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リーゼロッテは誰からも愛される少女だった。可愛らしい容姿に、耳に心地よい鈴の転がるような声。誰に対しても物腰は柔らかく、侯爵令嬢の立場を振りかざすようなことは決してない。常に周りの人々に気を配り、自分のできる範囲で手助けをする。頑張り屋で無理をしてしまうこともしばしばあるが、それすらも愛おしい。そんな少女だ。
__と、周りからは思われている。というより、思われるようにしている。
「嫌われるってどうすればいいのよ」
幼馴染の突拍子もない提案に、リーゼロッテは唇を尖らせた。
「あんたみたいに無愛想にして周りにブリザードでも吹き散らしておけばいいわけ」
「そんなことしてないだろう」
「してるじゃない。何人のご令嬢があんたに特攻して涙目になったことやら」
そのフォローをしてるのは私なのよ。そう文句をつけるリーゼロッテの眉間に、テオドールが長い指を押し当てる。いきなりのことに目を丸くするリーゼロッテに、テオドールが諭すように言った。
「そのフォローがいらない。不特定多数に恩を売るな。あだで返される」
「恩を着せたつもりはないけど」
「当人たちは感じてんだよ。で、変に気を使ってお前を奈落に突き落とす」
テオドールが何を言っているのかがわからない。首をひねるリーゼロッテ。
「リーゼロッテが恋している相手にどこの馬の骨とも知らない女が近寄って過剰に反応するのは、恩を感じている奴らだったんだよ。健気に張り裂けそうな胸の痛みに耐えるリーゼロッテのために、立ち上がるのは今しかない。で、暴走した結果悪事の首謀者としてリーゼロッテは告発されて修道院行き」
「そんなことって……」
眉をひそめつぶやくリーゼロッテに、テオドールは続ける。
「ま、人望がなければ良いってことだ。どんなに悲しんで落ち込んでも、同情してくれる人がいなかったら何もできないはずだ。シナリオのリーゼロッテは、だが」
「なに? 現実の私は一人でも平気とか、そんなことが言いたいわけ? その通りよ!」
「何言ってんだ。俺がいるだろ」
「わかってるわよ、そんなこと」
テオドールがリーゼロッテの敵に回るはずがない。そして、それは逆もまたしかり。
例えばの話よ。そう言って、リーゼロッテはここに来て初めて紅茶を飲んだ。すっかり冷めてしまっている。口に残る渋みに眉をひそませたリーゼロッテは、ふと幼馴染の従者の存在がそばにないことに気づいた。いつもなら、紅茶が冷める前にさりげなく淹れなおしてくれているはずだ。
「珍しいよな。普段はそんなことしないやつなのに」
「そうね」
テオドールは辺りを見回した。その様子だと、テオドールも自分の従者がどこに行ったのか分からないらしい。
あの恐ろしく気の利く男のことだ。テオドールの並々ならぬ告白の決意を感じ取り、2人きりになるよう部屋を出て行ったのだろう。
リーゼロッテは考える。
あの男も、この面倒ごとに巻き込んでしまうのはどうか。テオドールは自分の一番の味方でいてくれるだろうが、どこかずれている。真面目に明後日の方向に突き進んでいくテオドールの軌道修正をしているあの男なら、何かと頼りになるはずだ。
「テディにも話そうと思っているんだ」
自分が話そうとしたことを先に言われ、リーゼロッテは迷うことなくうなずいた。
テディはテオドールの友人であり、リーゼロッテの友人でもある。そして何より、二人は彼に全幅の信頼を寄せていた。
こうして、悪役令嬢に二人の仲間ができる。幼馴染とその従者だ。リーゼロッテが家族以外に本性を見せられる二人でもある。
ここにもう一人加わることで、物語は進みだす。