表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は嫌われたい  作者: あさり
本編
PR
46/71

46


頭に血を昇らせて、今にも噴火するのではないかというほど真っ赤になったベアトリーチェがその場を早足で離れてから、レオナルドは人知れず息をついた。


衆人環視の中で話す気にもなれず、周囲の人々に招待主でありながら席を離れる非礼を詫びてリーゼロッテとハンナを連れて別室へ移動する。


「それで、どんなご用なのかな?」

「特には」

「ん?」

「これといって用はございませんが、お困りのようでしたので」


ご迷惑でしたか? とリーゼロッテが片眉を吊り上げると、レオナルドは訝しんでリーゼロッテの顔を覗き込んだ。


「君は、そんな理由で今まで築き上げてきたイメージを台無しにするほどのパフォーマンスをしたっていうのかい?」


今度はリーゼロッテがキョトンとする番だった。そこまで気合を入れて悪役をしたわけでは無いと思うのだが、王太子殿下からするとそう見えたのだろうか。


「わたくし、それほど過激なことはしていないつもりだったのですけれど」

「いえ、私から見てもかなり衝撃的でしたわ。足で扇を蹴り上げるなんて、なんだかもう……凄い、の一言でした」


後ろに控えていたハンナがリーゼロッテの言葉を否定した。年上を後ろに控えさせているという状況がまた悪役らしさを醸し出しているのだが、リーゼロッテは気づいていなかった。


ともあれ悪役に見えたのならこのお茶会に参加した目的は果たしたことになるのだろう。レオナルドの相手が誰だとかはまだ何も聞いていないしあの場にその女性がいた気もしないが、側から見てリーゼロッテは悪役になったのだ。


レオナルドとハンナの反応が思いのほか()()()だったことに気を良くしたリーゼロッテが、目を輝かせる。


「わたくしは悪役でしたか?」

「見事に悪役でした。とても素敵でしたわ」

「本当ですの? ありがとうございます」


ハンナの肯定で喜ぶリーゼロッテに目を見張ったのはもちろんレオナルドだ。この目の前の令嬢がどんなに猫かぶりの激しい変人だろうと、今までのことを考えると悪役になりたがっていたようには見えなかった。一瞬やばい奴認定されていたこともあったかもしれないが、それはリーゼロッテの一時の気の迷いのせいだと思っていたのだ。


それが一体どうしたことか。リーゼロッテは見事なまでにテンプレートな悪役を演じてみせた。『愛鍵』のシナリオからは外れた悪役ぶりであったにせよ、誰が見ても悪役令嬢の立ち振る舞いだった。


公爵領でのリーゼロッテ――()()は明らかに悪役令嬢ではなく、それよりもそもそも令嬢のようには見えず、レオナルドはてっきりリーゼロッテが悪役令嬢扱いされることはないと考えていたのだが。


ヒロインと仲の良い悪役令嬢なんて――前世で読み漁ったネット小説の中にくらいしかいないと思っていたのに。


「リーゼロッテ嬢は、いいのかい? あのような振る舞いをして陰で何を言われるか分かったものじゃないだろうけど」

「構いませんわ。全ては殿下の幸せな結婚の為、そして――わたくしの意地の為ですから」


最後に小声で付け足した言葉は、レオナルドたちには聞こえなかったようだ。自分の幸せの為と言われたレオナルドが目を白黒させ、ハンナがことの事情を説明している。


それを眺めながら、リーゼロッテは今までの社交場での自分の扱いを顧みた。


誰からも愛される、完璧な可愛らしい令嬢。恋の相談から商会の新商品の宣伝、己の主人に対する愚痴まで、様々な事を様々な人の口から聞いてきた。


その中でも結局多いのは、スキャンダラスな噂話と陰口だった。


あそこの奥方は男グセが悪い、あの男爵はギャンブルで嵩んだ借金で火の車なはずなのに見栄っ張りだ、などなどありとあらゆる情報がリーゼロッテの元に入ってくる。人によってはその発言をしたことそのものを隠さなければならないこともある。


