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やばい。本気でやばい。引っかかるかも。アダルティが苦手な方、ごめんなさい。
カスティーヨに来るのも三夜目。日が短くなり、だんだん冷え込んで来るし、ウロウロするのも限界よねぇ、と思っていたら、暗い小路の奥から声がかかった。
「騎士様、遊んでいかないかい?」
何度か同じようなことは起きていたけれど、今夜の声のアクセントに聞き覚えがあった。
「あら、帝国出身?」
そう言った途端、舌打ちがした。
「チッ、冷やかしかい。他所いっておくれ!こちとら遊んでる暇ないんだからね。」
暗闇に慣れると、思いの外イキの良さそうな女の顔が見えた。路地に立っている女にしては、って意味で。息も絶え絶え、立っているのがやっとっていう娼婦だっていないわけじゃない。
おまけに一人だ。自衛のために複数で立っている女の子が多いなかで。ラッキー!
「そんなに無下にしないでよ。」
笑いかけると、女が一歩踏み出してくる。
「探しもんは男だろ?あいつらは外に立たないよ。店へお行き!」
その辺のことが分かるということは、新米でもないってことよね。
「男探してるってわけでもないのよね。」
そう言うと、私は女を囲い込むように壁に手をついた。女の耳に顔を寄せ、
「探し物は情報よ。」
女は顔を顰める。
「ここじゃ見つからないよ。無駄話してると後で元締めに殴られるんだからね、さっさとどいてよ。」
トラブルを避けて、女も囁くように喋る。どっかの窓から元締めがのぞいているんだろう。
「嫌わないでよ。金にならないとは限らないでしょ?」
私は女の露出した胸の谷間に銀貨を滑り込ませた。
『冷た!!ちょっと!これっぽっち!?』
咄嗟に帝国語がでてる。
『やっぱり帝国?流れてキタノ?』
習い覚えたカタコトの帝国語で話しかけてみる。
「どうでもいいじゃないの、そんなこと。アンタはなんで帝国語喋れんのよ。」
「北の砦にいるからよ。」
砦の名前を上げたとたん、女の顔が歪んだ。
「あんたもあの難民キャンプにいたことあるの?」
返事はない。だけどこの反応はそうだろう。
「よくまあ、王都までたどりつけたわね。その根性は買うわ。とはいえ、この生活は本意じゃないでしょ?」
吐き出すように女が、
「ただでやられるより、金がもらえるだけましよ。」
と、言った。ああ、これは。
「ハリソン司教のことを言ってるのなら、奴は処刑されたわよ。北の生活はかなり向上してる。難民たちも、テントから脱出して、生活の目処が立ち始めてる。」
女の目が見開いた。
「しゃがみなさい。私の股間の前に頭がくるように!」
これ以上の無駄話は、元締めに疑われる。
女は言われた通り股間の前に顔を寄せ、私のズボンのボタンを外し始めた。
「フリだけでいいわよ。そこまでリアルにしなくても。」
この際だ、金がなくてこの辺で処理する最低野郎に成り済まそう。女がクスクス笑う。
「あたしで立つの?」
「無理。で、聞きたいことあるんだけど。」
女は顔を上げずに答えた。
「何?」
「ちょっと太めの一途な赤毛の貴族の女の子が、旦那を探してこの通りに乗り込んでこなかった?」
客で来るモーガンはこのカスティーヨでは目立たないだろうけれど、ミュリエルは違う。ミュリエルを中心に探した方がいい、というのは、ネッドの提案。
女の肩がビクッと動いた。しばらく返事はない。
女の頭がリズミカルに上下に動き出した。震える声で答える。
「その質問はやばい。答えてそのままこの通りにいられるとは思えない。」
機転が効くことといい、2ヶ国語を流暢に操ることといい、かなり教養のある子なんだろう。耳と目をしっかり開いているのに、口はきっちり閉じて生き残ってきたのは想像がつく。
「あんたに犠牲を強いるつもりはないわ。でもこの生活を続けたいわけでもなさそうよね。だったら隙を見て私の家に逃げ込みなさい。」
そのまま、自宅の住所を伝える。
「無事に逃げ切れたら、あんたの見てきたことを教えて。その代わりその後の生活の面倒は見る。王都から出れば安心でしょ?うちには、イザドラっていうのがいるから、相談して。ずっと難民の面倒みてるから、安全なところで生活が成り立つようにしてもらえる。」
返事はない。
全身から力が抜ける振りをした。溜まってたから早かったことにしてもらおう。
手をとって、女をたたせる。その手にあらためて、金貨を忍ばせた。
「ここにい続けれは、あんたはただの消耗品よ。いずれは体を壊して捨てられる。賭ける価値はあると思うけど?」
女は口を拭うフリをしながら、口に金貨を含む。いざとなったら飲み込むのだろう。
私はズボンを直すフリをしながら路地を後にした。




