。徐々に藍色に暮れる海を見詰めた三人の影が、振り向けば背後に茂るラヴェンダー畑の上に、長ーく伸びている。
「そう言えば、ツパおばちゃんが首相になったら、ルクは首相の甥っ子ってことよね? 今から考えておかないと大変じゃない?」
「えぇ……? な、な、何を考えておくべきなの??」
横から掛けられた意味の分からない質問と、意地悪そうなあたしの流し目に、ルクはいつも通りビビってくれた! やっぱり相変わらずお子ちゃまだなぁ~!
「何をって~決まってるじゃない! きっとヨーロッパ中から押し寄せるわよー「伯母が首相になった感想は?」って、沢山の新聞記者が!!」
「ひっ、ひぃ~!?」
驚いたルクはミルクセーキと共に飛び跳ねて……夕焼け色に溶け込んだ赤茶色の髪が、ふわりと揺れた。
慌ててアッシュの長い腕があたしの前に伸ばされる! その腕が彼を掴まなければ、ルクは丘を転げ落ちるところだった──!!