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「……これは、どういう状況なのかな?」
自分に会いに来た令嬢達の相手を務めるために、イヤイヤ重い腰を上げて茶会の会場にやって来たレオナルド王太子殿下は、眼下に広がる光景について説明を求めた。
不敵な笑みを浮かべて仁王立ちしているハニーブロンドの麗しい侯爵令嬢と、彼女を鬼の形相で睨みつけている数人の令嬢達。その間には激しい火花が飛び散っている様に、レオナルドには見えた。火花に当たると分かっているのに間に割り込む様な猛者はおらず、他の招待された貴族令嬢や侍女達は遠巻きに眺めるだけだ。
レオナルドの薄い唇から溢れた問いに答えたのは、令嬢達の中でも一際落ち着きのある淑女だった。
「レオナルド様にふさわしい方について、お話なさっているのですわ」
「ハンナ? どうしてここに?」
レオナルドの乳姉妹にしてトイドール伯爵家嫡男の婚約者、ハンナ・ヴァイストである。婚約したばかりの彼女は、レオナルドの婚約者候補を選抜する目的のこの茶会に招待されることはないと思っていたのだが。
「王妃様にどうしてもと仰られたら参らないわけにはいきませんわ。リーゼロッテさんのお手伝いをしなければならないんです」
「リーゼロッテ嬢の? どんな手伝いなんだい?」
「……秘密、ですわ」
唇に人差し指を当ててうふふと笑うハンナは、色っぽさよりも包容力を感じる。
小さな頃からそうだった。大人達には蝶よ花よと可愛がられていたが、同い年のレオナルドからするとかわいいよりも温かい、ついつい甘えたくなってしまうような少女だった。
オレンジ色の長い髪をゆるく結い上げ、前髪を上げたポンパドールとか言う髪型をしているのは昔となんら変わらない。
動作一つ一つがおっとりと美しいのも、小さい頃から変わらない。
ただ、ハンナがレオナルドの隣に立つ未来が見えなくなってしまっただけだ。それだけなのに、なぜかとても遠く感じてしまう。
「リーゼロッテ嬢と、あれは……ベアトリーチェ嬢か。何があったんだい?」
チリリと痛む胸に気づかない様に、レオナルドはリーゼロッテ達の方に視線を戻した。
リーゼロッテと睨み合っている集団の先頭に立っていたのは、派手な紫のドレスと煌びやかな宝石をあしらった銀の髪飾りをつけたベアトリーチェ・バーミンガムだった。レオナルドの認識では、夜会などでよく話しかけてくる令嬢達のリーダー的存在だ。
リーゼロッテが皆から愛される高嶺の花ならば、ベアトリーチェは皆から恐れられる孤高の虎とでも言おうか。今もリーゼロッテと対立している令嬢達は、ベアトリーチェの後ろに従って並び立とうとするものはいなかった。
「リーゼロッテ様がこの場にレオナルド様に相応しい女性はいらっしゃらないと仰ったことで、ベアトリーチェ様とそのお友達の方々の反感を買ってしまったようなのです。それで、この様な状況に」
「なんだってそんなことに……」
「リーゼロッテ様にはお考えがあるんですよ。レオナルド様は大船に乗った気で安心なさって大丈夫ですわ」
あいかわらずうふふと笑うハンナに、レオナルドは後ろ頭を掻いた。
大船に乗った気と言われても、そもそも何を企んでいるのかもわからないのに安心できるわけもない。
そんな話をしている間もリーゼロッテとベアトリーチェは睨み合ったままだ。
しばらくレオナルドが会場にやってきたことに気づかずに睨み合っていた両者だったが、リーゼロッテが遠巻きに眺めていた令嬢達のざわめきでレオナルドの存在に気づいことで一時休戦となった。
「殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
「やあ。元気そうで何よりだよ、リーゼロッテ嬢」
「レオナルド様! 私ったらレオナルド様がいらっしゃっていたのにご挨拶もせず、失礼いたしました。本日は、お招き頂きありがとうございますわ。レオナルド様にお会いできるまたとない機会ですから、精一杯着飾って参りましたのよ」
「ああ、うん、よく似合ってるよ、ベアトリーチェ嬢」
軽く膝を折って挨拶をしたリーゼロッテに対し、ベアトリーチェはこれでもかとばかりに距離を縮めて話しかけてくる。小心者のレオナルドは少しだけ後ずさりながら、それでも王太子としての風格は無くさない様ににこやかな笑顔で対応した。
正直、自分の色のドレスと髪飾りをつけられると、なんだかすごく迫られている様で落ち着かない。精一杯着飾ってその色を選んでくるあたり、王太子妃になる気満々に見える。
苦手だ。あと、さほど親しくしたわけでもないのに名前呼びは馴れ馴れしいと思う。
――胃が、痛い。
自分に若干胸を押し付けてくるベアトリーチェを前に、レオナルドはため息を噛み殺した。
「わたくし、思うのですけれど」
レオナルドがやってきたことで無為な睨み合いから解放されたリーゼロッテは、この場で唯一事情を知っているハンナについつい本音を吐いた。
「悪役になるのであれば、ベアトリーチェ様の方が適任ではありませんか?」
「ベアトリーチェ様はレオナルド様の恋路を本気で邪魔してしまうので、王妃様のアウト・オブ・眼中でしたの」
「そもそも王太子妃になるかもしれないとも思われていないあたり、報われないですわね」
深窓の令嬢というに相応しい外見をしたリーゼロッテとハンナが、扇で口元を隠して内緒話をしている姿は、とても絵になる。話している内容は女子特有の陰口だったとしても。
「殿下もお可哀想に。苦手な女性を拒絶できないなんて優しすぎるのも難あり、ですわね」
「リーゼロッテ様、それは違いますわ。彼はああして優しい顔をしていますが、実際は意気地なしなだけなのです。昔はクモ一匹出てきただけで飛び跳ねてましたから」
「それは、それは……」
テオドールみたいだな、とリーゼロッテは思った。今でこそ剣術を習って男らしくなったが、昔はいつもリーゼロッテの後ろで様子を伺っている様な少年だった。
「ですから、私の可愛い幼なじみのために一肌脱いでくださらない? 未来の国王様に恩を売ると思って」
にこりと笑うハンナの顔には、いつもの優しげな笑顔が浮かんでいた。できの悪い弟を見る様な、そんな笑顔だ。
「もちろんですわ。一先ずベアトリーチェ様にはご退場願いたいところですわね」
「お手伝いいたします」
二人は顔を見合わせ、余裕を感じさせる笑顔でレオナルドに引っ付いたままのベアトリーチェの元へと足を進めた。
リーゼロッテの手の中には、悪役令嬢なら一度は使ってみたいアイテムである、羽を贅沢にあしらった扇があった。




