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王太子と謎の青年がパンケーキを食べていた頃、リーゼロッテとテオドール、それとルイスの三人は校舎内の出店を見て回っていた。各地の民芸品や見事な手仕事の品々が並ぶ出店は、見ているだけでも楽しめる。
「お兄ちゃん、お腹すいた」
しかし、幼い少年はそこまで楽しめなかったようだ。ルイスはつまらなそうにお腹を抱え、テオドールに空腹を訴える。
「冗談じゃないわよ。あれだけ食べたじゃない」
「お昼ご飯まだだもん」
「すごいな。将来有望のフードファイターだ」
「褒めちゃダメよ。この子、人にたかろうとしてるのよ」
ルイスも少しは自重しなさい! そう眉をひそめるリーゼロッテに対してルイスが最初からわがままを言わなかったのは、却下されることを予想していたからだろう。
「お兄ちゃん、良いでしょ?」
「仕方ないなあ」
「仕方なくない! 全く、どうしてそんなに甘いのよ。公爵領の子供達にもこんなに甘くしてるの!? そりゃ懐かれるわけよ」
呆れたようにため息をつくリーゼロッテ。テオドールは申し訳なさそうにしつつも、目線で食べ物を扱う店を探していた。それに気づいてしたり顔をするルイスに、リーゼロッテは容赦なくデコピンを喰らわす。
「イッタぁい!」
「その歳で人を思い通りに動かそうなんて大したもんじゃない。百年早いわよ」
「リズも人のこと言えない気がするけどね」
猫かぶりの令嬢は、夜会などの社交の場で人々を掌で転がしていたような気がするが、気のせいだっただろうか。
「私は良いの! 厳しい貴族社会を生き残るための処世術よ」
「それだったら僕のもしょせいじゅつだよ」
「何言ってんのよ。処世術の意味わかってないでしょう」
「でも僕も貴族だもん」
「え?」
唇を尖らせて抗議するルイスの発言は、アリスとテオドールにとって予想外なものだった。
「あなた、貴族の出自だったの? なんで馬鹿生徒に絡まれた時に言わなかったのよ」
「だって怖かったんだもん」
五歳の男の子が十幾つも年上の男に恫喝されたら、そうなるのも仕方がない。リーゼロッテやテオドールに生意気な口をきくのは、それを許してくれると分かっているからだろう。
「どこの家の子? 私の知り合いかしら。気付かないなんて不覚だわ」
「流石のリズも夜会デビューもしてない小さい子まで把握するのは無理でしょ」
「そうかもしれないけれど、面影で気付いたって良いはずじゃない。こんなに大食いの人がいたら記憶にあるはずなのだけど」
うんうんと頭を悩ませるリーゼロッテ。ルイスに直接聞こうとしないのはそのプライド故か。
「僕、本当の子じゃないから」
「……養子ってことか?」
「それなら気付かなくても仕方がないわね!」
貴族社会において、家を存続させるために親族や孤児院から子供を養子として引き取り育てることは珍しくない。
リーゼロッテにとってルイスがどこぞの貴族の養子だと言うことよりも、自身の記憶力と洞察力が鈍いわけではなかったことの方が重要だった。
「どうりで言動の節々に品がない訳よ。まだ貴族社会に身を置いて日が浅いのね」
捉えようによっては、というよりどう捉えても辛辣なリーゼロッテの言葉だが、ルイスは気にすることなく頷いた。
「三ヶ月前まで孤児院にいたんだ。それからここには結構きてるんだけど」
「ここ?」
「ここって、この学院のことか?」
「うん」
こともなげに頷くルイスだが、そんな事はあるはずが無いのだ。
国中の貴族の子息子女が集まる学院の敷地は、文化祭のようなイベントがない限り、厳しい警備が敷かれており原則として部外者は立ち入り禁止だ。生徒の保護者でさえもよっぽどの理由がない限り立ち入りは許されない。
そんな学院に何度も来ていると、ルイスは言うのだ。リーゼロッテとテオドールが不信がるのも無理はない。
「おじーさまが遊びに来いって言うから」
「お爺様? どんな方なの?」
「髭はあるけどつるっ禿げ」
「そんなお年寄りは星の数ほど居るわよ……」
そう言いつつ、リーゼロッテはなんとなくルイスの祖父の正体に目星をつけていた。
「あっ、おじーさま」
「ルイス! よく来たのう」
ちょうどよく現れた老人を見て、リーゼロッテは自分の考えが正しかったことを知る。
「ご機嫌よう、学院長様」
「ルイスは学院長のお孫さんだったのですか」
朝の開会セレモニーで長々と同じことを話していた、ボケが進んでいるのではないかと噂されている学院長だ。ルイスの言う通り、立派な髭と眩しい頭頂部がトレードマークである。
「アレキサンド君、マグロス君、ルイスの相手をしてくれていたのか。ありがとう。本当はわしが側にいてやればよかったのだが、なかなか忙しくてのう」
「いえ、お気になさらないでください。俺たちも楽しかったので」
「ルイスにたかられた食べ物の代金は後で請求させていただきますので、お願いいたしますわ」
にこやかに言うリーゼロッテの目は本気である。保護者が誰であれ、請求はしようと思っていたのだ。
「文化祭が終わって落ち着いたら学院長室まで来なさい。その時に全額支払おう」
「ありがとうございますわ」
学院長室へ個人的な金銭のやり取りをする為に訪れる生徒は、後にも先にもリーゼロッテだけだろう。
「君たちは婚約しているのだったな」
唐突に、学院長が言った。リーゼロッテとテオドールは顔を見合わせ、同時に頷く。ルイスが驚いた顔をしていた。
「お兄ちゃん、尻に敷かれるよ!?」
「よく尻に敷かれるなんて表現を知っているのう。ルイスは将来学者かの」
「孫馬鹿にも程があるわよ」
ルイスの頭を撫でる学院長に聞こえないくらいの声でリーゼロッテが毒づく。幸い、学院長の耳には届かなかったようだ。
「若い二人にぴったりの場所があるのじゃ。この鍵を貸してやろう。今度学院長室に来た時に返してくれれば良い」
学院長が懐から取り出したのは、使い込まれた形跡のある一本の鍵。
「教室棟の屋上の鍵じゃ。後夜祭の時にでも行きなさい。二人きりで良いムードになれるだろうて」
「……そんなこと言われてのこのこ行けないわよ」
リーゼロッテがまた聞こえないように毒づく。テオドールはその言葉が聞こえないふりをして、学院長から鍵を受け取った。
「お気遣いありがとうございます」
「良いのじゃよ。あとは二人でよろしくやると良い」
満足そうに頷く学院長は、ルイスの手を引き去っていく。
「お兄ちゃん、考え直したほうがいいんじゃない!?」
遠くからルイスが声を張る。リーゼロッテは今度ルイスに会ったらもう一度デコピンをしてやろうと心に決めた。
「……なんか、RPGでアイテムゲットしたみたいだ」
「なにそれ」
「ゲームで、次の展開に進むためのキーアイテム、みたいな」
鍵だけに。テオドールがボソっと言う。
今度はリーゼロッテが聞こえなかったフリをした。




