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王太子の護衛についていた騎士の一人が、王太子の様子がいつもと違うことに気付いた。
常に笑顔を浮かべている事はいつもと変わらないのだが、その笑顔が少しおかしい。アルカイックスマイルの様でありながら、どこか俗っぽいのだ。
この場にいる騎士の中でこの変化に気づけたのは、王太子が幼い頃から護衛につく機会の多かった彼ぐらいだろう。
王太子と言葉を交わした事はほとんど無い。『よろしくね』『お疲れ様』そんな挨拶程度だ。だが、側で一挙手一投足を見ていれば分かってくることもある。
王太子は甘いものが苦手だ。
王太子は女性との会話が苦手だ。
王太子は人に心を開くことが苦手だ。
王太子はコーヒーが好きだ。
王太子は子供と接することが好きだ。
王太子は……
騎士はそこまで考えて、自重気味に首を振った。これは自分が勝手に思っていることで、王太子から聞いた話でも無いのだ。
「まだお昼ご飯を食べていなかったね。アレン、何か食べたいものはある?」
「では、この店はどうですか? 王都で人気のパンケーキ屋さんが出店しているんですよ」
「パンケーキか……そうだね。そこにしようか」
前を歩く二人の会話を聞き、まずいなと騎士は思う。前述の通り、王太子はおそらく甘いものが好きでは無い。ホイップクリームたっぷりのパンケーキなど言語道断だろう。
とはいえ一介の騎士が王太子の食事にいちいち口出しするものでも無い。本人がそうしようと言ったのだから、黙って見守るだけだ。
「次の出番は青少年合唱コンクールですよね? あと一時間ほどですから、急いで食べれば間に合うと思います」
「よく把握しているね」
「パンフレットに載ってますから」
(そういや、俺の昼飯はどうなるんだ?)
多くの人が溢れかえる文化祭を無防備に歩く王太子を守るという重大な任務は、王宮騎士団の中でも選りすぐりの少数精鋭にしか言い渡されていない。すなわち、今現在護衛についている者が全員なのだ。昼休憩や交代などは存在しない。
思わず遠い目をしてしまう。給料は良いが、その分就労環境が良いとはいえない職場なのだ。
一行がパンケーキ店のブースに行けば、その場にいた店員も客も老若男女が揃って沸き立った。仕方あるまい。雲の上の存在である王太子殿下がまた鼻の先に突如現れたのだから。
「こっ、ここここちらへどうぞ!!」
慌てた様子の店員に案内され、王太子とアレンという名の青年が席につく。護衛は一定の距離を保ちその四方を囲み、外側を向いて立った。本当はアレンの監視をしていたいのだが、王太子はそれを好ましく思わないだろうし、流石に人が食べているところを見つめるわけにもいかない。
背後から聞こえてくる二人の会話に密かに耳を傾けつつ、騎士は自己主張を始めた空腹感に気づかないフリをした。
「私はこの苺スペシャルのホイップ増量にします。殿下は何になさいます?」
「そうだね、どうしようかな」
先ほどは恐縮して畏っていたアレンだが、いつの間にか王太子に対してだいぶフランクになっている。礼儀正しく物腰の柔らかな青年だと思っていたが、随分と図太い神経をしている様だ。
それにしてもアレンはだいぶ甘党の様だ。元々ホイップクリームがてんこ盛りなところをさらに増量するとは。趣味嗜好が若い少女のそれである。
対する王太子は注文を決めかねている様だ。というより、どうすれば食べなくて済むか考えているのかもしれない。
「メニューだけでお腹いっぱいみたいですけど、ちゃんと見た方がいいですよ。スイーツ系だけじゃなくて食事系のパンケーキもある様ですから」
「おや、本当だ。じゃあ僕は生ハムサラダのパンケーキにしようかな。店員さん、いいかな?」
アレンの助言を受けて、王太子も注文を決めた様だ。ほとんど文字通り飛んできた店員は二人の注文を反芻し、バックヤードに駆け足で戻っていく。
その直後、その場に居合わせた客たちが次々と生ハムサラダのパンケーキを追加注文し、厨房はてんてこ舞いになった。
「王太子殿下の影響は大きいですね。生ハムの在庫なくなっちゃうんじゃ無いですか」
「ははは……」
見なくてもわかる。今の王太子は、眉を下げて困った笑顔を浮かべているに違いない。アレンがここまで不遜な態度をとるとは思わなかった。同僚の騎士が顔をしかめて振り返ろうとしたので、片手で制する。不満げな顔を向けられたが、首を振って放っておく様に伝えた。
これでいいのだ。
「お待たせしました。生ハムサラダと、苺スペシャルホイップ増量になります!」
