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どうやら目の前にいるスレンダー美女が、乙女ゲームの世界のヒロインらしい。
「はじめまして、アリス様。わたくしはリーゼロッテ・マグロスと申しますわ。これからは同じ部屋で一緒に生活するルームメイトですから、遠慮なさらず、気軽に接してくださいね」
「はい! リーゼロッテ様」
元気に返事をするアリスは、成熟した見た目とは裏腹に、無邪気で可愛らしい。これがヒロインかとリーゼロッテは舌を巻いた。普段から猫かぶりをして愛され令嬢になったリーゼロッテからすると、素でみんなから愛されそうなアリスは対極に位置する人種である。
「リーゼロッテ様は、何か趣味とかあるんですか?」
気軽に接しろというリーゼロッテの言葉を真に受けたのか、アリスはベッドに腰かけながら言った。貴族のマナーとして、爵位が上の人物を立たせたまま自分だけ座って話すなどご法度である。まあ、そんなことに目くじらを立てるようなリーゼロッテでもない。それに、
__貴族になりたてなのよね、確か。
テオドールの話では、乙女ゲームのヒロインは学園に入学する直前まで平民の子として生活してきたはずだ。平民から貴族へ、自由な街から閉鎖的な学院へ、生活環境が急激に変化したことになる。
「趣味というほどのものではありませんが、読書をたしなんでおりますの。学院の図書館は王国立図書館に引けを取らない蔵書だと伺っておりましたので、楽しみにしておりました」
可哀想にと心の中で同情しつつ、何も知らない顔をして薄っぺらい言葉を紡ぐ。適当に会話を続けるのは得意だ。
__ヒロインだろうが何だろうが関係ない。私は学院で嫌われ続ければいいのだから。
そんなリーゼロッテの心中は知るはずもないアリスは、楽しそうに、そして嬉しそうに話をする。
「そうなんですか? てっきり、体を動かすようなものだと。ほら、あのダニエル坊ちゃまの無駄に高いところにある顔を蹴り飛ばしたくらいですし」
「え」
突然のアリスの歯に衣着せぬ物言いに、さすがのリーゼロッテも面食らった。ふつう、その話題は避けるものだろう。
さらに、気になることがある。
「ダニエル坊ちゃま?」
「ああ、私、今は伯爵令嬢なんて立場ですけど、ちょっと前まで普通の平民だったんです。急におじいちゃんだって人が現れて、その人がトイドール伯爵だったもんだから学院に入学することになっちゃって。バーミンガム侯爵家のダニエル坊ちゃまは、私が働いていた商会の御贔屓さんだったんですよ」
人の縁とはどこで繋がっているかわからないものだ。
「あの男、私に愛人になれなれうるさかったんで、リーゼロッテ様が蹴り飛ばしてくれたって聞いた時、すごいすっきりしたんです!」
「あら、まあ」
「すごいムカつきません!? 好きに着飾っていいとかいろいろ言ってましたけど、その金は親のだろって」
「わかりますわ。それ以前に、少し話しただけなのに馴れ馴れしいのですわ、あの男」
「わかります。この世の女は全員自分に好意があると思ってんですよ、あの男」
「ナルシストもいい加減にしてほしいですわ」
「言葉と言葉のあいだを溜めるとことかキモいですよね」
リーゼロッテは、アリスに対する評価を変えた。
この子、私と同類ね。毒を吐き出すと止まらなくなるところとか。
「さっきも坊ちゃんと会っちゃって面倒くさかったんです」
「本人に? ダニエル様もこの学院に入学してらしたの?」
「社交の場では謎に強がって二十歳だって年齢詐称してたみたいですけど、本当は私たちと同じ十五歳なんですって」
「まあ、しょうもない見栄ですこと」
「しかも誕生日が三月の早生まれ」
「まさかの年下ですって……!」
ダニエル・バーミンガムは、そこそこ整った容姿をしている。確かに、五歳も嵩増ししてもごまかされてしまうくらいの高い身長に甘いマスクで黄色い声を上げるご令嬢もそこそこいる。だがしかし、リーゼロッテは気づいていた。
その額が、ヘアセットで誤魔化さずにはいられない程度には広いことに。さらに年下だと聞いてしまうと、どんなにむかつく男とはいえその将来の姿に同情を禁じ得ない。
「ちなみに、坊ちゃまが従者もつれずにお忍びで商会に来てお買い上げなさるのは、ヘアトリートメントと髪に良いと噂の食材と、育毛剤でした」
「まあ」
「それと、十五センチのシークレットシューズ」
リーゼロッテの腹筋が、内からくる痙攣に耐えきれず、崩壊した。
「さっき会った時も背が高かったので、制服の靴もシークレットですよ」
「ふはっ」
ダニエル・バーミンガムはご令嬢たちから熱い視線を向けられることも少なくない、甘いマスクと長い足を持つ、大人の余裕があるフェミニストの貴公子である。
はずだった。
「クックク……だめ、ククッ、笑っちゃうわ」
「フッ、リーゼロッテ様、フフフ、笑っちゃっていいと思います」
顔を見合わせる。
「あ、あんなにドヤ顔でナンパしておいて、シークレットシューズ……!」
「コンプレックス丸出し……!」
二人は、笑った。
以前、リーゼロッテの上段回し蹴りを食らう原因になったあのテオドールへの暴言の数々は、ただの幼稚な嫉妬からくるものだったのだらしい。
「人前でこんなに笑ったのは久しぶりよ」
ひとしきり笑ったリーゼロッテは、すっきりした笑顔でアリスに手を差し出した。
「私も、まさか貴族様の前で大笑いできるとは思いませんでした」
同じように晴れ晴れとした笑顔を浮かべたアリスは、迷うことなくその手を取った。
二人で熱い握手を交わす。
「リズでいいわ。リーゼロッテなんて長ったらしくて面倒くさいもの」
「でしたら私のことは呼び捨てで結構です、リズさん」
「最初からそのつもりよ、アリス」
悪役令嬢とヒロインの間に友情が芽生えた瞬間である。




