19
「ご無事でしたか!」
私は嬉しさのあまり、現在置かれている状況を忘れてアプレイウス師に声を掛けた。
アプレイウス師といえば、まだ、ヒーヒー言いながら笑い転げている老婆を優しい眼差して眺めている。
「ちょっと!どういうことよ!」
セスはその矢をアプレイウス師に向けた。この男は弓を引くのを躊躇わないだろう。根っからの戦士なのだ。だが、アプレイウス師は落ち着いて老婆に話しかける。
「エヴァ、いい加減笑うのをやめて、後始末をちゃんとしなさい。そもそもこんなに早くに地龍が出張るはずではなかったろう?一体どうしたんだ?」
ようやく涙を拭きながら、半身を起こした老婆が、ふわっと手を振った。
その瞬間、ツタがズルズルと後退っていった。木の幹からイザドラが現れる。
「地龍は?」
イザドラが問うと、セスが、
「いや、このババアがどうやら地龍の正体みたいよ。」
と、小声で答えた。
へえ、という顔でイザドラが、老婆に向かって尋ねる。
「西の森の魔女?」
老婆が、ババア発言のセスをにらみながら、
「エヴァンジェリンという名前がある。西の森の魔女とも呼ばれているようだがな。」
と、答えた。老いてはいても、なかなか姿形の良い美魔女ではある。キリッとした顔立ち、鋭い眼光を放つサファイアブルーの瞳、そして白髪というよりは、銀に近い輝きの長い髪の持ち主だ。
殿下が老婆の喉元にある傷を気にしている。
「そ、それ、痛くない?」
老婆が、にっこりと笑いながら、傷を触ると、光とともに傷が消え去った。
「大丈夫。気にするでない。」
殿下のことを思いやれるところを見ると、全く人間らしいところがないとは言えないのではないだろうか。
「テオは?」
なんだかすっかり戦う気が失せたのか、イザドラが辺りを見回しながら、テオを探している。
「います!」
テオが藪の後ろから手をあげた。
「アンタなんで裸なの?」
イザドラが訝しげに聞いたので、我々もようやくテオが裸なのに気がついた。
テオが、
「いや、ツタから逃れようと服を抜いで隙間作ってたんすよ。」
と、返事をする。イザドラは、
「んな、ばかな。」
と言いながらも、テオが捕らえられた木の側に落ちていた服を拾って、テオに放り投げた。テオは藪の裏であたふたしながら服を着ている。
セスが、もう一度、アプレイウス師に聞いた。
「だから、これ、どういうことよ!」
それに答えたのは、老婆だった。
「アリがようやく引退して一緒に暮らせるようになったって言うから。最後のお勤めとして、殿下の教育を助けてほしいということで、手伝ったのよ。ファウヌス、グール、セイレーン、ミノタウルス・・・適度な危険度だったでしょう?」
ふふん、という声が聞こえそうだ。
「出来レースだったの?!」
イザドラが文句を言う。アプレイウス師が、
「いや、もう少し苦労するはずだったんだが、イザドラの知識が思いの外的確だったのでな、ちょっと簡単すぎたかな。」
と、顔をしかめた。そして、西の森の魔女改め、エヴァに向かってまた問いかけた。
「地龍の出現はもう少しあとのはずだったろう?」
エヴァがため息をつく。
「いつまで待たせるのよ。もういいじゃない。殿下の魔力は暴走するほどではないし、吃音は魔物をけしかけて治すもんでもないでしょう?まあ、でもあの口ドラムにはまいったけど。未だ笑いが出てくるわ。」
ニヤニヤしながら、私の方に向かって手を振る。
「あとは、彼女に任せなさいよ。」
そしてまたアプレイウス師に向かって言う。
「いつまで遊んでるのよ。新婚なのよ!」
殿下が小声で
「うわぁ。」
という。子供には年寄りの恋愛は理解しにくいのかもしれない。
「ええ!現役だったの?やだ、そっち狙えば良かった!」
ほざいたのはイザドラだ。エヴァの実力を目の当たりにして、よく言えたもんだ、命知らずめ。




