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鉄薫る世界にて  作者: キャバルリー
第七章:表と裏が交わる一日 ~独立記念日編~
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第四話

───7月3日22時頃、北部区域ニビヤシアック、フウリーガーデン一室にて。

一通り情報収集してみたものの収穫は無し。後はシャロウ・タンからの連絡を待つだけだ。

案の定ステラさんは今回の件の情報に相当高い金を提示してきた。

シルヴァーニ家が本気で動いている案件に首を突っ込みたがるような馬鹿なんてそういない。それだけあのファミリーの力は恐ろしい。

ジェロシアはベッドの上で壁にもたれ掛かって仮眠を取っている。朝からずっと起きていたから流石に疲れているようだ。

私もそろそろ眠たくなってきたところで、やっとシャロウ・タンから電話が掛かってくる。

シャロウ・タンは何故か情報提供をジェロシアではなく私に行う。ジェロシアはこの男と敵対している訳でもないし、私もつい最近コンタクトを取ったばっかりだ。

だからこの男のこの行動の理由は全く分からない。ま、どうでもいいんだけど。


「もしもし、こちらアリーチェ」

「…依頼されていた情報が概ね揃った。今回の事件の実行犯は、フォックスファングっていうギャングだ」

「フォックスファング…その、証拠とかは?」

「街頭の監視カメラだ。顔が辛うじて解析出来て、後はなし崩し的に分かった」

「そう…私達、そのギャングとは顔見知りだから丁度良かった」

「情報は以上。金は先払い分で十分だ。それでは」


手短に情報を伝えてシャロウ・タンからの通話は切れた。

気がつけば目を覚ましていたジェロシアにもこのことを伝えると、すぐに彼女の目に生気がみなぎる。


「フフッ、ゴルブも面白いことしてるわね。それじゃあ早速行きましょうか…っと、その前に一応電話を掛けてみようかしら」


そう言ってジェロシアは携帯を取り出して、ゴルブに電話を掛ける。しかし当然相手は留守だ。


「この時間は大体どこかでタバコ吸ってるはずなのに、どうやら身を隠したみたいね」

「ジェシー、フォックスファングの潜伏場所の候補は?」

「ブロッサム…あくまで今回の件がフォックスファング独断で起こしたものなら、の話だけれど」

「えっと、それってつまり、誰かの指示で事件を起こしたって事?」

「フォックスファングの上に立っているのはプレグレッフィ家だからまず無いと思うけど…もしそうなら、もっと楽しめそうよ」


もしプレグレッフィ家による犯行だとすれば、あのコーディルも敵である可能性が高い。

七大ファミリーの主戦力の一人、そうとう手ごわい相手だが、それでもジェロシアは楽しそうに準備をしている。

七丁の銃をしまい、いつもの格好となった彼女はタバコを銜えて火をつけた。


「さぁ行きましょう。久々に楽しい夜になりそうだわぁ…」


私は既に準備を済ませていた。さぁ仕事の時間だ。

私達はアパートを出て車に乗り込んだ。もちろん私が運転席。

私が運転をする理由はいくつかあるのだが、どれもジェロシアのせいであると言っていい。

