【4】【最終話】
「お父さん、お母さん。
いままでわたしのことを大切に育ててくれてありがとう。本当に、感謝しています。
実の子でもない、よりによって敵の子であるわたしのことを。
――ああ皆さんご存知ありませんでしたか? そうですか。猟奇的殺人犯であるわたしの母のことを知らないって顔してますね皆さん……。知らないかたが大多数のようですので、改めてご説明させて頂きますね。
わたしの実母は、富山数見です。会うことは叶いませんでしたが。
閉所恐怖症、パニック障害を患い、幻聴や幻覚に悩まされていた富山数見には、歩行障害もありました。発達障害も患っていました。彼女は、幼い頃から母親に虐待されており、食事を与えられず放置されることもあったそうです。
中学を卒業した頃に家を出、仕事をするものの、続かず。職を転々としながら、自分の居場所を探し続けました。けれども、彼女の努力は報われることなく、やがて――幸せそうな人間に強い憎しみを抱くようになります。
富山数見は、職場用の顔とそれ以外の顔を使い分けるようになりました。――昔、ヤヌスの鏡というドラマが流行ったらしいですね。最近リメイクされているようですが。仕事を平常心で行い、ただし誰とも仲良くならず、そして裏ではネットで既婚女子、いわゆる鬼女に罵詈雑言を浴びせる――特に、妊婦への憎しみが強かったようです。
富山数見の怒りが爆発した事件が、皆さんもご存知かもしれません。うちの母が暴行された事件です。二十年前の、妊婦が精神障がい者に殴打された事件。ナイフでめった刺しにされたわけではありませんから、さほど大きく報道されてはいなかったようですが、ご記憶済みのかたもおられることでしょう。――当時、母は、『尼岸』綾子という名前で、まあさして珍妙な名前でもありませんから、曽根本綾子と結びつけるのはそう、たやすいことではありませんよね。
さて。富山数見はその後結婚を果たしましたが、残念ながら醜女と呼ぶにふさわしきビジュアルのせいか、はたまた計画的妊娠で結婚を迫ったせいか、短い結婚生活を終えることとなります。――うちの母、曽根本綾子が富山数見を歩道橋から突き落とす事件をきっかけに。
実母は、当時は篠崎姓だったようですが、些末な情報ですね。どうせまた富山姓に戻るのですから。
ねえ――お母さん。どうしてわたしがこの事実を突き止めたのか、教えてあげましょうか――。
あなたは知らなかったでしょう。母に――母には唯一の理解者がいたのです。彼女が、十年前にわたしに富山数見からの手紙を渡してくれました。そこで、わたしは事実を知りました。ええ、六歳の頃から、わたしの、あなたに対する復讐は始まっていたのです。
それから――あなたが箪笥の奥に仕舞っている、富山数見からの手紙も読みました。
駄目ですよお母さん、あんなところにへそくりを隠しては。
わたしに、この結婚を勧めてくれたのはあなたですよね、お母さん。
わたしに愛情を注いでいたのは知っている。でもわたしの知らないところであなたは苦悩していた。最大の敵であり、憎き敵である女とはいえ、その女のことを突き落としたことを。そしてそれを世間に隠し通したことを。そして――。
けども安心してください。ここにいる皆が証人です。あなたの罪は罪として、ここにいる皆の手で目で裁かれることでしょう――たとえ裁判官が裁きを下さなくとも、世間の目があなたを許さない。
復讐は間違っているとのたまうつもりはありません。
仇の女である子を育ててくれたあなたには感謝しています。
――が、殺人犯を野放しにしておけるほどの、わたしは平和主義者ではありません。
刑事さん。いいですよ。きっと庭の桜の樹が植えられた、あの根本に母は埋められていることでしょう。――富山数見は、桜が好きだったと聞いていますから。それが、お母さん。あなたなりの思いやりだったのですね。
母は、病院を飛び出した。そこから行方不明になっている。
警察の捜査も及んだはずです。そこで、あなたは、お父さん――曽根本慎吾に頼った。
小学校一年生の頃、お父さんが粗相をしたのを、唯一、お母さん、あなたは助けてやったそうですね。おしっこまみれの床を水拭きしたと聞いている。
お父さんは、そのことに恩を抱いている。
そこに、あなたは――つけ込んだ。
お父さんは非モテ系の童貞だったから、美人な女の昔馴染みに頼られてころっといっちゃったんですね。男って本当に単純。お母さんの二重、アイプチなのに。
……お集まりの皆さんには大変申し訳ない事態となりました。当然ながら、わたしは結婚するわけにはいきません。生涯、独身を貫きます。胎児の殺人を犯した富山数見の子であり、復讐の殺人を犯した曽根本綾子の子であるのですから、このような復讐鬼の血を後世に残すわけにはいきませんので。
このあと、わたしが自分の人生をどう生きていくのかは――そうですね。風任せに致しましょう。
ひとまず、わたしは、一生の夢であった、ウェディングドレスを着ることが叶い、満足です。
思い残すことはありません。――ああ、お母さん、あなたの逮捕の瞬間を見届けるまでは。
それでは、皆さま。お忙しいところをお集まりくださり、誠にありがとうございました。
このような会となってはしまいましたが、皆さまどうか、引き続きわたしの夫となるはずであった、篠崎健吾、および篠崎家の皆様をどうか――よろしくお願いいたします。
篠崎。――そうです。母は……お母さんは。
かつて富山数見が結婚していた男、篠崎の再婚相手の息子とわたしをあろうことか――結婚させようとしていたのです。
これを復讐と呼ばすなんと呼びましょうか。――お母さん。最後に言っておきます。
子どもは、道具ではありません。自分の復讐を果たすための玩具ではありません。そのことを、日本にたった九か所しかない女性刑務所の塀のなかで実感することですね。――ああ自慰行為をすると懲罰が課せられるそうですよ。あしからず」
―完―