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悪役令嬢は嫌われたい  作者: あさり
本編
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アリスの居ないトイドール伯爵領で、リーゼロッテはテオドールと共にしばらくその土地を見て回った。アズベルトの好意で馬車を出してもらい、御者に案内をしてもらう。


ここ数日はずっとそのように過ごしていた。他にすることがないのだ。王都の屋敷やマグロス侯爵領に帰ってもいいのだが、せっかく来たのだからもう少し非日常を満喫したいと言う思いがあった。


トイドール伯爵領はアレクサンドル公爵領にほど近いだけあって、夏でも過ごしやすい気候で人々も疲れ切った様子はない。


知らない土地はそれだけで興味深いものだが、とりわけテオドールは伯爵領の産業に興味を持ったらしく、毎度毎度御者と熱心に話し込んでいた。


「公爵領はあまり農業は盛んじゃないんだが、ここもやっぱり土地は細いんだな。畑があっても芋ばかりだ」

「そうですね。その代わり、ここでは織物や雑貨を生産しております。ちょうどこの馬車の意匠を見ていただければお分かりになると思いますが、異国から伝来したものです。旦那様が積極的に生産を働きかけまして、現在の伯爵領の主要な産業にまで発展いたしました」

「俺のところは観光業を主な収入源にしているが、そうか。他から輸入した材料を使って商品を作るのも一つの手なのか」


領地経営に関する勉強を始めてから、テオドールは様々なところで己を高めるように情報を吸収するようになった。


リーゼロッテはと言うと、その手助けになりたいとは思いつつも()()他家の領地の話のために口を挟まないでいた。


そもそもリーゼロッテは小難しい話が苦手だ。産業など分かりやすい話はまだ興味を持って話すことが出来るが、それが他領地との貿易や投資の話になるともうついていけない。小難しい話は理解はできるが考えたくはないと言うのが、リーゼロッテの素直な気持ちである。


なので、テオドールが御者と話す様子を黙って見ていることにした。少し前までは剣術ばかりに明け暮れて勉強が大嫌いだったテオドールが、今は将来を見据えて自己研鑽に励んでいる。


テオドールの横顔を見つめ、リーゼロッテは思う。


――真っ直ぐに未来を見つめる瞳が、好き。


そんな考えが頭に浮かび、リーゼロッテはそっと頰を赤らめた。


どこかの少女小説で読んだことのあるフレーズが自分の脳から出てきたことが、とんでもなく恥ずかしかった。




領地見学を終えてトイドール邸に帰った二人を待ち構えていたのは、喜色を満面に浮かべたテディだった。


「ハンナさんとの婚約が成立しました!」

「ええ!?」

「早すぎないか?」


王太子殿下と乳兄弟でシャラマイユ学院の三年生、ハンナ・ヴァイスト男爵令嬢と恋仲であるとアズベルトに伝えたのがほんの数日前ほど。それから婚約の申し込みをして承諾され、なんと両家の顔合わせも済んだと言うではないか。


「先方がなにがなんでもこの縁談を成功させたい様だったんです。ヴァイスト男爵はやり手の実業家でいわゆる成金なのですが、今後のことを考えると家に箔をつけたかったらしく。その点、トイドール家は建国当時からある由緒正しい家系ですから」


今にも飛び上がらんばかりに喜びを胸にたたえたテディは、珍しくペラペラとことの次第を二人に話した。


「久しぶりに彼女に会いました。ドレス姿はとても綺麗で、あんな美人な方と一緒になれるなんて僕は幸せ者ですよ」

「はいはいそーですか」

「よかったなー」


惚気は他所でしてほしいとリーゼロッテは気の抜けた返事をする。テオドールもどうやらその様子なのだが、テディが気づくことはない。人の機微に敏感なテディがこんなことになるとは、よっぽど嬉しいのだろう。


「これでアリスさんが帰って来てくれたら、心配事はなにもなくなるのですが」

「アリスが家出した理由に心当たりはないの?」

「無いですよ。あったらとっくに解決してアリスさんを迎えに行きます」


前言撤回。アリス()のことに関しては機微も何も無いらしい。アリスの家出の原因はどう考えてもテディが関係しているだろうに、当の本人は首をひねるばかりだ。リーゼロッテはその盲目さにため息をついた。