少し前まではそれに対してなんとも思っていなかった。


だが、学院に入学してから――馬鹿な伯爵家嫡男に蹴りをお見舞いしようとしてやばい奴認定されてから、それが一体何を表すのか気づいたのだ。


マグロス侯爵家のリーゼロッテには何を言っても害にならない。そう思われているのだ。


もちろん、信用されてのことではあるだろう。だが、その信用に至るまでが短すぎる。リーゼロッテはまだ十五歳。来月にやっと十六を迎える、まだ社交歴も浅い若い娘だ。誰からも無条件な信用を受けるのには早すぎる。


リーゼロッテのマグロス伯爵家という家柄、小柄で可愛らしい容姿、そして控えめで人当たりの良い猫かぶり(人柄)。それらが人々を信用させるに至ったのだろうか。


貴族たちは、自分達の利になるように常に腹の内を読み合んでいるものだ。リーゼロッテももちろんそのつもりで社交の場に臨んでいる。


それがどうしたことか、話しかけてくる人は皆、トンデモナイ暴露や相談をしてくるのだ。


そうか、舐められているのか!


リーゼロッテは気付いてしまった。猫かぶりをしていたことで、人畜無害の何の害もない、どんなに鬱憤を晴らすはけ口として愚痴を聞かれたとしてもその内容を誰に言うでもなく胸の内にしまってくれる、都合の良い存在になってしまっていたことに。


そしてそれは、勝気で人に下に見られるのが大嫌いなリーゼロッテにとって、絶対に容認してはいけないことだったのだ。


やばい奴認定されて話しかけられなくなった事は、警戒されたということだ。舐められなくなったのだからリーゼロッテとしては別にそのままで良かったのだが、周りの反応を見ていると残念ながらまた元の都合の良い令嬢に戻ってきてしまっているようだ。


だから、王妃からの手紙は、その内容は、面倒臭いものではあったけれど好都合でもあったのだ。


大勢の前で、悪役のように辛辣な口ぶりで相手を見下すように振る舞うのは、見た人に強烈な印象を与えてあっという間に広まるだろう。


次の日には、きっとリーゼロッテ・マグロスには気をつけろと誰もがいうはずである。そうしたらリーゼロッテの『舐められたくない』という願いは叶えられる。


なんて簡単で、単純な事なのだろう。


リーゼロッテは唇の端を釣り上げる。


それを見たレオナルドがびくりと肩を震わせ、ハンナは意外なものを見たと目を丸くさせた。


その顔が――大きな二重のスカイブルーの瞳、小ぶりで形の綺麗な鼻に、ぷるんと適度に肉厚なコーラルピンクの唇という、誰もが見ても天使のようだというはずのその顔が――レオナルドには何故か、悪魔のように恐ろしく見えたのだ。


その笑顔こそ、リーゼロッテの本性を表に出し切った時の笑顔だ。公爵領の鬼ごっこでリーゼロッテに捕まった男の子はこの顔を間近にしてちびりそうになっていたものである。


きつめな顔をしたアリスに睨みつけられて肩をピクリと慄すのとはまた違う、体の底からくる恐ろしさのようなものをレオナルドは感じていた。とはいえ、彼はこの世に生をうける前からの筋金入りの臆病者なだけなのだが。


テオドールがこの場にいたら、『そんなおっそろしい顔して何考えてるんだ?』などと軽口を言って楽しげに笑うだろう。テディはまた面倒くさいことになりそうだとため息をつき、アリスはワクワクとリーゼロッテを見つめるのだ。


テオドールがいたら、と考えてリーゼロッテは急にこの状況が物足りなくなった。いつもなら、なんだかんだでもっと楽しく物事を捉えられていたはずなのだが、テオドールがいないだけでこんなに違う。


だから、聞き覚えのある足音が近づいてきた時、思わず顔を綻ばせてしまった。


その笑顔はもちろん、臆病者のレオナルドから見ても十分天使と言わしめるものであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