まず彼女は当然のように飲酒運転をするし、何より運転が荒すぎるのだ。

平気で100キロ以上飛ばすし信号無視するし…一度だけ助手席に座ったことがあるが、二度と運転させないと心に誓ったほどである。

エンジンを掛けて車をブロッサムへと走らせる。ジェロシアは窓の外を見つめているようだ。


「…フフッ、予感的中。アリーチェ、アルファロメオが一台後ろから来てるわよ」


そう言われて、私はバックミラーをちらりと見る。確かに黒塗りのアルファロメオが後ろを走っている。

あの車…プレグレッフィ家のものだ。生憎誰が乗っているかまでは確認できないが。


「ジェシー、どうする?」

「相手が仕掛けてきたら応じましょう。お嬢様はブロッサムの倉庫前まで車を走らせることだけに集中すればいいわ」

「分かった…!」


ややアクセルを踏み込むが、後ろの車は距離を一定に保ってついてくる。やはりこちらの車の尾行が目的らしい。

しかし両者とも戦闘を仕掛けることはせず、そのまま二台の車はブロッサムの倉庫前道路までやって来てしまった。


「…仕方ないか。アリーチェ、車を停めて。私がすぐに出て相手の動きに答える」

「うん!」


ブレーキを思いっきり踏んで車を急停車させる。それと同時にジェロシアは助手席から飛出し、後ろの腰から二丁のSAAを取り出した。

アルファロメオもすぐにすぐ停車して、中から三人の男達が出てきた。

私も早く行かないと。シートベルトを外してドアを開け、ジェロシアに近づいて相手のほうを睨む。


「…誰かと思えばイブリースでしたか」


男達の先頭に立っていたのは、剣を構えた銀髪の男性。間違いない、コーディルだ。


「こんな辺鄙な場所に何か用事でも?」


と、ジェロシアが言う。銃口はコーディルのほうを向いている。


「そちらこそ此処で仕事ですか?困りました、我々もその予定でして」

「しかもお互い似たような仕事でしょ?確かに困ったわ…私達は金と快楽が欲しいのだけれど、あんた達はそれを横取りしようとするんじゃないかしら?」

「…隠し事はしません。我々の目的はフォックスファングの居場所を掴むこと。そちらも、でしょう?」

「フフッ、プレグレッフィ家もそうだったのね…」


どうやら、プレグレッフィ家もフォックスファングの居場所が分からないらしい。

つまり、今回の事件はフォックスファング独断で起こしたものである可能性が高い。


「…すみませんが、これは我々プレグレッフィ家の問題でもあります。部外者には介入しないで頂きたい」

「…つまり二つの間に割り入れば、両者を敵に回せるってことかしら?」


ジェロシアはそう言って不敵な笑みを浮かべる。駄目だ、ジェロシアの快楽の対象がフォックスファングからコーディルに移ろうとしている。


「ジェシー!此処であんなのの相手してたら仕事できなくなっちゃうでしょ!」

「でもみすみす逃がしてくれそうに無いわよ、彼等」

「そ、それはそうだけど…」

「なら決まりね…コーディル、久々に遊びましょう?初心なあなたでも楽しめるアソビを」


ああ、こうなったジェロシアはもう止まらない…ええい、なるようになれ!