なんとなく予感していたことだが、テディは結構なシスコンであるらしい。


「アリスもこんなお兄ちゃんを持って、大変ね」

「どういう意味ですか。クラウス様より断然いい兄だと思いますけど」

「兄さまは今は関係ないでしょう。困った人だってことはわかってるわよ」


自分の兄の話になり、リーゼロッテははたと今回の騒動で考慮しなければならないことを思い出した。


リーゼロッテの兄、クラウス・マグロス。次期騎士団団長の攻略対象である。三人いる攻略対象の中で唯一アリスに明確な好意を抱く人物だ。


「ねえ、テオ。アリスが家出したことは、何かのイベントかしら?」

「ん? ……ああ、乙女ゲームの?」


一瞬、本気でなんのことかわからなかったらしい。えらい気の抜きようだが、リーゼロッテもついさっきまで思い当たらなかったので何も言えない。


正直、乙女ゲーム云々よりもアリスとテディが兄弟だったことや、テディが急に貴族になったりアリスが行方不明になったことの方が、重大なこととして頭を占めていた。


テオドールが脳内に検索をかける。この現実はシナリオにあったのかどうか。結果はすぐにでた。


「シナリオにヒロインが家出するような突飛な展開はなかったと思うぞ。あったら流石に覚えてる」

「そうなの? すごく物語チックというか、小説にありそうな展開だと思うのだけれど」

「確かに、同級生が兄弟だったなんて現実ではあり得ませんよね」


リーゼロッテの言葉にテディが同調する。自分の身の上を知っていたからこそのこの余裕だろうが、何も知らずに突然貴族だと言われたアリスはどんなに混乱しただろうか。


「こう思うと、アリスの人生はこの半年で波乱万丈にもほどがあるくらいに波立っているのね」

「乙女ゲームのヒロインなんだから当たり前だと思ってたけど、現実、なんだもんなあ」


自分たちの認識の甘さを思い知る。アリスはヒロインだから、当たり前。そんな風に思っていてはダメだったのだ。ゲームのヒロインはこの世界では実在する人物で、普通の女の子なのだから。


「……アリスが帰って来たら、本当のことを話した方が良いんじゃないかしら」

「と言うと?」

「私達が知っていても、アリスが知らなければ意味がないと思うの。アリスはこれからどんな困難が待っているかわからない、もしかしたら誰にも打ち明けられずに苦しんでしまうかもしれないのよ? 私達が味方だってこと、アリスにはわかっていてほしいの」


友達はどんなことも話し合えるような関係でなければいけないと、リーゼロッテは思ったのだ。


そんな考えに異を唱えたのは、意外にもテオドールだった。


「味方であることはアリスにはもうしっかり伝わってると思うぞ。それに、乙女ゲームのことを伝えたところで今以上にアリスが混乱するだけだろ」

「でも、ずっと秘密にしてるなんて酷くない?」

「酷くないだろ。誰だって秘密の一つや二つあるだろうし」


テオドールがチラリとテディを見る。


「親友がずっと秘密にしていることがあったとしても俺は親友を信じてるし、何か事情があったんだろうって考える。リズは違うのか?」

「それは……」


リーゼロッテは言葉を詰まらせた。確かに、秘密がある事を悪だと言ってはいけない気がする。


「少なくとも、秘密の有無が友情に関わることはないと俺は思う。秘密の共有がないからこその気軽に話せる存在も必要だろうし」


テオドールの言葉に、リーゼロッテは完全に言葉をなくした。


その通りだと、思ってしまったのだ。


「まあ、俺個人の意見だけどな。秘密を抱えたまま10年付き合って来た親友はどう思ってるのか知らないし」


カラッと空気を変えるようにテオドールがおどけるようにして言う。それに反応したテディは、わざわざへりくだった姿勢でテオドールに対応した。


「テオドール様はあくまでも主人であるとの認識でしたので、私めの親友などとおっしゃっていただき恐悦至極にございます」

「やめろよ! お前そんな態度とったこと一度もないだろ。なんか悲しくなる!」


二人の茶番に、リーゼロッテは心が温かくなるのを感じた。


こんな関係もあるのだ。


アリスがリーゼロッテに話せないことはリーゼロッテは知らなくて良いことで、アリスを信じてあげればそれで良い。


そんな風に思ったら、アリスの帰りを待つのも悪くはないと思った。


――旅先であった面白いこと、たくさん話して貰おう。


アリスはきっと、リーゼロッテにわかりやすいようにと言葉を駆使して話してくれるはずだ。それでも上手く伝わらなくて、悔しがる。


そんなアリスの姿が目に浮かび、リーゼロッテは小さく笑みを漏らした。



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