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勇者様と言うなかれ  作者: 大島周防
殿下編
89/91

19

私はゆっくりヴァルの横に立つ。忘れてもらっては困る。私達は遂に二人でたったのだから。


私の気配を感じて、ヴァルの唇から言葉が漏れた。


「殿下のために。」


私が返す。


「ヴァルのために。」


もう国のためでも、人権のためでも、名誉のためでもない。お互いのために生き抜いて、死するのだ。


両手に剣を構えたヴァルの横で、私も両手を伸ばす。これだけの人数を抑えるのであれば、まずは火か。開いた両手の間に青白い炎が上る。


ジリジリと迫る兵士たち。


投げつけようとした瞬間、「ブン」と音がして、全ての景色がゆらめいた。


背後から囁き声が聞こえる。


「気配を消して、動くでないぞ。」


「「!!!」」


口を押さえたおかげで、声を漏らさなかった。


アプレイウス師!


唇に人差し指を当てて、「静かに」のポーズをとっている。


アプレイウス師の口が動いて、微かな声がする。


「結界を張った。我々の姿は見えておらん。だが、消えたわけではないからの。見つかればおしまいじゃ。」


ゆっくり頭を戻して、帝国兵士達の方を見る。


「消えたぞ!」


「どこへ行った?」


「本当にいたのか?」


「いや、いただろう。俺は見たぞ!」


「俺もだ!」


兵士たちの輪が縮まる。近づいてきているが、結界のせいで、はっきり見極めがつかない。まるで水の中で目を開けているようだ。


兵士達がさらにこちらに近くなる。ヴァルが息を止めている。


もう駄目か、と思われた瞬間、一際高く、興奮した声がした。


「おい!砦からリンデン軍が出撃してきたぞ!」


帝国軍兵士たちが踵を返す。


砦の方角から、ドラムの音がする。ああ、あのハイピッチの音は、行進の合図だ。ネッドとヴァルが、混沌と無秩序な帝国軍に対し、リンデンは、秩序と規律で相手を威嚇すべきと訓練に取り組んだものだ。


揃った足並みで行進する姿が目に浮かぶ。


私達の存在を忘れ、ばらばらと帝国軍兵士が前進する。


注意が逸れたことに気がついた師が、囁いた。


「皆、固まれ。少しずつ離れるぞ。」


私は、ヴァルの腰に手を回す。アプレイウス師は私達の後ろにぴったりとくっついている。結界は私達三人を覆うだけの、ギリギリの大きさになっているようだ。


そろそろと、三人で後ずさる。


誰にもぶつからないよう、誰にも気づかれないよう。帝国兵士に取り囲まれているのでこれは至難の業だった。


漸く壊れた馬車の側まで辿り着く。誰もこの粗大ゴミに関心を示さない。わずかにある隙間、荷馬車の下に、三人で結界に包まれたまま転がり混んだ。ヴァルは私に覆い被さるように。


「師匠、一体?」


私が短く問うと、アプレイウス師が、小さな声で、


「ジェサイアの魂が解放されたのでな。」


と、答える。


「しばらく呆けておったが、エヴァの命が風前の灯火なのは感じ取れた。洞窟に駆けつけたら、案の定魔力が尽きかけておった。わしの魔力を分け与えておる時に、殿下の呼びかけが聞こえたのでな。イザドラに言われて、魔法陣を解いた。」


「イザドラとエヴァは?」


「洞窟から出て、詰所におる。エヴァが動けるようになるまで、少し時間が必要だろうから、わしだけが先に来たのさ。」


全てが紙一重で起きていたのか。


はああ。なんてことだ。


思い切り息をついて、顔を地面に伏せた。


「殿下。神の采配、勝利はリンデンと共にあるのです。」


ヴァルが興奮を隠しきれずに明るい声を出す。ヴァルの一声一声、いや、呼吸でさえ、全身を通じて感じとることができる。ヴァルの胸の高鳴りと熱が伝わってくる。


嬉しさのあまり、私の手がヴァルの頬に伸びた。


「気配を消せと言っとろうが。なんじゃその喜びの発信は。」


師が文句を言った。


ドラムの音が高くなる。


「うわっ!なんだあの数は!」


一斉に、リンデンの旗が靡いたのだろう。あの数の旗が上がると、兵士の数も倍に見える。整然と居並ぶ兵士たちの姿が目に浮かんだ。


焦った声から帝国兵士が浮き足立つ様子が伺い知れる。


ヴァルの瞳に歓喜の色が浮かんだ。ヴァルの瞳を覗き込む私の眼差しも同じようなものだろう。


ドラムの音が止むと、ドンという音がした。おそらく大型の盾を一斉に置き、その隙間から弓隊が矢を放つ手筈だ。城壁からは時を同じくして投石器が使われるだろう。ああ、目に浮かぶ。


興奮のあまりヴァルが私の首に抱きついた。


「やれやれ。」


今度はアプレイウス師が顔を伏せる。



崩れゆき、右往左往する帝国軍を三人で見送った。


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