私も覚悟を決めて手首を軽くスナップさせる。すると両袖から一対の片刃剣が飛出す。


「話し合いで解決できればと思った私が間違いでした。我々流の交渉でカタをつけましょう。心配しなくても殺しまではしませんので」


そう言ってコーディルは他の男達のほうを見る。


「貴方達はフォックスファングの捜索を。彼女達の相手は一人で十分です」


コーディルの言葉に対し、男達は首を縦に振り倉庫のほうへと消えて行った。

何よあの余裕!すごくムカツク…けど、それだけの実力があることも事実だし…

コーディルは再び剣を構え直し、じっと私達を凝視する。

果てしなく長い一瞬。誰かの行動が開戦の狼煙。

しかしその合図は更なる部外者によって阻害されてしまった。

遠方からのハイビームが私達の姿を明るく照らし、そしてすぐさま一台の車がこちらへとやってきたのだ。

車はアルファロメオの後ろで急停車し、中から二人組の男性が降りてきた。


「動くんじゃねぇぞロクデナシ共」


片方の男、中年のガタイのいいオヤジが低い声でそう言う。


「あーほんと、殺し合いになる前でよかったですねぇ…」


もう一人の少し若く背の高い男性がやや高い声でそう言った。

二人の男は手に拳銃を持ち、こちらに向かって構えていた。

彼等のほうを振り返ったコーディルは舌打ちをして剣を鞘にしまい、そしてゆっくりと手を上げた。

ジェロシアもSAAをしまって微笑みながら両手を上げた。

流石に私もこれにはどうすることも出来ない。両手の剣を離して無力であることを証明する。


「マーチンさんとルディさん…お二人がブロッサムに何か御用で?」


と、コーディルが二人に問いかける。

中年男性のほうがマーチン、若い男性のほうがルディ、だったはず。

彼等が属している組織は私達殺し屋やマフィアの天敵…そう、警察。

特にこの二人はマフィア関係の事件の際に出てくるため、私達と少なからず面識がある。


「あ?お前等に答える義務はねぇ…が、お前等も十二分に関係している内容だ」


と、マーチンが言う。やはり彼等もフォックスファングの件で此処を訪れたらしい。


「フフッ、流石の情報網ね。で、私達にも何か聞きたいのかしら?」

「ああ、いや別に皆さんには聞くことないんすけど…マーチンさんが止めに入りたいって言うから…」


ルディがそう口走った瞬間、マーチンが左手でルディの後頭部を平手打ちした。相変わらず手を出すのが早いオッサンだ。

短い悲鳴を上げてルディがよろめき、頭を抑えながらマーチンのほうを見る。


「ちょ、マーチンさんイキナリは危ないですって!こっちはチャカ持ってるんですから!」

「ヨケーなこと言うな馬鹿野郎…いいか、お前等アテにするほど情報には困ってねぇ。だが容疑者取られちゃ商売上がったりだからな。お前等はすぐに帰れ、さもなくば…」

「罪状でっち上げて逮捕、かしら?」


ああもう、ジェシーはまたそうやって挑発する…案の定マーチンの機嫌が見るからに悪くなっているし。


「クソアマ、勘違いするな。お前等なんていつでも捕まえる事できんだこっちは」

「私達の社長の言いなりになってるのに?ホントにあんた達が私達を正当な理由で逮捕できるの?」

「…いい加減にしろよ?俺達だって好きで従ってんじゃねぇ…」

「マ、マーチンさん此処で油売ってる場合じゃないですって…早くしないとまた逃がしますよ?」


なんとかルディの説得が通じ、マーチンは舌打ちを返す。


「…再度警告だ。お前等はこれ以上本事件に首を突っ込むな。ルディ、行くぞ!」

「は、はい…では皆さん僕達は行きますんで、各自解散で…」


二人は銃を持ったまま、倉庫のほうへと消えて行った。


「…仕方ない、ですね」


コーディルはそう呟いて携帯で誰かに電話をし始めた。


「もしもし…どうやら警察が動いたようです…ええ、恐らく連中も…では此処は一時撤退しましょう…個別ルートで…では後ほど」


電話を切ったコーディルは、左手で鞘に納めた剣の柄を握りながら私達のほうを向き直した。


「サツが動いたということは、本事件にどうやら一般人が巻き込まれたようです。そちらがこれ以上介入しても、リスクばかり生じるかと」

「さぁ、どうでしょ?サツの目を掻い潜れないようじゃ殺し屋失格じゃないかしらね」

「…そうですか。では、近々またお会いするかもしれません」


そう言ってコーディルは自身の車に乗り込んで、そのまま走り去ってしまった。

あー、大事にならずにすんでよかった…私は剣を拾って元に納める。


「ジェシー、これからどうする?」

「…この街のギャングはサツの臭いに敏感でしょ?恐らくゴルブたちはもう此処にはいない」

「じゃあ何処に隠れてると思う?ギャングが身を潜められる場所ってなると…」

「メープル、もしくは地下に潜ったか…いずれにしても、情報網を拡大させる必要がありそうね」

「またシャロウ・タン?それともステラさん?」

「ダメ元でステラさんに頼みましょう…とりあえず帰りましょうか、私達も」


ただのギャングを狩る仕事っだったはずが、予想以上に厄介な事件へと発展してしまっている。

イブリースとしても、そしてキリルさんの面子を潰さないためにも、仕事を完遂させなければ…


───7月4日午前10時頃、中心区域南西部カルゲニアにて。

今日は独立記念日フェスというものがあるらしい。カルゲニアからマグノリアへと続く大通りは大規模な交通規制が行われ、その代わり屋台がひしめき、人々が楽しそうに行き交う。

