22
「俺が転生者で、前世の創作物の中にこの世界があるって事はいいな?」
「はい」
「で、その創作物ってのが『私の鍵を開けて』通称『愛鍵』って乙女ゲームで、アンタはその主人公。乙女ゲームってのは、主人公が俺みたいなイケメンと恋愛をする様を楽しむ娯楽だ」
「私が主人公であなたと恋愛をすることになるって事ですか?」
「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。攻略対象は俺とクラウスとテオドールの三人だけど、相手が誰かはヒロインの行動によるから」
「ただの恋愛小説ではないんですね」
『この世界は乙女ゲームなんだ!』というレオンの決死の告白を聞いて、アリスがまず思った事は『乙女ゲームとはなんぞや』であった。
レオンに乙女ゲームの概要を説明してもらいつつ、今の自分の状況と乙女ゲームのシナリオを比較する。
「まず、ヒロインは地方都市アクスムで働く平民。突然トイドール伯爵の孫だったことがわかり、貴族としてシャラマイユ学院に入学する」
「あってます」
「テオドール・アレキサンドと同じクラスになる。誰に対しても冷たいテオドールと貴族になったばかりで礼儀作法が不得意なヒロインの二人はつまはじきものにされ、二人きりでグループを作ることになる」
「ダウト! テオさんはモテモテだったし、私はすでにリズさんと友達になっていたのでボッチではなかったです」
手を高らかと天に突き上げ、宣言するアリス。予想外に大きな声で、あわてたレオンに口を押えられる。ここは寮の裏なのだ。誰かに聞かれたら、夜中に寮を出ていることがばれてしまう。アリスが目で済まなかったと謝れば、レオンはやれやれと言った体で放してくれた。
「頼むぞ。ここで見つかったら王子様キャラが崩れる」
「気にするところそこなんですか」
呆れた声でアリスがつぶやく。それを気にすることなく、レオンがシナリオの説明の続きを始めた。
「テオドールと親しくなったヒロインは、課外授業でクラウス・マグロスと同じ班でシンデレラの発表をすることになる。同じ班にはクラウスの妹リーゼロッテがおり、彼女がシンデレラを、ヒロインは義姉をすることになる。ダンスが踊れないヒロインは放課後クラウスとダンスのレッスンをすることになる。徐々に距離を縮める二人。自分の容姿をコンプレックスに思っていたヒロインを、クラウスは優しく励ます」
「ダウト! 私がシンデレラ役でしたし、その、コンプレックス云々は他の方に励ましてもらいましたから」
「ほう、誰に?」
「そ、そんなことはどうでもいいです。それに、私はすでにクラウス様をフッたので、これ以上の進展はないです」
取り繕うように加えられた情報で、レオンは美しい顔が台無しになるくらいに目を見開かせた。ついでに口もぽかんと開く。
「え、マジ?」
「マジです。そもそも、家督を継がなければいけない長男とは恋愛をしないと決めているので」
「え、なんで?」
「トイドール家を波風立てずに存続させるためですよ」
淡々と語るアリスを見て、レオンは自分の直感が正しかったことを確信した。
「そうか。やっぱりアンタはヒロインよりも可愛くないな」
「どういうことです、それ」
吊り上がった猫目をさらに吊り上げ、レオンを睨む。その迫力は普通の男ならビビッて後退りの数歩でもしただろう。
現に、レオンは恐怖で肩を強張らせて三歩ほど後ろに下がった。
「何やってんですか。王太子のくせに」
「転生者だって言ったじゃん。前世の性格を現世でも引きずってんだよ」
そして、その距離感を保ったままアリスに説明を加える。
「愛鍵のヒロインは、自立心の強い少女だ。他人に頼ることを良しとせず、何でも自分一人で何とかしようとする。それが自分に負荷をかけすぎているとしても、ヒロインは気づかないふりをして一人で頑張り続ける。少女自身の外見も強気に見えるし、周りの人々はヒロインが無理をしていることに気づかない。そうして人知れず疲れ果てたヒロインを癒すのが、攻略対象たちってわけ。ヒロインはコロッと落ちて、家のこととかもろもろ放棄して嫁入りするわけだ」
「私に似た人がそんなことをするなんて、胸糞悪いですね」
「そういうところが可愛くないっつってんの」
ふんっとアリスが鼻息を荒くする。可愛くないと言われたところで、性分なのだから仕方がない。
「アンタは周りに助けを求めないどころか、自分で答えを決めてそれ以外には耳を貸さないんだろ」
「それは、そうかもしれませんね」
「まあ、それでまわりの奴らが放っておくかどうかは知らないけど」
