22話 負け戦ってやたら理不尽
俺とルリとメキメキで移動を開始してから、三日は経っていた。
森を越え、山を越え、崖を超え、厳しい道のりをルリの先導で直進する。迂回した方が早道な気がする場所もあったがルリも方角しか覚えていないとのこと。だから下手に迂回して方向を見失ったら迷子になるので、俺は口出ししなかったわけだが険しすぎて悪魔の体でなければ何度か死んでいたな。
メキメキは俺の中で休んでいるか、たまに出てきては肩の辺りに留まって風景を眺めたり、俺たちと話をするだけで呑気なものだが。
時々ルリは話しかけないと、俺が追いつけない速度で走ってしまうときがあるので注意が必要だった。
ルリに担いで貰えれば簡単なのだろうが、今の俺の大きな姿で抱っこされるのはプライド的に辛いので丁重にお断りしている。
また日が暮れると見通しが悪くなるので、一旦休憩をして日が昇ったらまた移動を始めるというのを繰り返していた。受肉している俺には肉体的な疲労があるし、それがなかったとしても常に警戒していては精神的な疲労が溜まる。疲労は魔力で打ち消すこともできるが魔力の消費は極力抑えたいし、精神疲労は魔力でもどうにもならない。
俺とメキメキは魔力をエネルギー源としているので人間のような食事は必要がない。そして今は俺の魔力の備蓄があるので、メキメキには少量ずつ分け与えている。戦わなくても日々少しずつ消費はしているので、いつか安全な回復方法を確保したい。
食事の問題はルリの方だと思っていたのだが、再産再死という能力で常に再臨状態であり、肉体はベストなコンディションを保ち続けるので疲労や空腹などすら発生しないということだった。
だが別にものを食べられないということはなく屋敷にいたときは一日一回は食事をとっていたらしい。
何も食べないと口寂しさを感じるのか、転がっている石や草などを口に含んでは捨てていた。本人は「毒があっても死なないから何を食べても平気だよ」と言っているがあまり褒められたことではない。俺からやめるように伝えたが、それでも我慢できないらしくこっそりそれを繰り返しているようだ。
どうにか生活が落ち着いて俺が食べ物を調達できるようになったら、毎日まともな食事を用意してあげたい。
道中で悪魔や他の動物を見かけることはなかった。俺とメキメキは薄い神気で覆うことで魔力の気配を消せるが、ルリの方はそうもいかない。
試しに俺が神気で覆えないかやってみたが、再産再死が常に発動している影響で天界との間に神気の強い流れがあるのですぐに崩壊した。ルリ自身も能力を止めることはできず、自身の神気で体全体に膜を張るのは難しいらしい。実際に膜を張ってみても頭上だけ穴が空いた状態で無意味だった。
常に膨大な神気を帯びているので、その気配に敏感な生き物や悪魔は姿を隠してしまっているようだ。
こんな状態でガランディア帝国へ入って良いものかは分からないが、他に当てもないので行ってみるしか選択肢はない。
そしてそれは荒野を移動中に起きた。
「エクタクトのお船が来てる!」
ルリの叫びに一瞬何のことを言っているか分からなかったが、後方へ振り向き目を凝らしてみると何を指してのことか理解できた。
それは簡単言うと強大な空飛ぶ船だった。
木造のように見える外観に小屋のようなものが乗っているだけのシンプルなものだが、傷ひとつなく綺麗なものだ。よく見れば球状の結界に包まれており、それによって浮遊しているらしい。
その結界は俺の張っている膜のような作用があるのか神気を微少にしか放っておらず、見えるところまで接近するまでは俺もまったく気がつかなかった。
「ありゃ、なんだ? エクタクトのってことはノアズアーク法聖国の移動要塞みたいなもんか?」
やつらが俺たちに追いついてきたということは、あの船がとんでもない速度で飛行してきたことになる。
「いつもは人や物をたくさん運ぶときに、エクタクトが使っているお船なの。あんなに早く飛んでるのは初めて見たけど、飛ばせるのはエクタクトの結界だけだからエクタクトが絶対乗ってるよ」
話を聞く限り、船のどこかが開いて砲弾やビームが飛んでくることはなさそうだ。けれどやつらなら単身で神気を飛ばして攻撃してきそうなので油断はできないが。
俺たちの進行方向の魔力反応を探る。悪魔などが住む国というからには強い魔力が集まっているはずだが、それをはっきりとは感じ取れない。まだガランディア帝国には距離がありそうだ。
どうするべきか。
このまま全力で走り続けるか、ルリに担いでもらってスピードアップするか、立ち止まって戦うか会話を試みるか。
ルリの神気は隠せないので隠れてやり過ごすことはできないし、ルリを囮にして逃げたらルリは俺を二度と信用しないだろうし、離れたらもう二度と会えなくなるかもしれない。
俺が迷っているそのときだった。
神気の膨大な流れを察知する。
まずい! 何かする気だ!