店員が持ってきたパンケーキは、スイーツの域を超えた量をしていた。昼食なのだからそれでいいのだろうが、王太子はともかくアレンは食べきることができるのだろうかと騎士は少しだけ心配した。
「……殿下、毒味が必要ではありませんか?」
「いきなりどうしたんだい? まさかここにいる人たちが毒を盛る訳がないよ」
「念のためです。もし何かあったら私、そこの騎士の方々と一緒に首とばされちゃいますから」
本当に口のきき方がなっていない。同僚の額に青い筋が浮かぶのを、騎士はハラハラと見守った。
「すみませーん。取り皿をいただけますか?」
「はい。二枚でよろしいですか?」
「えーと、いち、に、さん……五枚お願いします」
「五枚、ですか? かしこまりました」
「あと、フォークも」
アレンの不可解な言動に、護衛の騎士たちは心の内でそろって首を捻った。その後すぐ、例の騎士はピンときた。
「アレン、どうして五枚も頼んだんだい?」
「どうしてって、取り分けるためですよ」
王太子の質問に適当に返事をして、アレンは鼻歌まじりになにやら取り分ける。そうしておもむろに席を立つと、背を向けて立っている騎士に声をかけた。
「こんなにたくさん食べきれないので、騎士の皆さんもどうですか?」
ありがとう! 騎士は心の中で叫んだ。
「やっぱりホイップ増量は欲張り過ぎでした。皆さんでどうぞ食べてください」
ホイップだけかい! 騎士は心の中でツッコんだ。
「殿下が召し上がるパンケーキの毒味はお任せください」
「アレン、それは毒味の量かな?」
少しの期待を完全に裏切られ打ちひしがれる騎士たちをよそに、アレンが王太子の皿からパンケーキを取り分けた。三分の一ほど減ったパンケーキを前に、さすがの王太子も困惑の声を上げる。
「私のパンケーキも毒味しますか?」
「それはもう味見と言って良いんじゃないかな」
王太子が冷静に指摘する。その様子を見て、騎士は少し感慨深くなった。
王太子が初対面の人物と会話を弾ませている。いつもなら聞きに徹しようとして相手と遠慮し合い、なんとなく気まずい空気が流れるというのに。
もらったホイップクリームを舐めながら、騎士はアレンという青年と王太子の相性の良さを実感した。
王太子は、礼儀知らずを好ましく思う節がある。だから子供好きなのだ。
父親である国王陛下が庶民派で通っているからではなく、王太子自身の性質だろう。
騎士は懐に忍ばせていた封筒をそっと触った。いつかふさわしい人が居たら渡してほしいと、王妃陛下直々に託されているものだ。自分をそこまで信用してよろしいのだろうかと何度も思ったが、今日のために託してくださったのだろう。
パンケーキを食べ終え、一行は青少年合唱コンクールの為に再び舞台に戻った。王太子とアレンが離れた隙に、騎士はアレンに近づいた。
「アレン殿。少々よろしいだろうか」
「はい? ……殿下への不敬な態度は自覚しておりますが」
「それは、まあ、置いておいてですな。あなたにこれをお渡ししたいと思いまして」
騎士が差し出した封筒を、アレンは少し躊躇して受け取った。
「これは?」
「……開けばわかります。その封筒の中には、殿下のことを思うさるお方からのお願いが書かれています」
アレンが顔を歪める。面倒ごとはごめんだとでもいう様なその表情を見て、騎士は渡したことを少し後悔した。
とは言え渡してしまったものをやっぱり返してとは言えない。話題を転換しようと、先程のパンケーキを思い浮かべながら口を動かした。
「……殿下は甘いものが苦手でいらっしゃいますから、今後は気をつけていただけますか」
「今後があるかどうかはわかりませんが……」
そう言って言葉を濁したアレンは、ふと何か思いついた様に騎士の顔を見た。
「殿下が甘いものが苦手だと、なぜ分かったのですか?」
王太子はアレンからもらった苺スペシャルパンケーキも顔色ひとつ変えずに平らげていた。
「長年護衛についていますから。殿下はご存じないかもしれませんが……見守っているなんて言うとおこがましいですが」
――実質ぼっちだわ。勤務中の騎士なんて話しかけても会話続かねえし、飲み食いも一切しねえし。つまらねえったらない。
アレンの脳裏に、以前ノートでやりとりした角ばった文字がよぎる。
「……ぼっちじゃ無いじゃないですか」
「はい?」
「ああいえ、独り言です」
アレンは受け取った封筒を大切に懐にしまうと、騎士に笑いかけた。
「後で読ませていただきます。あと、ホイップクリームを食べていただいてありがとうございました。胸焼けしませんでした?」
その笑顔が思いの外可愛らしく、騎士は面食らった。
2021.12.22 人名変更 サイラス→アレン




