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勇者様と言うなかれ  作者: 大島周防
聖女様編
37/91

16

家具らしいものがなにもない執務室だ。がらんとした部屋に大きめのテーブルと椅子だけだ。ヴァルは、テーブルを挟んで向かい合わせになった椅子の一つに座っており、もう一つには、ちょこんと殿下がいた。二人とも似たような書類を眉間にシワを寄せながら読んでいる。殿下はまだ大丈夫だろうけど、ヴァル、あんたのシワは下手をすると永久ものよ。


アガサがノートを手渡しながら報告する。


「現在のところ確認できた難民の数は、428名。名前と年齢はこちらです。こちらの用紙にあるのは、テントの数と位置関係、それぞれの番号を示した地図です。明日の食事の配給の際、それぞれの難民がどのテントの住人であるかを調査する予定です。」


「了解した。難民としっかり顔馴染みになってもらうため、調査員は、一週間交代とする。明日も君たちでやってくれ。」


キャシーが小さくガッツポーズをしている。


ヴァルが難民の名簿をパラパラとめくりながら、


「壮年期の男性の名前が見当たらないな。」


と、聞いてきた。私が答える。


「長老にあたる人物に問い合わせたところ、動ける男性は水汲みに行かされたり、テントからでてこないよう指示されてたらしいわ。万が一砦の兵士と問題を起こさないよう、向こうも気遣ってるってとこかな。とはいえ、これからのことを考えると、彼らとの接触と調査は外せないから、頑張ってみるわ。」


ヴァルが頷く。


「じゃあ、明日の難民用食料の調理は、朝の食事が終わった9時からとする・・・」


私がヴァルの言葉を遮る。


「それなんだけど、難民、特に、難民女性たちに、自らの食事の準備を手伝わせるわけにはいかないかな。難民側も心構えがあるだろうから、すぐにとりかかれるとは思わないけど、周りを女性兵士が中心となって守っていくということにすれば、来てくれる人もいるんじゃないかと思うよ。難民の砦への出入りが増えれば、兵士の方も徐々に難民に慣れてくれるだろうし。」


ヴァルが少し考え込む。


「その上で、安全を確かめながら、難民達を掃除、洗濯、調理などの労働力として使っていくのはどう?そうすれば、彼らが砦の中に住むことも容易になるでしょ?」


女性騎士達の顔が輝き始めている。


「そうだな。砦を出て、街に兵士たちを送り込み、交流をはかりたいんだが、現時点では兵士たちも訓練と日常の内務が忙しくて、当初の計画である一般市民の教育まで行かないのが現状だ。内務を難民に負担してもらえるのであれば、どちらにも利があると言えるな。」


殿下が最終決定を下す。


「私からオスロフ隊長に説明しておくよ。まずは、自分たちの食料を調理するための難民女性を10人ぐらい砦に入れるってことでいいかな?」


アガサ、ベアトリス、キャシー、三人が三人ともガッツボーズをしていた。



毎日の食料配給はうまく行っている。自分たちの食事を自分たちで作るというアイディアは徐々に受け入れられつつある。最初はおっかなびっくり、そして悲壮な覚悟をして私についてきた難民女性達も、作業を女性騎士たちが見守ってくれるということを理解してか、だいぶ落ち着いてきた。定期的に食事があるということが、難民達の気力を蘇らせたのだろう、川までいって、洗濯を行う人たちも増えたようだ。以前よりもややマシな格好になっている。


物乞いに行っていた子供達も戻ってきて、母親を探して砦に出入りするようになった。(城門の兵士は、セスの指示で、子供達に限り出入りを見逃している。)砦内の仕事を受けてくれるまで、あまり時間はかからないように思えた。


問題は、元兵士たちだ。なかなか顔を見せない。食事を持っていっても拒否された。手強い。


仕方ない。長老の同行を頼み、無理矢理押しかけることにした。


えーい、私の慈悲を受け取れー!


元兵士がいると言われているテントの前に立つ。


『クリストフ、入るよ。』


長老が声を掛け、テントの入り口でもある毛布を捲る。毛布をあげたままにして、光が入るようにした。


奥に横たわる男が見える。


『今日は調子はど・・・』


長老の言葉が止まった。目を凝らす。クリストフの首からは真っ赤な鮮血が地面に流れ落ちている。


みた途端、後ろに飛び退る。テントを走り出て、叫んだ。


「メディック!メディック!怪我人よ。救急箱を持ってきて!」


今日の当番の女性騎士が砦の中に走り去るのが見えたのを確認して、テントの中に戻った。


長老がすでにクリストフの首元に布を当て、強く押さえつけている。


『クリストフ、クリストフ。』


長老が呼びかけるが返事はない。長老の横に、スプーンが転がっている。拾って光にあてながら矯めつ眇めつすると、柄の部分が削られて、鋭くなっていた。ご飯を食べるもので死なないでほしい。


テントの外に出ると、数分後に、数名の医療班が医療品とともに走ってくるのが見えたので、こちらのテントに誘導する。


医療班でいっぱいになったテントから、長老も出てきた。


『傷はそこまで深くないような気がします。ひょっとしたら助かるかもしれん。』


ちょっと首を傾げて、


『思いの外落ち着いていらっしゃいますね。』


と言うと、長老がため息をついた。


『始めてでもなければ、最後でもありませんからな。戦争から戻ってきた者が、自傷行為をするのは、何度もみてきました。成功した者もいれば、失敗した者もおります。』


そっか、戦争神経症か。


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