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「どこに向かってるんですか?」
前を歩くレオンにアリスが問いかける。せっかくの休日を無駄にはしたくない。どんなに怪しい連れがいようとある程度は楽しむつもりだった。
その為には、行先は超重要事項である。
「特に決まってない。何度も言うけど、本当に来るとは思わなかったから」
「じゃ、スイーツを食べましょう。もちろん奢りで」
アリスがにやりと笑う。それを見て一瞬あっけにとられたレオンは、心底いやそうな顔をした。
「甘いものは好きじゃない」
「お茶だけ飲んでればいいんじゃないですか」
ほら、早くエスコートしてください。そういってアリスがレオンをせかす。レオンはため息を一つつき、迷うことなく歩を進めた。どうやら心当たりがあるようだ。学院に入るまで数回しか王都に来たことのないアリスは黙ってその背中についていった。
しばらく歩いて着いたのはレンガ調の可愛らしい建物だった。周りには小さな花壇があり、バルコニーの席には数組の男女が楽しそうに会話をしている。
メゾン・ド・パルフェール。王都で一・二を争う人気パティスリーである。
「いらっしゃいませ! 二名様でよろしいですか?」
愛想のいい店員に案内され、窓際の席に腰を掛ける。店の外観のイメージ通りの店内で、壁に飾られた絵や各テーブルに置いてある花瓶に生けられた生花など、いちいち可愛らしい。女の子が好きそうだとアリスは思った。
「こんなお店に案内してくれるとは、正直予想外です」
「ここしか知らなかったんだよ」
テーブルに一つしかなかったメニューをレオンが渡してきたので、ありがたく独占する。見るだけでも心が躍るケーキのイラストたちに思わずにやける。そんなアリスの一挙手一投足をレオンは注意深く観察していたが、アリスは視線に気づかないふりをしてメニューを見続ける。妙な観察もアリスを呼び出した理由に関係するのだろう。
――今日は絶対に聞き出してやる。
何のつもりで呼び出したのか、どうして王太子殿下が関わりのなかった伯爵令嬢の存在を知っているのか。なぜ、レオンは身分を隠して接触してきたのか。疑問は尽きない。
それをおくびにも出さず、店員を呼んで注文をする。
「私は苺ミルフィーユの紅茶セットにします」
「俺はコーヒー」
「いえ、カスタードプティングのコーヒーセットで」
「なっ」
何を言っているんだと言わんばかりのレオンの目を華麗にスルーし、アリスが店員に微笑む。もちろん自分で食べるつもりだ。その様子を微笑まし気に見ていた店員は、レオンが鳥肌を立てて嫌がりそうなことを言った。
「仲がよろしいんですね。カップルさんですか?」
「は!? ありえない」
「そうですね。ありえないです」
まさかの即答に、店員が目をぱちくりさせる。ペアルックなのに変なカップルね、そんなことを思いながら注文を繰り返し、厨房に戻っていく。
店員を見送ってから、アリスとレオンはお互いを一瞬だけ見つめ、同時にこう思った。
――絶対に、ないな。
程なくしてケーキが運ばれてくる。
ミルフィーユもプディングも大いにアリスの舌を楽しませた。流石、美食家ばかりの貴族に支持される店なだけある。
アリスが食べ終わるまでコーヒーを飲みながら素直に待っていたレオンだったが、食べ終わってからは早かった。
「よし、出るぞ」
「もう少しいましょうよ。他に行くあてもないんですよね?」
「ある」
手早く会計を済ませて店を出て行くレオンを、アリスは駆け足で追いかけた。
「あるんですか? さっきはないって言ってたじゃないですか」
「気が変わった」
まったく、訳が分からない。もともとあった不信感がさらに大きくなっていく。
しかし着いた店に入ったとたん、アリスはレオンへの不信感も忘れて思わず感嘆の声を上げていた。
「かっわいい~!」
そこは小さな雑貨屋だった。文房具からアクセサリー、キッチン用品まで幅広く取り扱われており、商品が所狭しと置かれている。全体の雰囲気としてはナチュラルな木のぬくもりを大切にしたものが多いが、シンプルなだけではなく一つ一つの意匠が凝らされているように感じた。
アリスの好みドストライクである。