キャスタニアに住む多くの人がこの祭りに参加し、つかの間の休息を楽しむ。

俺も当然この祭りに客として参加だ。聞いた話ではファミリーの表企業も多く参加しているらしく、ネタ集めに適しているに違いない。

…という建前で、まずは屋台観察からだ。バラエティ豊かな販売車の中に見覚えのある車が一台停まっていた。

あれはステラさんの販売車だ。だが中では知らない女性二人があくせくと働いていた。

看板には揚げバターの文字…油を油で揚げる?想像しただけで胃もたれしそうだ。

しかし、それに挑んでこそネタとなる。迷わず俺は販売車に近づいた。


「いらっしゃせー!」


と、黒縁メガネをかけた金髪おかっぱの女性が元気に声をかけてきた。


「すみません、この揚げバターを一つ」

「かしこまり!トッピングはシナモンとチョコのどっちがよろしゅうござんすか?」

「じゃあシナモンで」

「りょりょ!キャンディさん、シナモン!」


金髪の女性がそう言うと、隣に立っていた縁細メガネをかけた黒髪シニヨンの女性がフライヤーからその物体を取り出し、紙パックに乗せる。

そして白いソースをさっとかけて金髪女性にパスした。


「こちら4ドルになりますー」


俺は財布から4ドル取り出し、揚げバターの入った容器を受け取った。

パット見はアメリカンドッグのようだ。ソースからは甘ったるいシナモンの匂いが漂ってくる。

此処でかぶりつく決心は流石につかない。俺はまず先ほどの疑問を聞いてみることにした。


「そういえばこの車って、ウィルソンさんの移動販売車…だったりします?」

「え、あ、そっすけど…ああ!私達ウィルソンさんからレンタルしてるんでー!」

「あ、そうだったんですか。すみません、いきなり質問して」

「お気になさらずにー。あ、揚げバターは揚げたてを豪快にかぶりつくのが美味!…らしいっすよ」

「な、なるほど…あ、失礼します」


俺は軽く頭を下げて、揚げバターを持ってどこか座れる場所が無いかを探した。

しかし屋台や出し物が所狭しと出店し、人も多いこの中で落ち着いて腰を据える場所などあるはずがなかった。

しばらく歩いた末、仕方なく俺は本通りから少し外れた裏路地で一息つくことにした。

人の気配は感じない。俺は路地の建物前階段に座り、揚げバターを手に持った。

恐る恐るかぶりついた瞬間、完全に溶けきったバターがドバドバと漏れ出し、腕とズボンがビチョビチョになってしまった。

味は…バターと衣が極限までくどく絡み合い、胃袋に重くのしかかる。マズイ訳ではないが…一口で十分な代物だ。

果たしてこれ、食べきれるだろうか…


「…おい、コイツでいいだろ」

「そ、そっすね…早くやっちまいましょう!」


そんな声が聞こえてきたかと思えば、突如後ろのドアが開く音が聞こえてきた。

俺が振り向く前に衝撃が背中を襲う。揚げバターを落とし、俺は前に倒れこんでしまった。

急いで立ち上がろうとするが、今度は誰かが俺の背中に馬乗りとなって、俺の後頭部に冷たい金属を突きつけているらしい。


「お前にゃワリーが、俺等の交渉材料になってもらうぜ…!」


また厄介事に巻き込まれてしまったらしい。交渉材料というのは、もしや人質に取られるということだろうか。

だとすれば、当面命の保障はされるはず…いや、交渉相手が誰なのかによるか。

駄目だ、ウソの冷静さを装うことで精一杯だ…今日は祭りに参加したレポぐらいで終わるつもりだったのに、思わぬネタに出くわしてしまった。


「おら、立てよ早く…!」


