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「アリス! 久しぶり!」
「リズさん! お元気そうで何よりです」
およそ二週間ぶりに顔を合わせたリーゼロッテとアリスは、お互いに手を取り合って再会を喜んだ。たったの二週間だろうとテオドールは思ったが、自分もリーゼッロテと三日話さないだけで寂しさを募らせていたので人の事が言えない。
「ここではただのリズだから、そこの所よろしくね。あなたもただのアリスよ」
「はい。任せてください」
貴族令嬢の普段着は基本的にドレスだが、ここでのリーゼッロテとアリスは平民である。ゴワゴワしたシャツに膝丈のスカートを身に付けていた。
どこからか子供達が数人楽しげに笑っている声がする。と、思ったら、こちらに向かって手を振る人影があった。
「リーズー! 誰そいつ!」
「私の友達よ! 丁重に扱いなさい!」
遠くから声をかけられ、リーゼッロテが声を張り上げてそれに答える。悪ガキ然とした男の子は大きく手を振り、よろしく! と言って走り去っていった。他の男の子に追いかけられているようだ。どうやら鬼ごっこをしている途中だったらしい。
「あら、楽しそうね。混ぜてもらいましょう」
「はい!」
その輪の中に、リーゼッロテたちも突入していった。
「いつまでたってもガキだなぁ」
「またまた、そこもいい所だと思ってるくせに」
鬼になって猛然と男の子を追いかけるリーゼッロテを眺め、テオドールが呟く。テディもその様子を微笑ましそうに見ていた。
リーゼロッテは小柄な体躯からは想像もつかないパワフルな走りを見せ、男の子をしっかりと捕まえていた。タッチするだけにとどまらず、手首を掴んで捻り上げ押さえつけたのだ。悔しそうにジタバタする男の子の上で、得意げに高笑いしている。
テオドールは密かに捕まった男の子に同情した。
次の鬼が目をつけたのは、飛び入りで入ってきた公爵領では見たことのない新参者だった。
木の上に隠れていたアリスが鬼に見つかり、間髪入れずに飛び降りて逃げ出す。スカートが翻って中のすらりとした足が露わになり、鬼をしていた男の子は顔を赤らめた。
「アリスもなかなかだな」
「結構アクティブですね」
一緒に遊んでいる男の子たちはみんな年下である。そもそも十五歳にもなって缶蹴りに興じるような子供はリーゼッロテたちぐらいだ。
「テオ様、そろそろ」
「そうだな」
しばらく白熱の缶蹴りを観戦していたテオドールであったが、テディの声かけで名残惜しそうにそこを離れる。
テオドールは次期宰相であり、公爵領の次期領主でもある。領地経営も少しずつ学び始めていた。
テオドールが勉強している間、テディはその側に付き添ってサポートをする。優秀な従者は領地経営のイロハも習得済みなのだ。
リーゼロッテとアリスが遊んでいるのを羨ましげに思いながらも、自室の机に向かった。窓の外からリーゼロッテの気合いと男の子の悲鳴が聞こえる。
怪我なく遊んでくれるといいなと、テオドールは思った。
しばらく集中していたテオドールは、肩が重く凝り固まっていることに気づいて軽く伸びをした。外からは相変わらず楽しそうな声が聞こえるが、そういえばいつからかリーゼロッテとアリスの声が聞こえなくなっていた。
どこか別の場所に遊びにいったのだろうか。そう思いながらテディを探し体を捻って部屋を見回す。何か軽くつまめるものを用意してもらうつもりだった。
「あら、休憩時間?」
しかしそこにいたのは質素な格好をした侯爵令嬢であった。ソファーに腰掛け、テオドールが使用人に頼んで用意してもらった経営学の本を広げている。
随分前から居たようで、側には空になったカップが置いてある。お菓子の包み紙も何枚か散らばっていた。
思わぬ人物に驚いたテオドールは思わず椅子から小さく腰を上げた。
「何やってるんだ?」
「何って、読書よ。外で遊ぶのにも疲れちゃったし少し休もうかと思って」
