23話 バッドエンドじゃないと見れないものがある
さてさて神気を操るという悪魔がどの程度のものかと来てみたが、今のところは他の上級の悪魔と変わらんのう。
正面からとはいえ、ワシの最初の一撃を避ける反応の早さはなかなかのものじゃがそれだけじゃ。
次のワシの動きを予想したりカウンターを入れようという先の考えがついてきておらん。戦い慣れておらん証じゃ。
大概の悪魔は自身の力に過信し、自分より弱い者としかまともに戦ったことがないやつばかり。格上や同格の者との戦いが足りておらん。このデシなんとかも例には漏れぬ。
このまま倒してしまってもつまらぬし、少し様子を見てみるかのう。
これならルリータ嬢ちゃんをワシが相手した方がまだ良かったかもしれん。
そう考えてもう一方の結界側の様子を覗ってみた。
カーイルが他の団員と陣形を組んで、嬢ちゃんから距離をとりつつ壁へ攻撃させないように誘導しながら交戦しているようじゃった。
どうやらあちらの説得は失敗したようじゃな。
エクなんとかの計画では嬢ちゃんの説得が上手くいった場合は、仕切りの結界を外してこちらへ応援に来る手筈じゃった。まあ、ワシはそんな必要はなかったからどちらでもいい話じゃな。
あちらが疲弊して嬢ちゃんが結界を破ってこちらに来た方が楽しい戦いができそうじゃが、あとでいろんなところから怒られそうじゃし、適当にあちらの限界が来る前にはこっちも決着をつけないといかんのう。
デシなんとかが両手を前に構えてそこに神気の膜を張っておる様子じゃ。
「それでワシの攻撃を受けきれる気でおるのか? 舐められたものじゃ」
「試してみないと分からないだろう?」
「きついお仕置きが必要かのう」
ワシは正面からではなく右回りに走って攻撃を仕掛ける。
基本的に同じ手を繰り返すのは愚策じゃ。いくらワシが有利という状況でも警戒は必ずする。
今度は手刀に神気を込める形で刃とし、神気の膜を切り裂くイメージを整える。
正拳突きや蹴りでも並の神気であれば貫けるが念のためじゃ。
ワシの持つ勇気の天使が持つ特殊能力は千罪一偶。
その放つ神気は僅かでも一度触れれば魔力を侵食し魔核ごと完全に浄化する。それは七凶悪魔が相手でも有効であることは嫉妬の悪魔で確認済みじゃ。
相手の神気の膜を力で破り悪魔本体の魔力にワシの力を触れさせる。ただそれだけでいいのじゃ。相手が切り離すことのできない部分にダメージを与えて、侵食が魔核へと達すれば勝負はつく。
デシなんとかへと接近して手刀を叩き込む。
ワシの一撃はやつが張った薄い神気の膜を引き裂いたかに見えた。
いや、実際に引き裂いてはいたのじゃ。ただその膜が神気と魔力の多層構造になっていて、切り裂いたのはそのうちの数枚じゃが。
神気と魔力を交互に複数の膜を張ることで、ワシの神気の攻撃を段階的に分散させて一瞬で破られることを防いだのか?!
そしてそれだけではない。膜はワシの攻撃した右手を包み込んで捉えた。この性質は今張っているエクなんとかの結界の物真似か!
「だが、こんなもの一瞬しか効果はないぞ!」
そしてワシが左手にさらに強力な神気を込めてそれを振り払おうとしたときじゃった。
「一瞬でも止められればそれでいいんだよ」
ワシの周囲の地面が何カ所も盛り上がり、そこからワシに向けて螺子のように渦を巻く尖った槍がいくつも飛び出してきた。
こやつが構えてワシの攻撃を待っていたのは、地面に体の一部を同化させて潜ませておったからか! 地表をも薄く神気で覆っていれば、魔力を潜ませていてもにワシには気づきようがない。両手で構えた神気は囮じゃったか。
槍がワシに向けて殺到する。
心臓の位置にある神核を避けての攻撃ではあったが、そんなものが突き刺さればワシは確実に大怪我を負い、しばらくは身動きがとれなくなるじゃろう。
「だが残念ながらそんな攻撃じゃ通じんのじゃ」
「なん……だと……!?」
魔力の槍はワシに触れたところから消滅していきおる。
ワシの体にももちろん神気がある。それはワシの能力の例外ではない。
「悪魔や魔力ではワシに触れることすら叶わんのじゃ。それがワシの特殊能力『千罪一偶』。触れることは悪魔にとって死を意味するのじゃ」
「くそっ! どっちが化け物だよ!」
デシなんとかは同化した地面を体から切り離してその場から離れようとしよる。
「だがもう遅い」
ワシはやつへと手を伸ばしその胸ぐらを掴んだ。
侵食する神気がやつの魔核があるだろう付近へと触れて浄化を開始した。
終わりじゃ。
やつは藻掻きながら神気のついた部分を削り取ろうとしたが、その触れた手が神気で浄化されてまともに使えなくなりそれも失敗じゃった。
そして抵抗も虚しくその体は縮小してただの狼の死体だけがその場に残り、魔力は風に流れるように浄化されて塵ひとつなくなった。
「終わってみると呆気ないものじゃな」
ワシはエクなんとかにこちらが終わったことを伝えるべくその場をあとにした。
☆★☆
「もう限界が近いな」
俺はもしものときのために地中から体を伸ばして離れた場所にメキメキを移動させていた。
神気を細かく操るには俺の本体である魔核から大きく離れるわけにはいかない。だからグランクスの前にいて戦っている方が俺の本体だ。
地中に伸ばして今形作っているオオカミの顔はあくまで分身のものだ。ろくろっ首のオオカミ版みたいな感じになってる。
俺は分身の中からそっとメキメキを外に出す。地中にも結界はあってここも結界の中ではあるが、戦場とは離れているので運が良ければメキメキ程度の魔力なら見逃されるかもしれない。
「どうやら本体がやられたらしい。俺ももうすぐ消える。安心してくれ、お前の中の爆弾は解除しておいた。俺が死んでもお前は生きていけるはずだ」
「どうして……!」
俺の分身の頭は力を失い始めて、地面に転がった状態になる。
「こうなったのはルリを連れ出した俺のせいだし、お前に責任はないからな」
「そういうことじゃないのさ! それに爆弾とかそういうのはこの際どうでも良いのさ! あたしはあんたが消えることが気に入らないわけ! もうちょっと頑張りなよ!」
「まったく無茶言いやがる」
俺はそれ以上声が出せないし、メキメキの声も遠くなっていく。
俺の頭にすがりついて揺さぶりながらメキメキが泣いている。
メキメキの泣き顔なんて初めて見たな。
お前は意外と良い悪魔なのかもな。
死ぬときに泣いてくれる誰かがいるだけでも俺は幸せだったのかな?
そこで俺の意識は暗転してしまった。