馬乗りになっていた男は立ち上がりながら俺の後ろ首を掴み、俺を無理やり立たせる。

大人しく俺はそれに従って立ち上って、銃を持つ男のほうを向いた。

青いパーカーを来た金髪のガキ…ステレオタイプな不良だ。こんなのもこの街にいるのか。


「しばらく俺等に付き合ってもらう…黙ってりゃ殺しはしねぇ、安心しな」


男はそう言って俺の胸倉を引き寄せ、それと同時に右手で持った銃を振りかぶる。

ああ、此処最近よく殴られるな…



───「…交渉、かぁ…それで、君達は何がお望み?…ああ、へぇ、そうか。いいよ、じゃあそっちに行くよ、それを準備してからさ。はいはい、それじゃ」


カルゲニアにある高級カジノホテル「シチリアーナ」。総統と私はその8階、オーナー室にいた。

時刻は11時を回ろうとしている。部屋の隅に置かれた液晶テレビには外の独立記念日フェスの楽しげな様子が映っている。

総統は受話器を置いて、小さなため息をついてから私のほうを向いた。


「お相手は連中ですか」

「そうだよコーディル君。はぁ…ちょっと世話の掛かるぐらいなら可愛いもんだと思ってたけど…恐ろしく手の掛かるお子様を拾っちゃったみたいだ」

「全くです。総統が気まぐれで勢力の大きいストリートギャングを傘下に加えるからこんなことに」


総統はいつも適当なことをしてはトラブルに見舞われる。もう少しトップとしての自覚を持って欲しい


「ほ、ほらほら説教は後にしてさ…」


しかし総統は総統。七大ファミリーのトップ3の一つ、プレグレッフィ家の現キャスタニア支部長。

構成員2千人を超えんとする巨大組織をこの若さで取り仕切る青年は、ただの親の七光ではない、確かなカリスマ性を持っておられる。


「悪いけどちょっと話つけてきて」


その一言で私は総統が何をお望みかすぐに察知する。

プレグレッフィ家は代々交渉術で力をつけてきた家系。表立った抗争を良しとせず、他組織と友好関係を築くことに力を入れてきた。

しかし、内輪の問題となれば話は別。平和的な交渉で片付かないのならば、次に用いる力は暴力。


「連中は一般人を人質にとって、逃走用のボートを要求してきた。上手い具合に街から離れたいんだろう」

「その交渉相手として、トップに直接交渉ですか…」

「こっちが敵対したことを知った上での取引だからねぇ。相手も分かったんだろうね、一般人巻き込んだことの重大さが」

「…私は総統のお望み通りの交渉を行ってきます。ご安心を」

「ごめんねコーディル君。相手は廃屋ボンゴレだってさ。警察もイブリースもそろそろ情報を掴んでもおかしくない、なる早でね」

「分かりました。では、後ほど」


私は総統に頭を下げ、部屋を後にする。

廊下には既に数人の護衛騎士団がスタンバイしており、私に頭を下げてから前を行く私に近づき装備を渡してくる。


「車を一台。今回は私一人で十分です…というより、もしイブリースやサツが介入してきたら貴方達では相手ができないでしょう」


昨夜の件からして、イブリースナンバー1と17の二人、そして刑事の二人が交渉現場に出てくる可能性は高い。

そうなれば一滴の血も流れぬような生易しいことにはならないだろう。こんな小さい事件で部下に犬死されては困る。

私はエレベーターを降り、一階から外に出てスタンバイしてあった車に乗り込んだ。

隣の通りは独立記念日フェスで交通止めを受けているため、こちらの通りには車がかなり多く行き交っていた。

ボンゴレはカルゲニアから西方向へ通りを走らせ、ブロッサムに入ろうとする辺りにある建物だ。