意味深なセリフを吐いたレオンは、コホンと咳払いをした。絹の銀髪が揺れる。仕草がいちいち絵になるのだが、残念ながらそれに惚けるようなアリスではなかった。
「話を戻すぞ。ヒロインはテオドール、クラウス達と出会って親しくなったわけだから、残りは俺だな。俺との出会いは簡単だ。ヒロインが木から降りれなくなった猫を助けようとして自分も降りられなくなる。そこにお忍び姿の俺が通りかかって助ける。俺が憎まれ口をたたいて、ヒロインが反抗する。それから頻繁に顔を合わせるようになっては口げんか。だけどだんだんお互いが気になるようになってデートをして、その時に俺が自分の正体を告げる、という。ちなみに、俺が寮の抜け道を知っていたのはシナリオでヒロインが俺に教えていたからだ」
「ダウト! 出会いからして違いますね」
「そりゃあ、わざとそうしたから」
そして得意げに胸をそらしてレオンが続ける。
「シナリオ通りにならないように全てをすっ飛ばしてデートに誘ったんだ」
「雑ですね」
「それでもこれで俺ルートにはならないだろ」
それはまあそうだが。アリスはどこか釈然としない気分でレオンの話を聞いていた。
「シナリオの大半はヒロインが一年の時に終わる。このままうまくいけばアンタは攻略対象の誰とも結ばれることもなく婿を迎えられるし、リーゼロッテ嬢も修道院送りにならずに済む。いいこと尽くしなんだから、気を付けて今後の学院生活を送ってくれ」
機嫌よく話すレオン。だが、アリスはそこに聞き逃せない言葉があったことに気づいた。
「リズさんが修道院送り!? どうして!」
「ちょっ、声がでかい。落ち着け」
思わず大声で問い詰めるアリスを、レオンがなだめる。説明を求めて詰め寄ってくるアリスから身をよけつつ、リーゼロッテ=悪役令嬢を伝える。
「リーゼロッテ嬢はいわば物語を進めるうえで必要な悪役ってやつだ。ほら、どんな恋愛小説にも横やりを入れてくる邪魔な奴がいるだろ。それだよ。いろんな手でヒロインに嫌がらせをするんだが、そのどれも直接自分の手で下さずに人を使うっていやな奴でな。表面がか弱いご令嬢なもんだからたちが悪い。前世ではめちゃくちゃ嫌われてたな」
目の前の少女の顔色が変わっていくのに気づかず、レオンがぺらぺらと話す。気づいた時にはアリスの頬がリスのように膨らんでいた。顔がパンパンに赤くなっている。せっかくの美貌がもったいないと思う余裕もなかった。
「ダウト! リズさんはそんな人じゃありません!」
「わかってる、わかってるから、声がでかい!」
慌ててアリスの口をふさぐ。さっきからこんな事ばかりだなと思いながら、フォローの言葉を紡いだ。
「実際のリーゼロッテ嬢がそんな悪女じゃないことくらいわかってる。そもそもシナリオのリーゼロッテは人に回し蹴りを食らわせたりしないし、楽し気に人のかかとを切り落とす芝居もしない。アンタがヒロインじゃないように、リーゼロッテ嬢も悪役令嬢ではないんだろう」
「わかればいいんです、わかれば」
だから、最初からわかってるって。そういってレオンが冷や汗を垂らす。
「この世界でどのくらいシナリオが主導権を握っているのかはわかりませんが、負ける気はしませんよ。私は可愛くないですし、リズさんは悪役なんかじゃないですから」
むしろ暴走系ヒロインですから。なぜか誇らしげにそう言うアリスに、レオンが釘を刺した。
「とはいえ、シナリオの力は強大だ。どんなに登場人物たちのキャラクターが変わっていてもイベントは起きたと言えば起きたからな。それに、今日のデートもどきの時に確認したんだけど、アンタの趣味嗜好はとりあえずヒロインと同じだったぞ。シナリオと同じ店をたどって同じように喜んだからな。それに……」
「まだあるんですか?」
「ああ。シナリオでは白いシャツに黒いズボンでペアルックになっていたんだ。だからわざわざズボンの色を変えていったのに、結局ペアルックになっちまった。いろいろすっ飛ばしたデートですらそうなんだから、他のイベントでも何かが起こる。気を付けるに越したことはない」
だから、とレオンが続ける。
「協力するぞ。イベントを一つでも回避して、フラグを折りまくる!」
真剣な顔で言うレオン。しかし、ここで残念なことが一つ。
アリスには、『フラグを折る』という言葉の意味がよくわからなかったのだ。
無念、カッコつけたレオンはその直後に自分のセリフの意味をアリスに説明しなければならなかった。
とにもかくにも、こうしてヒロインと王太子の反シナリオ同盟が結成されたのでる。




