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ということで、私は司祭の泊まっているという部屋を訪れた。
「聖女イジー!ご助力を大変感謝いたします!」
満面に笑顔を浮かべたハリソンが両手を胸に当てたかと思うと大袈裟に腰を折った。男性にしては小柄だが、肉が詰まったような頑丈そうな体をしてる。どこにもありそうな茶色の髪と薄茶色の髪。特徴のない男だ。だけどこいつのせいで、私はここまで出張らなきゃならなかった。ケッ、能無しめ。
土壁だけで窓もない質素な部屋だが、仮住まいなら仕方がないのかもしれない。もともと城壁に沿って作られた部屋が多くて、窓のある部屋は贅沢だ。中庭に面した窓有りの部屋のほとんどは、幹部の部屋か、食堂のような皆が集まる場所として使われている。見える範囲には質素な机と椅子しか家具はないが、衝立の向こうにはベッドとドレッサーぐらいはあるのだろう。
この部屋のすえたような匂いは、窓がないせいなのだろうか。路地裏の腐った水溜りのような匂いだ。ちょっとなつかしい。鼻がヒクヒクするのを一応我慢した。どうせ私の部屋だって似たようなものなんだろう。
唯一ある椅子に座るように勧められたけど、遠慮した。見下ろされるのはごめんだ。
「難民は、どのくらいの数がいるの?」
「最後に数えた時は、四百人を少し超えるぐらいでした。」
「最後って、いつ?」
「春先です。」
「半年以上前じゃない!」
私の口調に非難が混じったのに気がついたのだろう。ハリソンの口調がいいわけじみてきた。
「正確な人数は、先年の冬を越してからでないと測れなかったので。夏の間に流れてきた難民も多くいますし、来たる冬ののちにまた数が代わります。来年の春にまたは数え直す予定ですよ。」
あきれた。
「えー、そんなんでどうやって食料とか医薬品とか分けてんの?」
ハリソンの顔がちょっと赤らんだ。恥の感覚あるの?
「改宗に同意した者だけに・・・」
「いや、何を信じようと関係あんの?!この非常時に。」
「ですが、闇雲に助けるわけにもいきません。神殿の意向も汲まないと。それに全てを長期に助けるだけの救援物資もないですし。」
「救援物資ってどこにあるの?」
「砦の食糧倉庫に保管していただいております。私の神殿では盗まれる心配がありますが、砦であれば、きちんと守ることができますから。」
「じゃあ、まず、それ見せて。」
もういい加減、この部屋にも匂いにもうんざりだ。現場だ、現場。
「わかりました。ご案内いたします。」
と、言われて連れてこられた食糧庫には、山と積まれた乾パンの箱があった。乾パンはまあ、お腹にいれるとめちゃくちゃ膨らむから非常食としてはいいけど・・・うーん。
「乾パンでも、彼らにとってはご馳走ですよ。」
私の困惑を感じ取って、ハリソンが早々に自己正当化を始めた。
「まあ、いいわ。じゃあ、次はキャンプに行って、難民と話をするわ。」
飢えた時には乾パンだって有難い。それを断ってまで信じたい神様ってどんなのよ。
「いや、それは。女性騎士のことお聞きになりましたか?大変危険ですよ!」
「この真っ昼間から、騎士達のいる鼻の先で襲われるってぇの?つまんない言い逃れしてないで、さっさと連れてって!」
それでもまだ躊躇ってるから、さっさと一人で歩き始めた。場所はわかってるんだよ。アホか。
ちょろちょろついてくるハリソンと、城門に辿り着いた。歩くと結構あるわ。
「開けてー!キャンプ見に行くから!」
側防塔に向かって叫ぶ。
ギー!
開ききらない扉の隙間からさっさと飛び出した。慌ててハリソンが付いてくる。ついてくるってことは、そんなに危ないって思ってないだろ。
前回子供が飛び出してきたあたりのテントに向かう。あれぐらいの年齢なら、親も一緒にいるだろうから、留守ってことはないはずだ。
毛布を押し開いたとたん、嗅ぎ慣れた匂いが10倍ぐらいの強さで直撃した。
部屋と同じ匂い?
ちょっとむせた。
テントの奥に人影があったけど、目が暗がりに慣れないうちに、いきなりその人影はテントの裏から飛び出していってしまった。懐に抱いた塊はきっと子供だろう。
チッ。話もろくに出来やしない。
自慢じゃないが、見た目は金髪ブルーアイの聖女様だ、いきなり怖がられることはあんまりないんだけど。
目が慣れると、テントの中にはボロ切れの山(寝床?)となにやら得体の知れない箱が2、3あることに気がついた。それだけだ。
テントの持ち主と話ができないのなら、人様のお家だ、長居は無用だろう。
テントから後ろ向きに下がると、ハリソンに、
「他に話のできそうな人はいる?」
と、問いかけた。
その瞬間、
バシュッ!
私の服に泥の塊が飛んできた。