かつて小さなレストランだったが、度々起こるブロッサムでの抗争に巻き込まれあの一帯からまともな店は消えていた。

車はすぐに目的地に着き、私は路肩に車を停めて裏路地に入った。

…雑魚以外の殺気をひしひしと感じる。やはり“プロ”が現場に潜伏しているらしい。

私は左の腰に差した剣の鞘を左手でなでつつ、裏路地からボンゴレ内へ入った。


「…ヘッ、来たか」


建物に入って出迎えてくださったのは、名前も知る気すら起きないフォックスファングのメンバー。

その手には拳銃を握っており、こちらを威嚇しているつもりらしい。

…恥を知れ、愚者が。こちらが貴様等如きと交渉すると思ったか。

右手で柄を掴み、鞘から刃を振り抜く。

刃筋は相手の首筋を通り過ぎ、声を出す暇もなく、音を立てて間抜けな表情を浮かべた首が転がる。

私は男の胴体を足で蹴ってどけて建物を進んだ。

廊下に面した小部屋を横切るたびに誰かが飛出して来るが、軽く剣を振るだけで無力と化す。

生ぬるい雑魚散らしをして、私はかつてレストランのホールだったであろう場所へ出た。

其処には椅子にロープに縛りつけられた人質と、フォックスファングのメンバーが五人。

人質に銃を突きつけているのは、確かゴルブとかいうリーダーだったか。


「コーディルさんよぉ、交渉の話はどうしたんだよ、あぁ!?」


ゴルブはそう言って人質の頭に銃口を強く突きつけていた。

…あの人質、どこかで…まぁいい、今は厄介な乱入者が訪れる前に片付けよう、彼等を。


「貴方達がどうしようと結果は同じです。これだけ多方面を敵に回して、生きて帰れると思わないことです」

「…いいのかよ、お前等。俺等はまだプレグレッフィ家所属だぜ?今此処でこの一般人をぶっ殺せばどうなるか…」

「…貴方達の罪が増えるだけ、では?」

「ああそうさ…俺等、そしてあんた等プレグレッフィ家の罪が増えるのさ!」

「…ん?」

「もし俺等がこいつを殺せば、プレグレッフィ家にサツの手が入るに違いねぇ。そうなりゃファミリーも終わりだ!」

「成程、自分達が追い込まれて自暴自棄になりましたか。恩を仇で売る、噂どおりの下種ですね、ゴルブさん」

「なんとでも言えよ!今の俺等はRPG-7だってある!その気になりゃこの街の不浄のゴミ共だって相手に出来る!だからよぉコーディルさん、大人しく俺等に従ったほうが良いぜ…?」


実に滑稽だ。この程度で我々ファミリーに交渉を持ちかけてくるとは。


「…この街は確かに不浄。マフィアやそれに従うギャング、そしてそれらを相手取り金を毟り取る法を犯した面々ばかり。では、そんな街が何故今日までそれなりの規模で維持することが出来てきたのか、分かりますか?」

「…いきなり何だよ、マジ?」

「答えはとても簡単、この街に住む人々がいるから。表の企業だろうと裏の社会の人間だろうと、この街で働き、この街で金を使う。ごく当たり前の社会の構図がこの街にも当然存在する」


愚か者には少しこの街の仕組みについて知ってもらおうか。


「社会があるということはルールがある。憲法、法律、条例…我々が守るべき物を守っているかと聞かれたらノーと答えるしかない。しかし、そんな街にも決して犯してはならないルールが存在する」

「ルール?何言ってんだよさっきからマジで」

「今回貴方達は一般人を巻き込んで犯罪を犯した。それがこの街で最も犯してはならないルールだと知っていながら。その一線を越えた者に何が待っているか。もちろんペナルティが待ち構えている…さて、そのペナルティを貴方達は受けなくてはならない」

