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密かに城門まで急足でやってきたら、ヴァルと殿下がすでに待っていた。暗闇の中、大きな影と小さな影が並んでいる。なんのかんの言いながら、ヴァルは殿下に強く出れた試しがない。
ため息をつきながら、私は小石を探した。セスの待っている塔の窓に石を投げ込んで、こっちの用意ができたことを知らせるつもりだった。でもいち早く殿下が、呪文を呟きながら、手のひらの上で炎の小さな球を作った。それを小窓に向かって投げるように誘導する。
ありゃ、殿下結構便利じゃん。
音もなく城門が開き始めた。セスったら油でもさしたのかね。
少し開いたところで、ヴァルを先頭に隙間に体をねじ込んで、外へ出た。
どのテントからも物音一つせず、ただひたすらに暗闇が続いている。灯りを使おうとした殿下をヴァルが止める。
「標的になりますから、光は使わないでください。」
その通り。暗闇に目がなれた私は、目的にテントに向かい、滑り込んだ。なんも見えん。いるのか?
『一人でくるっていったじゃないか!』
隅っこの方から声がした。見てたのか。
『悪い。私の身の安全を守るためって、ついてこられたのよ。女二人に子供だから許して。』
『女?!』
隅っこの方で何かが動いた。
『ああ見えてもね、女だよ。喋ればわかるんじゃないかな。呼んでいい?』
『駄目だっていっても押しかけてくるんだろ?』
その通り。なかなか生意気な奴だ。
『まあ、そう言わんと。あんた達と話を聞いてるところを、なるべく見られたくないんだよ。』
そう言って私はテントから顔を突き出して二人を手招きした。
殿下とヴァルが入ってくる。
「うわっ。」
匂いに圧倒された殿下には、鼻で息をせずに、口で息をするように教える。その上で、ヴァルに、
「帝国語できる?ちょっと喋ってみてくれる?」
と、頼んだ。ヴァルは、眉をしかめて、
「聞き取りはそこそこできるが、話す方は、あまりな。使う機会があまりないから・・・」
と、躊躇っていたが、咳払いののち、ようやく帝国語で話始めた。
『これはりんごですか?いいえ、これはペンです。』
殿下と私が吹き出した声に、別の少年の笑い声が混じった。
『なんだよ、それ。』
ヴァルが頭を掻いた。
『帝国語教本の一番最初のフレーズなんだ。咄嗟に思い浮かべたのがこれだったんだ。』
ヴァルは謙遜した割には、結構流暢に帝国語を操っている。
『殿下は?』
と問いかけると、殿下は、リンデン語で、
「話せないけど、言ってることはわかる。」
と、返事をした。帝国語を話すことを強制して、吃音が酷くなっては困るし、この際、話せなくても構わない。むしろ通訳しなくても話の内容がわかるのは有難い。
『俺もお貰いのための言葉しか話せないけど、言ってることは分かるよ。』
隅っこから出てきた少年が声を出した。よし、これでようやく要件に取り掛かれる。
『妹は?』
『母さん達と一緒に他のテントにいる。』
用心深いな、良いことだ。
『で、何が聞きたいんだ?』
聞きたいことは山ほどある。
『なんで配給を拒否してるんだ?』
まずはこれからだ。返事はない。
『こっちの神様なんて信じてるフリしてりゃあいいじゃん。騙して食料もらったからって、そっちの神様もバチを当たえたりはしないでしょ?とにかく配給はもらいなさいよ・・・』
いきなり少年に遮られた。
『配給が欲しくないわけじゃない!そっちの神様を信心するのだって、食料のためならやるよ!だけど・・・取りに行かなきゃならないんだぞ・・・』
やっぱりか。
『ハリソンの部屋に取りに行かなきゃならないの?』
少年が頷く。
『女の人に取りに来るようにって言われてる?』
ハッとして、ヴァルが殿下を見るが、殿下は少年の顔から目を逸らさない。皆が知らなきゃいけないことだ。国の上に立つ王家の一人である殿下は特に。
しばらくの沈黙の後、少年が再び頷く。
『母さんが取りに行かないと、食料はもらえない。母さんだけじゃない。若い女じゃないと駄目なんだ。誰が取りに行くか、司祭が指定するんだ・・・俺たちは砦に入れないから、司祭と一緒に・・・』
で、その女性達は、ハリソンの部屋に連れていかれるってことか。
『その先はわかるから言わなくていい。じゃあ、こちらが司祭抜きで配給を行うとしたら受け取るつもりはあるんだね?』
少年は熱心に頷いた。
『よし、私が神殿の代表として動けるようにする。その上で、公平に、条件なしに配給を行えるように・・・』
少年に遮られた。
『急いで!冬が来たら、母さんたちは持たないよ。死んじゃうよ!』
確かに。あと2ヶ月もしたら初雪が降るだろう。その前に住居をなんとかしないと。
『あったかいところに入れてくれよ!だめなら、みんなで街に行く!』
ヴァルが冷静に聞いた。
『街で暖が取れるアテがあるのか?』
唇を噛んで黙ったところを見ると、ないんだろうな。
『このままじゃあ、みんな死んじまう。それぐらいなら街にいこうって、長老たちはそう言ってる。』
ヴァルが説得する。
『わかるよ。でもね、全員で街に押しかけたら、街の人たちも自分たちを守るために君たちを押し返すだろう。砦でどうにかできないか、こちらも精一杯の努力をする。』
『入れてくれないじゃないか!』
声が震えるところを見ると、泣いているんだろうな。
『騎士が死亡した事件以来、お互いに不信感があるのはわかるだろう?ちょっとだけ時間が欲しいんだ。』
ヴァルが優しい声で、事件を遠回しに表現している。
『俺たちじゃない!俺たちは騎士を殺したりしてない!ジェイクおじさんは、戦争から帰ってきて変になっちゃったけど、うるさくしなけりゃ、何もしない!おじさん女の人なんて襲わない!』
私が疑問をぶつける。
『ジェイクおじさんって、キャンプの女の人に手をだしたことある?正直に言って。』
ジェイクおじさんとやらは、すでに処刑されている。今更だと思うだろうが。
『おじさんは、一日中ブツブツ言ったり、喚いたりしてたけど、誰も襲わなかった。大きな音が大嫌いで、音がすると叫びながらうずくまるんだけど、それだけさ。戦争から帰ってきたおじさん達はみんな似たり寄ったりだよ。』
そうか、やっぱり。元気いっぱいの女性騎士を襲うぐらいなら、キャンプの無力な女性を狙うだろう。そうじゃなかったということは・・・冤罪の可能性がどんどん高くなるな。
『おじさんみたいな帰還兵はどのくらいいる?』
私が問うと、少年が、
『あんま居ない。俺の父ちゃんもそうだけど、みんな死んじまった。生き延びてキャンプにいるのは20人ぐらい。』
じゃあ、まず、その20人が、無害であることを証明しなきゃいかんな。




