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「本当にいるんだな。月光の赤眼」
「わかってて話を聞きに来たんじゃないんですか?」
「いや、確証が持てなかったから伯爵に直接確認を取ろうと思ってきたんだ」
執事さんが教えてくれたから手間が省けたとホクホク顔のレオン。王太子として伯爵と対峙するのが面倒くさかったと見える。
「それだけですか? その話を聞くためだけに、わざわざここまで?」
「まあね」
信じられない。それこそ、前に得意げに話していた私設隠密部隊に頼めばいいじゃないかとアリスは思った。
「残念ながら、みんな家族サービスやバイトのシフトが入っていて断られたんだ」
「何のための私設部隊なんですか?」
アリスは、もう何度目か分からない呆れ顔を浮かべた。
「で、本題なんだけど」
「本題はもう終わりましたよね」
「いや、俺の最後の夏が決まる大事な話なんだけど」
いつにも増して真剣な顔をするレオン。アリスは彼が何を言い出すのか何となく見当がついていた。
「いつ公爵領に行くんだ?」
「いつでも良いですよね。レオンは関係ないですから」
はいさよならお帰りください。アリスの塩対応にもレオンは挫けない。
普段は少し睨まれただけで怯えてしまうヘタレオンであるが、今回ばかりは引くことはできない。なにせ、学生時代最後の夏が楽しい思い出になる為の大事な大事な布石なのだ。
「駄目だ。付いて行くぞ。危険だからな!」
「何が危険ですか! 遊びたいだけじゃないですか」
「河原は水に流される危険があるし、バーベキューは食中毒の危険があるだろ」
「レオンの遊びのボキャブラリー少なすぎません? 前も河原でバーベキューって言ってましたよね?」
アリスの辛辣な一言に、レオンではなく執事長が目頭を押さえた。この短い間で、執事長の孫とレオンが重なって見えてしまっていたのだ。
ちなみに執事長の孫は十二歳のませた少年で、少し捻くれたところがあり一緒に遊んでくれる友達がいない。それを執事長はとても心配していた。
だから、レオンに助太刀してあげたくなってしまったのだ。
「お嬢様、殿下が一緒に行かれてもよろしいではないですか」
「甘やかしてはいけません。レオンには私の兄弟を探すという使命があるのですから」
「その問題は私の方でも取り組みます。旦那様にも事情を説明し、勘当なさった坊っちゃまの行方を追いましょう」
この坊っちゃまとは、アリスの父親のことである。メイドをしていたアリスの母親と駆け落ちし、その先でアリス産んだばかりの母親を捨てた最低の男だ。
「ナイス執事さん。さらに、今回は機能しなかった私設部隊が夏季休暇の後半には王国各地に散らばって捜査を続けてくれるそうだ。どうだ、暇ができた俺はアンタの護衛が出来るぞ」
「いらないです」
「いろんな脅威から守ってやるぞ」
「結構です」
「クラウスが突然訪ねてくるかもしれないぞ」
「む」
クラウスの名前に、アリスの鉄壁のガードが緩んだ。それほどまでに警戒されているのかとクラウスが可哀想になるが、ここはしっかり利用させてもらおう。
「クラウス様が公爵領に行くことはあり得るんですか?」
「普通にあるな。去年もリーゼロッテ嬢に会いに行ったがすれ違いになったと言っていた」
本当はすれ違いになったのではなく本性丸出しのリーゼロッテが意図的に避けていたのだが、それを口に出すようなアリスではない。
友達が隠したがっていることは人に話さない。常識である。
「クラウス様が来たところでレオンが役に立ってくれるとも思いませんし。レオンは王都に戻って片思い中の乳姉妹さんに少しくらいアプローチしたらどうです?」
「ちょ、何言ってんの!?」
友達の隠し事は人に話さない。が、レオンの場合はまた別の話である。
アリスの中で、レオンの存在は他の人々の存在とは大きく隔たりができていた。少なくとも、リーゼロッテのような仲の良い友達ではない。強いて言うならからかい甲斐のある協力者だ。
「おや、殿下には想い人がいらっしゃるのですか」
