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勇者様と言うなかれ  作者: 大島周防
愛の狩人編
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4

ストラウス家を再び訪れたが、生憎妹ちゃんはお出かけだった。殿下に呼び出されて、王宮に戻ったという。殿下は砦の動きがあまりにも活発すぎて、貴族院から懸念の声が上がっているのを、うまく調整するために王宮を訪れている。


貴族院は北部で軍部の力が一方的に増していると文句をいっているので、補強はあくまでも王室と貴族を助け、リンデン帝国の脅威からカークランドを守るためであることを納得させるつもりらしい。殿下が自ら砦と城下町(建築予定)の主として常駐することを陛下に認めさせると意気込んでいた。いや、なんのかんの言って、ヴァルのそばに自分をねじ込んでるだろ、それ。


14歳となり、体つきもしっかりしてきた上、吃音もほとんど出なくなった殿下に、貴族のお嬢さん方の食指が伸びているらしいけど、まあ、ねぇ。初めての恋を凌駕するほどのお嬢さんがいるとは思えない。


考えごとをしていたら、ストラウス家の家令が、奥から戻ってきて、


「よろしければ、お食事をご一緒に、と、坊っちゃまが申しておりますが。むろん、お嬢様の離乳食もご用意させていただきます。」


と、伝えて来た。いや、私の子じゃないんだけど。とはいえ、手をしゃぶっているところを見ると、そろそろ夕食の時間なんだろう。手間をかけずにわかりやすい子だわ。


「その前に、オムツのお取り替えをいたしますが。」


女性の使用人が、そう申し出てくれた。これよ、これ。うちじゃあ、これがないのよ。赤ん坊をベリッと剥がすと、使用人に預ける。


「ダイニングに案内してくれるかしら。」


家令が少し眉を上げて、


「坊っちゃまは自室でお食事をとられます。そちらでご一緒するということでも・・・」


「問題ないわ。」


そう答えると、家令に先導されて、坊っちゃまの部屋へ向かった。ヴァルが切れ者と呼ぶ子に興味あるのよねぇ。



ドアをノックしながら、家令が、


「セス・アスター様がお見えです。」


と声を掛ける。


「どうぞ。」


と、返事があった。病弱だと聞いていたけれど、案外しっかりした声だ。


部屋に入ると声の主をしっかり見つめた。


これはこれは。


妹ちゃんによく似た薄い青い瞳。細めると銀にも見える。麦の穂を思わせる金髪も妹ちゃんと同じ。ただ全体に妹ちゃんより線が細いというか、華奢なのは確か。妹ちゃんが生命力に溢れている分、弟君は、「触れなば落ちん」という雰囲気がある。


長椅子に深く腰掛け、足元にはふかふかの毛布がかかっている。秋とはいえ、私が歩き回って、うっすら汗をかくぐらい暖かいというのに。


「座ったままお迎えすることをお許しください、アスター様。左足が不自由なので、立ち上がるのに少々手間取るのです。」


「セスでお願い。」


家族から絶縁されて以来、家名にはあまり意味がない。


「では、私もネッドと。」


ネッドの姿をよく見る。投げ出された左手には力が入っていないようだ。左半身が不自由なのだろう。私はネッドの向かいに腰掛けた。


「砦に行くことを希望してるって聞いたけど、あまり便利なところではないわよ?これからどんどん寒くなるし。平気なの?」


城壁の細い階段を思い出しながら話しをする。何事も率直にが、私のモットー。


「ええ、幼い頃の発作で、左半身が不自由になりましたが、長い治療と訓練を経ても、良くも悪くもなりません。一緒に行くフリスには迷惑をかけてしまいますが、どこへいっても同じ状態なら、帝国をこの目で見ながら倒す場所にいたいと思っています。」


青年らしい性急さなのかしら。


「お父上の敵討ち?」


「いや、必然です。7年前の我が国との戦いでも勝てず、西国との戦争では勝利宣言はしたものの、思うような成果はあげられなかった。雀の涙の賠償金と辺境の痩せた土地をもぎ取っただけだ。圧倒的勝利ではなかったため、面子を保つだけの戦利品しか得ていないことはセス様もご存知でしょう。疲弊し、不満の溜まっている帝国には、内戦を起こされるか、外敵を作って戦争をしかけるしかありません。」


「なぜ西国ではなく、リンデンに仕掛けて来るのかしら?」


「これだけ帝国から難民が雪崩れ込んでいるのです。それを理由に宣戦布告がしやすいでしょう。何より、彼らより南に位置する我が国の方が、勝利した際、得る物が大きいですからね。」


納得する理論だ。またあの精神を削られる戦いを繰り返さなければならないのかしら。


「時間の問題ってことね。前回の戦いの傷も癒えていないというのに。」


イザドラの仕事が増えそうだ。


ノックの音と、赤ん坊のむずがる声が聞こえた。


「お食事をお持ちいたしました。」


びぇー!侍女の胸に両腕を突っ張って暴れる赤ん坊と、食事を乗せたワゴンが、家令に押されて入ってくる。


「ミーガン!」


私はため息と共に赤ん坊に腕を伸ばした。


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