「何か来るぞ! 注意しろ!」
俺たちは走る速度を上げながら警戒する。だが注意したところでそんなことは無意味だった。
一瞬で船と俺たちを包む強大なドーム状の結界が出現した。
「こんなもの!」
ルリが阻むように出現した結界の光でできた壁に、走る勢いを殺さないまま殴りかかった。
だが結界はクッションのようにそのパンチを柔らかく受け止めて呑み込み、トランポリンのようにルリの体を押し返して弾くと元の平らな形状へと戻った。
ルリは器用に空中で回転して地面へと着地すると驚愕の表情を見せる。
「何これ? 全然破けないよ!」
ルリが引っ張ったり蹴ったり、あの手この手を使って試しているが力尽くでは破れそうになく、俺たちはそこで立ち往生するしかなかった。
「また何か来るぞ!」
さらなる神気の気配を感じて結界への攻撃に注意を奪われているルリに俺が叫ぶ。
そこへ飛んできたのは光の矢の雨だった。
これには見覚えがある。聖騎士団長が使ってきた技だ。ルリにとってダメージにはならないだろうが、俺が当たるとまずいものだ。
攻撃が一点に集中されていたので俺が避けること自体は難しくなかった。
だがそれは敵の罠だったのだ。
光の矢を回避して俺がルリから距離をとった瞬間に、俺とルリとの間に結界の壁が出現した。
ちょうどドーム状の結界を二分するような形だ。
船はルリ側の中にあり、俺の側には別の神気の気配があった。
それは船から飛び降りてきたのか、上空から静かに俺の目の前へ着地してその姿を見せた。
「お初にお目にかかるかかるのう。おぬし、名前は何と言ったかな? 聞いた気がするが忘れてしもうた」
額から頭頂部だけ禿げた白髪で上半身裸で筋肉ムキムキの爺さんの姿がそこにはあった。その肩には赤い模様の白い虎を担いでおり、それはぴょんとそこから飛び降りると俺たちから逃れるように距離をとった。
虎の方は動物にしては神気がそこそこあるが俺が苦戦するような強さではない。こちらへ好戦的な意思は見せておらず、ただ俺たちの様子を眺めているだけである。こちらは特に警戒する必要はなさそうだ。
正直なところ暑苦しそうな雰囲気の爺さんの方があまり関わりたくはない。
何より問題なのはこの爺さんからルリよりも強力な神気を感じることだ。
間違いなくこいつも天使だろう。見た目は暑苦しい爺さんだが。
しかしノアズアーク法聖国の天使はルリとエクタクトの二人しかいないんじゃなかったのか?
聞いてないぞ!
とりあえず動揺は隠して冷静を保たなくては。
「デシオンって名乗らせてもらってる。あんたこそ何者だ? 天使だってことはその神気を見れば分かるが……」
「そういえばまだ名乗っておらんかったな。すまんすまん。ワシはビクトア王国の勇気の天使を持つグランクス・ガナートというもんじゃ。おぬしに恨みはないが義によって倒させてもらおう」
溢れ出る相手の神気と殺気に逃げ出したくなる。ルリの心配をしているどころではなさそうだ。それに相手もルリを取り戻したいだけで傷つける気はないと思うし、仮にあちらで交戦が始まったとしてもルリより俺の方がヤバい状況だろう。
「その様子だとこちらとの話し合いに応じる気はなさそうだな」
「話し合いじゃと? 天使と悪魔との話し合いは拳じゃと昔から決まっておるんじゃよ。それに正直なところ、ワシは悪魔と戦いたくてうずうずしておったんじゃ。久々じゃし少しは頑張って見せてほしいのう」
そう言うとグランクスは正面から直進して俺に肉薄すると、正拳突きを放ってくる。
それをなんとか避けられたのは、これまでの戦いの経験とルリの速すぎる動きを見慣れていたからだ。
俺もただ闇雲に戦っていたわけではない。敵の素早い動きに対応させるために、この体を魔力でより反応の良いものにイメージして作り替えて準備しておいたのだ。
「悪くはないが脇が甘いのう」
グランクスは駒のように回転すると、腰をひねって左に避けた俺に向けて左足の踵で蹴りを入れてきた。
それは流石に避けきれず俺は左腕でガードする。
だがその威力は凄まじく俺は体ごと地面に叩きつけられて、撥ねるように転がった。
即座に起き上がり体勢を立て直すが、俺の左腕は消し飛んでいた。
そしてそこに付着している浄化の光が、俺の左腕の断面から体へと迫りくる。
俺は左肩から先を右手で引き千切って捨てることで、体全体の浄化を回避した。
「う~ん、つまらんのう。これじゃあ、すぐに終わってしまうぞ?」
馬鹿にしやがってこの爺さんは余裕そのものだ。
だがこのままではすぐに俺が負けることも否定はできない。
先ほど受けた攻撃は聖騎士団長の光の矢と効果が似ている。似ているとは言ったが明らかにこちらの方が精度が高い。
放つ一瞬の攻撃に技を乗せてくるので、実際にその身で受けるまで技を使われたことにすら気づかなかった。この攻撃は魔力で受けることすら許されない。
普通ならばこの攻撃に対抗しようとしたら同等の強力な魔力がなければなければ無理だろう。普通ならばだ。
「まだここ死ぬわけにはいかないんだよなぁ……」
俺は失った左腕を具象化魔法で再生し、再びグランクスに対峙した。
俺の再生を待つ余裕を見せたことをこの爺さんに後悔させてやる。




