19
私はゆっくりヴァルの横に立つ。忘れてもらっては困る。私達は遂に二人でたったのだから。
私の気配を感じて、ヴァルの唇から言葉が漏れた。
「殿下のために。」
私が返す。
「ヴァルのために。」
もう国のためでも、人権のためでも、名誉のためでもない。お互いのために生き抜いて、死するのだ。
両手に剣を構えたヴァルの横で、私も両手を伸ばす。これだけの人数を抑えるのであれば、まずは火か。開いた両手の間に青白い炎が上る。
ジリジリと迫る兵士たち。
投げつけようとした瞬間、「ブン」と音がして、全ての景色がゆらめいた。
背後から囁き声が聞こえる。
「気配を消して、動くでないぞ。」
「「!!!」」
口を押さえたおかげで、声を漏らさなかった。
アプレイウス師!
唇に人差し指を当てて、「静かに」のポーズをとっている。
アプレイウス師の口が動いて、微かな声がする。
「結界を張った。我々の姿は見えておらん。だが、消えたわけではないからの。見つかればおしまいじゃ。」
ゆっくり頭を戻して、帝国兵士達の方を見る。
「消えたぞ!」
「どこへ行った?」
「本当にいたのか?」
「いや、いただろう。俺は見たぞ!」
「俺もだ!」
兵士たちの輪が縮まる。近づいてきているが、結界のせいで、はっきり見極めがつかない。まるで水の中で目を開けているようだ。
兵士達がさらにこちらに近くなる。ヴァルが息を止めている。
もう駄目か、と思われた瞬間、一際高く、興奮した声がした。
「おい!砦からリンデン軍が出撃してきたぞ!」
帝国軍兵士たちが踵を返す。
砦の方角から、ドラムの音がする。ああ、あのハイピッチの音は、行進の合図だ。ネッドとヴァルが、混沌と無秩序な帝国軍に対し、リンデンは、秩序と規律で相手を威嚇すべきと訓練に取り組んだものだ。
揃った足並みで行進する姿が目に浮かぶ。
私達の存在を忘れ、ばらばらと帝国軍兵士が前進する。
注意が逸れたことに気がついた師が、囁いた。
「皆、固まれ。少しずつ離れるぞ。」
私は、ヴァルの腰に手を回す。アプレイウス師は私達の後ろにぴったりとくっついている。結界は私達三人を覆うだけの、ギリギリの大きさになっているようだ。
そろそろと、三人で後ずさる。
誰にもぶつからないよう、誰にも気づかれないよう。帝国兵士に取り囲まれているのでこれは至難の業だった。
漸く壊れた馬車の側まで辿り着く。誰もこの粗大ゴミに関心を示さない。わずかにある隙間、荷馬車の下に、三人で結界に包まれたまま転がり混んだ。ヴァルは私に覆い被さるように。
「師匠、一体?」
私が短く問うと、アプレイウス師が、小さな声で、
「ジェサイアの魂が解放されたのでな。」
と、答える。
「しばらく呆けておったが、エヴァの命が風前の灯火なのは感じ取れた。洞窟に駆けつけたら、案の定魔力が尽きかけておった。わしの魔力を分け与えておる時に、殿下の呼びかけが聞こえたのでな。イザドラに言われて、魔法陣を解いた。」
「イザドラとエヴァは?」
「洞窟から出て、詰所におる。エヴァが動けるようになるまで、少し時間が必要だろうから、わしだけが先に来たのさ。」
全てが紙一重で起きていたのか。
はああ。なんてことだ。
思い切り息をついて、顔を地面に伏せた。
「殿下。神の采配、勝利はリンデンと共にあるのです。」
ヴァルが興奮を隠しきれずに明るい声を出す。ヴァルの一声一声、いや、呼吸でさえ、全身を通じて感じとることができる。ヴァルの胸の高鳴りと熱が伝わってくる。
嬉しさのあまり、私の手がヴァルの頬に伸びた。
「気配を消せと言っとろうが。なんじゃその喜びの発信は。」
師が文句を言った。
ドラムの音が高くなる。
「うわっ!なんだあの数は!」
一斉に、リンデンの旗が靡いたのだろう。あの数の旗が上がると、兵士の数も倍に見える。整然と居並ぶ兵士たちの姿が目に浮かんだ。
焦った声から帝国兵士が浮き足立つ様子が伺い知れる。
ヴァルの瞳に歓喜の色が浮かんだ。ヴァルの瞳を覗き込む私の眼差しも同じようなものだろう。
ドラムの音が止むと、ドンという音がした。おそらく大型の盾を一斉に置き、その隙間から弓隊が矢を放つ手筈だ。城壁からは時を同じくして投石器が使われるだろう。ああ、目に浮かぶ。
興奮のあまりヴァルが私の首に抱きついた。
「やれやれ。」
今度はアプレイウス師が顔を伏せる。
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崩れゆき、右往左往する帝国軍を三人で見送った。