リーゼロッテの言い分に反して手に持っている本は休む目的で読むようなものではない。
テオドールはリーゼロッテが何を考えているのかわからず、座っている椅子の背もたれに手をかけリーゼロッテをじっと見つめた。その視線から逃げるようにリーゼロッテが視線をそらす。心なしか頰が染まっているように見えた。
「べ、別に私が何を読んだって関係ないでしょ」
「そうだけど」
そもそもリーゼロッテは小難しい本は嫌いなはずである。自室の本棚には冒険活劇や恋愛小説などしかなかったはずだし、図書館で借りるのも殆どが娯楽小説だ。それでいて勉強はできるのだから、努力をしないと学院の授業についていくこともままならないテオドールからしたら羨ましい限りである。
リーゼロッテの頭脳ならば今読んでいた本もすぐに自分のものにすることが出来るだろう。
そんなリーゼロッテは、やっと解放されるとばかりに大きく伸びをした。
「ほら、休憩するならどこか行きましょ。少しくらい体を動かした方が集中できるわ」
ソファーから腰を上げ、テオドールの座っている椅子に近づく。さあさあ行きましょうとリーゼロッテに急かされて、テオドールは腰を上げた。
「行くってどこに?」
「どこか! テオが決めて」
リーゼロッテはいたずらな笑顔を浮かべ、高い位置にあるテオドールの顔を見上げた。突然の世界一の笑顔にテオドールがたじろぐ。
「わ、わかった」
そう答えるとリーゼロッテはまたもや笑顔を輝かせ、おもむろに窓に近づき窓枠に足をかけた。
「それじゃ、裏口集合ね」
「待て待て待て」
二階の窓からひらりと飛び降りたリーゼロッテは音を立てずに美しい着地を決めると、窓から身を乗り出して下を見ているテオドールを一度仰いで手を振り、駆けて行った。
相変わらずの高い身体能力に感心するが、年頃の娘としてはどうかと思う。領主の息子の部屋に平民の娘が出入りしているのが知られたら面倒だと言う配慮があっての行動だと分かってはいるが、他に方法はなかったのだろうか。
「生き生きしてるな……」
小さく呟きくすりと笑う。リーゼロッテを待たせることはできないので、それからすぐにテオドールは部屋のドアを開けた。正規の方法で裏口に向かうのだ。
その道中、アリスとすれ違う。身元がはっきりしないはずの人物が我が物顔で闊歩する事が出来てしまう実家に不安を覚える。今に始まった事ではないが。
「お勉強は終わったんですか?」
「いや、ちょっと休憩しようと思って。リズと何処かに行ってくる。アリスも……」
「そうですか。いってらっしゃい」
テオドールが一緒に行かないかと誘う前にアリスに遮られてしまう。
もう一度誘おうと口を開くテオドールだったが、その前にまたアリスが先に口を開いた。
「ダメですよテオさん。せっかくリズさんと二人きりでデートなんですから、他の人を誘うなんて言語道断です」
「デート?」
「デートですよ! ほら、早く行ってあげてください!」
バシンと背中を叩かれ、テオドールの肩がびくりと上がる。かなり力強く叩からたので普通に痛い。初めて会った時はこんなことをするような娘だとは思っていなかったのだが。
どうやらリーゼロッテの影響を受けすぎているようである。
「普段はカッコいいリズさんだって乙女なんですから、たまにはテオさんがエスコートしてあげてください。せっかくのデートですもん」
「いや、だからデートってわけじゃ……」
「デートです」
今度は軽く肩を押された。アリスの強気につり上がった目が優しく微笑む。
「楽しんできてくださいね」
これがヒロインの力かと、テオドールは思った。デートだデートだと言われるとこれから二人で出かけるのが恥ずかしくなってくる。
「が、頑張る」
「はい」
自然と顔が火照てくるのを自覚しつつ、アリスと別れた。
どこに行けばリーゼロッテは喜ぶだろうか、そんなことを考えつつ裏口に急いだ。