「そうなんです。ハンナさんという方で、おっとりした癒し系美女です」
「その話は一旦やめよう」
レオンの顔がアリスの髪よりも真っ赤に染まる。少し気の毒に思ったのと話が逸れてしまっていることに気づいたのとで、アリスは素直に黙ることにした。おとなしく紅茶のカップに口をつけるアリスを見て、レオンが安心のため息をつく。
「ほんとに、突然ぶっこむのはやめてくれ」
「すみません。ついつい」
なんとなく、テオドールをからかうリーゼロッテに似てきたなとアリスは自己分析をした。四六時中一緒にいるとやはり影響を受けてしまうようだ。
「とにかく、俺は付いていくからな。安心しろ、こんなこともあろうかとずいぶん昔に公爵領の一軒家を購入済みだ」
「なにしてるんですか。人気の別荘地の一軒家なんて高かったでしょう」
「少し縁あって手を出した商売でぼろ儲けしてな。とにかく金が使いたい時期があった」
「どうしようもないですね」
「初めて自分で稼いだ金だったからな。十二歳なんてそんなもんだ」
「十二歳!?」
執事長は二人の話を聞きながら、このレオンという男は何者なのだろうかとつくづく不思議に思った。機能しない私設隠密部隊を持っていたり若くして商売で成功していたり、一国の王太子殿下というのはこんなにも癖のある経歴が必要なのだろうか。
実際は、転生者ならではのテンプレをレオンが意識しつつ行動してきた結果である。どんなジャンルの転生者も個人に仕える隠密を持っているし、前世の記憶をもとに一旗揚げるものだ。
あちらこちらへ飛んで行ってしまうアリスとレオンの会話だが、結局はもとの話題に戻る。レオン公爵領に行くいかない問題だ。
「しばらくはここで宿をとってあるから、出発の時になったら教えてくれ」
「教えませんから」
いつまでたっても平行線なやり取りにしびれを切らしたレオンが、アリスに無理矢理約束を取り付けて腰を上げる。トイドール伯爵が帰ってくる前に屋敷を立ち去りたいようだ。
「執事さん」
「はい。お任せください」
アリスが自分に連絡を取ってくることはないだろうとわかっていたレオンは執事長に目配せする。執事長はその意図を察し、しっかりと頷く。
こうしてレオンはちゃっかり協力者を得て、アリスの意志に関係なく公爵領行きを確実のものにしたのだった。
「執事長を使うのはずるいと思います」
「俺の戦略勝ちだな」
公爵領行き乗り合い馬車の停留所で、小さな旅行鞄をそれぞれ肩に下げたアリスとレオンは横に並んで立っていた。予定の時刻になっても一向に馬車が来る気配はない。田舎ではよくあることで、そのつもりで予定を組み立てていたアリスたちは焦ることなくのんびりと馬車を待っていた。
今のレオンはアリスと初めて会った時のように黒髪黒目の青年になっていた。特注のウィッグと目薬で王家の色である銀髪と紫の瞳を隠しているのだ。今回は万全を期し、声色まで変わるように薬を服薬していた。
「薬漬けですね」
「人聞きの悪い言い方しないでくれ」
いつもの軽口もなんだか言葉の端が踊っているようである。近づくバカンスに二人とも浮き足立っていた。
「ほんとにいいんですか、公務的なものは?」
「学院に通っている間は式典以外は免除されることになっている。次は秋の豊壌祭だからな。夏のあいだはフリーだ」
「なるほど」
アリスが前を向いたまま隣に立つレオンに話しかけ、レオンがそれに答える。レオンはわかっていた。アリスは単純にレオンが無理をするのではないかと心配で公爵領行きを拒否し続けていたのだ。もちろん駄目だと言い出して意地を張ったところもあるだろうが。
アリスの横顔をちらりと伺う。普段はきつく吊り上がった目元が少しだけ和らぎ、口角がわずかに上がっている。
いつもそういう顔をしていればいいのにと思ったが、そもそも不機嫌な顔がデフォルトなのは自分の前でだけなのではないかと思い至り、まあいいかと思い直した。
「楽しみだな」
「そうですね」
遠くから、リズミカルな馬車の音が聞こえてきた。軽い馬の足音に二人は胸を高鳴らせた。