しばらく散策して気に入った髪飾りを購入する。レオンが会計をしようとしたが、そこはアリスが払うと言い張った。確かにケーキは奢ってもらったが、それとこれは話が違う。アリスはたかりたいわけではないし、ケーキを奢りといったのは洒落のつもりだったのだ。まさか本当に全額払われるとは思っていなった。
そのあとに行く場所も落ち着いた色合いの服が多いセレクトショップや、物語小説を中心に取り扱った本屋など、それぞれアリスの好みドンピシャであった。
「悔しいけど、楽しかったです。ファッションセンスはなくてもお店選びのセンスはあるんですね」
「そりゃどうも」
気づくと日が落ち始める時間になっていた。学院の寮は門限が厳しいので、そろそろ切り上げる頃合いである。
帰りの道すがら、アリスはずっと聞きたかったことを口に出した。
「で、このデートは何の意味があったんですか?」
「……デートじゃない。ただ二人連れで街を歩いただけだ」
「それはこの際なんだっていいです。私が知りたいのは、どうしてあなたが私とデートする必要があったのか」
レオンは何か逡巡するように視線をさまよわせた後、アリスの鋭い視線をまっすぐ受け止めた。
きつく結んでいた唇を開き、アリスの耳元に口を寄せる。
「今日の深夜二時、寮の裏で落ち合おう」
ハッとしてレオンの顔を見る。唇の端を吊り上げて小さく笑っていた。
あ、初めて笑った。そんな関係ないことを思うアリスを置いて、レオンは手をひらひらと振って学院とは違う方向に歩いて行った。二人でいるところを見られると都合が悪いことでもあるのだろう。
深夜二時に寮を出ることは、まず不可能だ。普通のルートならば。
シャラマイユ学院には長い歴史がある。数えきれないくらいの生徒がこの学園に通っていた。そんな中には寮をこっそり抜け出したいと願う生徒たちもいただろう。
アリスの祖父、トイドール伯爵もその一人だった。トイドール伯爵はある女子生徒と逢引するために必死で抜け道を探し出し、寮の裏へ出るルートを確立した。そのルートをアリスにも教えてくれていたのだった。
このルートは自分と妻しか知らないと言って。
なぜ、レオンがそれを知っているのだろうか。
その場で思考に耽りそうになるアリスだったが、後で聞けばいいと思いなおす。レオンに聞きたいことは山ほどある。今考えずとも後で聞けばいいのだから、別のことを考えようと頭を振る。
寮に戻ったらリーゼロッテがしつこく今日のデートについて根掘り葉掘り聞いてくるだろう。どうかわすかを考えることにした。
深夜二時、満月の今日は月明かりで思ったより明るい。
アリスは寮の裏手で壁に寄りかかり、一人夜空を眺めていた。
「待たせた」
「そうですね。遅いですよ」
声がするほうに振り向く。
そこにいたのは、黒髪の陰気な男ではなかった。
長髪を頭の後ろで一つにまとめた、中性的な美人だ。月明かりを浴びてきらめく絹のような長い銀の髪の下で、目に映るものをすべて吸い込んでしまいそうな紫の瞳が怪しげに光る。
銀と紫、それは王族にしか許されない高貴な色とされていた。
「レオナルド・レオン・オルネイア王太子殿下、ですね」
「驚かないんだ。飛び跳ねると思っていたけど」
「髪と目の色が違うってだけで騙されるほど、お人好しじゃありません」
「バレてたのか。結構騙されるもんなんだけどな」
ふてくされたように頬を掻く。その様子は今まで見てきた中で一番素直に自分の本心をさらけ出しているようだった。
「殿下、」
「レオンでいい。殿下って呼ばれるのは嫌いだ」
「それじゃあ、レオン。聞きたいことがありすぎて何から聞けばいいのかわからないんです。とりあえずあなたの説明を聞きたいんですけど」
「だろうな。そのつもりで来た」
そうは言いつつも、レオンはいまだに躊躇しているようだった。視線を左右に動かし、頭をガシガシとかきむしる。絹のような髪が乱れるが、お構いなしだった。
「今からいう事は他言無用で頼む。リーゼロッテ嬢にも、テオドールにもだ」
「はい」
「……絶対、笑うなよ。あと、信じろ」
そう前置きをして、意を決したように息を吸う。
「この世界は、乙女ゲームの世界なんだ!」
「は?」
思いもしなかった訳の分からない告白に、アリスは思わず声を出していた。




