17
漸く辿り着いた麓には、テオが馬車と待っていた。必死に馬車の調整をしていたのだろう、テオの額から汗が流れ落ちていた。その汗を油のついた手袋で拭いながら、
「イジーはどうしてます?」
と、聞いてきた。
「エヴァの面倒を見ている。岩の入り口を塞ぐように頼まれたから、やっておいた。上空の火口からしか入れんぞ。」
そう伝えると、テオは頷いた。心配だろうが、見に行くとは言わない。やるべきことは理解しているのだ。
「後で拾いにいくから大丈夫っす。早く馬車に積み込んじゃいましょう。」
人の乗るための馬車の屋根を取り去ったような作りだ。どうして荷馬車との印象が違うのかと思ったら、車輪の大きさが桁外れだった。荷馬車の枠を遥かに超える高さの車輪が4つついている。
「これは?」
と、聞くと、テオが
「神殿で使っている遠距離用の馬車の車輪を荷馬車にくっ付けたんです。安定は悪いけど、速度は出る。兎に角急いで卵を落として、逃げられるよう、それだけを考えたんっすよ。」
そう言いながら、2頭の神馬を馬車につける。
ヴァルの指導の元、兵士が押したりひいたりしながら馬車に卵を乗せた。卵を覆う網と綱を荷馬車にしっかり括り付ける。
「王都近くの神殿まで行って、馬車をとってきたんですけど、状況はよくないっすね。砦に龍が迫ってるって、噂になって、皆浮き足立ってました。逃げられる人たちは、皆、王都に逃げこみはじめてました。」
ヴァルと目を見交わす。
「分かった。兵士たちを詰所に閉じ込めたら、すぐに出かける。」
その言葉が終わらないうちに、兵士たちがヴァルを拝み始めた。
「逃げていいですか。黒龍が戻ってくるんでしょう?逃げちゃだめですか?」
ヴァルが頷くと、兵士たちは一目散に走り始める。洞窟に戻りさえしなければ、どうでもよい。あの怖がりようでは、洞窟に近づくことなど、夢にも思わないだろう。
私は早る気持ちを抑えきれず、馬車の御者台に飛び乗った。
「殿下、馬車には私とテオが乗ります。殿下はもう一頭の馬で砦へお向かいください。」
言うだろうと思った。だがヴァルは肝心な事を忘れている。
「私なしでは、卵が位置についたことをエヴァに知らせる術がないだろう。私は行くよ。」
盾となり守られるのではなく、ヴァルと共に戦う、最初で最後の機会かもしれない。いや、全ての最後となることはかなりの高確率だと思っていた。それでも私は行く。
「では、俺が馬車を。」
荷馬車に乗り込もうとするテオをヴァルが止めた。
「いや、テオ、君では戦えない。帝国兵士の露払いは私がやる。馬車に殿下と乗るのは私だ。」
この旅がどのように終わろうとも、私達はともにある。漸く私がヴァルと並び立つことができる、その喜びで、ヴァルの顔を一心に見つめたまま頷いた。
私の覚悟とは別に、ヴァルは生き残る方法をひたすら考えていることが伺い知れた。
「テオは砦に走ってくれ。テオなら敵に見つかることなく砦に入ることができるだろう。そして、ネッドに私達がやっていることを詳しく伝えてくれ。勝機を見失うなと。」
ヴァルは私を助けるために、軍を動かすつもりなのだろうか。
黒龍が卵に引き寄せられた時には、私達は敵陣の真っ只中だ。ネッドが私達を救うためには、打ってでなくてはならない。そうでなければ、砦に立てこもって残りの帝国軍を弓や投機で追い払うことになる。後者の方が作戦としては有効だろう。
「ヴァル、ネッドに情を引きずるような真似をさせるな。砦にとって最も有利な戦い方をさせるべきだ。」
私が静かに言うと、ヴァルは、私に確信の眼差しを投げてきた。
「ネッドなら勝利を優先する方法を取ります。私達のために国が危険になるような事態は招きません。心配はしておりません。」
私はヴァルに微笑みで返す。
「ヴァル、君と私だけの戦いだ。私と共にあれ!」
テオが馬を引いてきて、最初に出発する。
「御武運を!」
そう言い残して、風のように走り去った。
「行くぞ!」
私達は肩が触れ合うほど近づいたまま、御者台に立つ。お互いの腕の熱気を感じながら。