「チッ、こんな時まで説教垂れやがって…」

「残念です、こんな日に汚れ仕事だなんて」


…マズイ、チラリと奥にジェロシアとアリーチェの姿が映った。これ以上この馬鹿の穴だらけの策を聞く必要性もないだろう。

私は静かに剣先を起こす。


「そんな距離から何が出来るってんだ?笑わせんなよ?」


ゴルブとの距離は5メートルほど。剣で斬り込むには最低二歩は必要。

…しかしそれは剣の話。

左手で剣の鍔を掴む…この部位は厳密には鍔ではないが。

撃鉄…と言うべきだろうか。手前に引き、離した瞬間剣先に閃光と火薬音が宿る。

この時代に遠距離武器を一切仕込んでおかないのはマズイだろうと、総統が考案された銃剣。

直剣に無理やりボルトアクションライフル機構を捻じ込んだ代物のため、弾数はたったの3。精度も悪く、何より反動制御が非常に難しい。

今回も相手の弱点にヒットせず、ゴルブの肩をかすかにかすった程度だ。

しかし、それが狙い。銃弾は更に奥の入り口付近にヒットした。


「じゅ、銃弾…!?」


彼のその隙を逃すことなく、一気に踏み込む。一歩、二歩、そして三歩目には既に間合いに入った。

剣を振るい、ゴルブの首を取る。それと同時に五発の銃声。

先ほどの牽制で一瞬ひるんだとは言え、そのスピードは驚異的だ。

特に切り落としたゴルブの首にまで銃弾をヒットさせるとは、その腕は確かだ。

他のフォックスファングたちも頭部に銃弾を食らい、息を引き取っていた。

私は足を止めることなく、剣を左肩まで振り払ったまま今度はこちらに迫ってきたアリーチェの双剣を左手の篭手で受け止めた。


「…甘い」


更に篭手を左に払い、彼女の双剣の軌道を思いっきり変えて見せた。彼女の体制は大きく崩れ、隙を生じさせる。

…このまま右手の剣を振れば、彼女を殺すことなど容易い。しかし今は無駄な殺人を起こしている場合ではない。


「そちらに構っている暇はありません。すぐに武装を解いてください」

「な、何よ…!」


アリーチェはこちらを睨みながら体制を直そうとしているし、後ろのジェロシアは恍惚な表情を浮かべながら右手に持ったSAAを宙に放り投げ、即座に左手でSAAをホルスターから抜き出す。

そして六発の銃弾。すぐにこちらも左手でマントを翻す。

このマントは気休め程度の防弾機能を備えている。もっとも有効射程距離から大きく外れた拳銃弾程度しか防げないが。

しかしジェロシアが使うのは旧式のSAA。最新鋭の拳銃に比べて威力はやや劣る。

そしてその弾をこの距離で防げることは、前回実証済み。六発の銃弾はマントに吸われて地面に転がった。


「…アリーチェ、彼の言う通りだわ。ゴルブの首は彼が先にとった。私達は厄介事になる前に帰りましょうか」


ジェロシアは落ちて来たSAAを右手で掴んでホルスターに直した。

アリーチェも足を止めてジェロシアのほうを向く。


「ジェシー、二人でこいつやっつければ…」

「まだプレグレッフィ家とは問題事を起こしたくないの。コーディル、また今度遊びましょう、ファミリー間のいざこざ無しでね?」

「…そうならないことを願います」


私がそう言うと、ジェロシアは不敵に笑い、アリーチェは悔しそうな表情を浮かべて双剣を持ったままジェロシアのほうへと走り寄って行った。

ジェロシアは軽く手を振り、そして二人は建物の入り口から姿を消した。

さて、仕事は終わった。とりあえずこの…元一般人を助けるか。


「まさか貴方が人質だったとは、世羅田晃司さん」


彼の口からガムテープを外し、そして手足に巻かれたロープを剣で軽く切った。


「ゲホッ…す、すみません…」

「サツが来る前に逃げてください。今回の件は我々プレグレッフィ家の内輪モメ…そういうことにしておいて貰ってよろしいですか?」

「は、はい…」

「では私はこれにて」


───「フフッ、まさか人質があんただったなんて。つくづくついてるわね」


例の現場から一つ隣の裏路地で、私とアリーチェ、そして酷く疲れた顔をした晃司は息をつく。

隣のビルには警察も駆けつけているらしいが、既にあそこに生き証人はいない。


「い、いやまたこんな形でお二人の仕事現場に巻き込まれるなんて…」

「…ああもう、だからって何で私達の所にこうやって来る訳!?とっとと帰りなさいよ!」

「フフッ、いいじゃないアリーチェ。別に私達に危害を加えるわけでもないし…」


おっと、着信だ。相手は…キリルのオヤジか。


「もしもし…何か用かしら?」

「仕事の話だよ、シゴト!」

「ああ…それならダメだったわ。相手はプレグレッフィ家のギャングだったんだけど、目前でコーディルに殺された」

「何…!?クソ、じゃあ武器渡した馬鹿の捜査が終われねぇじゃねぇか…!」

「どうやら、RPG-7を買ってたらしいわよ。いいのかしら、天下のシルヴァーニ家がそんなものを流通させても」

「ダメに決まってんだろアホが!…しばらくこっちで調べてからまた依頼を送るかもしれん。次はちゃんとやれよ?」

「ええ、出来る限りの事はやるわ。それじゃ」


私は電話を切り、アリーチェのほうを見る。


「しばらく楽しい事になりそう…祭りを楽しみたいけれど、私達は帰りましょうか」

「ええ、そうしましょう!」


RPG-7だなんてまた面白い物を売って回る連中がいたものだ。

そんなものを流して何がしたいのかしら。

…私としては、今回の件でプレグレッフィ家とシルヴァーニ家という二つの山が動いたという事のほうが大きい。

しばらく退屈せずに済みそうだわ…次は確実に仕事をしましょう。


                            《独立記念日編 完》

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