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鉄薫る世界にて  作者: キャバルリー
第五章:決別 ~ナンバー3編~
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第二話

───5月29日午後9時頃、中心区域北西部ベターロートにて。

せっかくなので今日はベターロートで一番人気のナイトクラブ「ルアイ」に来てみた。

此処ベターロートはいかがわしい店を始めとしたナイトスポットが数多く集まる区域であり、夜になると非常に盛況で人々も多く行き交う。

俺はダンスホールで狂ったように踊る若者達を背に、一人バーでバカルディ8のロックをチビチビと飲んでいた。

日本にいた頃はこんな店に来ることなんて全く無かったのだが、やはりこういう店に入ってみると不思議と高揚感に包まれる気がする。

臓物を揺らすほどのダンスミュージック、肌を大きく露出した女性客や派手なシャツで決めた男性客、そして酒とタバコの薫り。

それら全てが幻想的で狂気的な空間を作り出し、人々はその空間に酔いしれる。


「…ま、流石に踊ったりはしないけど」


この空間において、俺は少々場違いという印象を持たれているに違いない。何せYシャツスタイルの地味な日本人が一人グラスを持っているのだから。

クラブに来て一切踊ろうとしないのは、一緒に踊ってくれるパートナーがいないのもあるし、自分があんな馬鹿騒ぎに混ざりたくないというのもある。

俺がグラスを少しずつ傾けていると、一人の女性がフラっとやってきて俺の隣に座った。


「テキトーになんか出して、氷は要らないから」


若干ハスキーボイス、というより酒やけ声の女性がそう言う。

そして、ふと俺はその女性に左肩を軽く叩かれた。


「お前さん、金持ってそうな身なりね」


まさか店の中でカツ上げにあってしまうとはとてもついていない。

しかたなく俺は女性のほうを見た。

その女性は黒髪のセミロングで、暗い照明で分かりにくいが歳は少々高そうな顔つきをしていた。

そして目は虚ろで口元はだらしなく緩んでおり、一目でアブナイ女性だと分かった。


「…何か用ですか?」


カツ上げ相手にはビビらない。相手も店内では暴力的な行為に及ぶことはないだろう。


「あ、結構若いじゃないの。ねぇ、50で一発、どう?」

「一発って…え?」

「察しなさい、そんぐらい」


俺は少し考えて、この女性の交渉が一体何なのかを理解した。この女、娼婦だ。


「そういうことですか…えっと…」

「ああ、ごめんなさいね胸なくて。でも腕はあるから安心なさい」


女性の体を見てみると、黒光りするライダースーツを胸元まで開けているのだが、確かに膨らみは全くない。

それどころか首筋から胸元にかけて縫い跡がいくつもついている。

こんなものを見せて本当に買ってくれると思ってるんだろうか。


「いや、俺そういうのはいいんで」

「…チッ、つれねぇ野郎。じゃあタダでいいから話し相手になりなさい」


どうしてそうなるのか良く分からないが、何となく彼女について気にらないこともない。

客を取る気が全くない風貌の娼婦。上手く行けばネタにはなるだろう。


「それなら別にいいですよ」

「あら嬉しい、丁度ヒマしてて男漁りしてたんだけど、碌なのいなくて困ってたの」


女はそういいながら、いつの間にか来ていたグラスを手に持ち、一気にそれを飲み干した。


「いい飲みっぷりですね」

「アル中だから、私。こんぐらい水みたいなもんってわけ」


女がグラスを置くと、すぐにバーテンダーが新しい酒を注ぎ始める。


「それで、話って何ですか?」

「お前さんのことを聞かせて欲しいな。日本人?にしては英語上手いけど」

「ええ、日本人です。こっちには仕事で」

「へぇ、仕事。ということは日久組の組員ってことだ」

「いやいや、普通の会社員ですよ。一応雑誌のライターをやってます」


いきなり裏世界の住人だろなんてひどいことを言う人だ。

ただそれだけこの街に普通な日本人がいないということなのかもしれない。


「お前さんがライター?面白いじゃん、何書いてんの?」

「今はこの街のことについて色々と。例えばこういう店に来てどういう感じだったか…みたいな」

「そりゃいい、この街じゃ面白い店ばっかだから書き甲斐あるだろ?」

「そうですね、それに此処の街の人達も面白い方たちばっかりですし」

「私もその面白い人に入る?」

「まぁ、入りますね」


さらりと失礼なことを言ってしまったが、これでおあいこ様だ。

俺の言葉を聞いて、女性は短い声で笑った。


「やっぱそう見える?そりゃそっか、こんなボロボロの体で娼婦みてぇなことしてんだからね」

「娼婦みたいってことは、娼婦じゃないんですか?」

「そりゃもちろん、あくまでこれは趣味だ。本業は…最近はあんま手つけてないけど」

「じゃあ、本業は何ですか…?」

「何て説明すればいいかなぁ…ま、あんま大きな口じゃ言えないことってことだけ」


やはりこの街に住む人々は皆良からぬことで生計を立てているのだろうか。

特にこの女性の身なりは一般人とは思えない。


「それって、どこかのファミリーの組員とか?」

「そういうわけじゃない、フリーで色々やってたのさ」

「…もしかして情報屋?」

「あ、それでいいよ。じゃあ私の情報についても金を貰おうかね」

「それはちょっと勘弁してくださいよ…」

「本気にしなさんなよ。でも、本当に何か情報が欲しいなら売ってやらない事もないけど」


これはチャンスだ。裏の仕事について色々知ってそうな彼女なら、もしかするとイブリースのことについて何か有力な情報を得られるかもしれない。


「では…情報を売ってください」

「マジで?なら此処からは大人の交渉だ、マジメにやろうや。私はそうねぇ…ジャンヌって名前にしといて」

「ジャンヌさんですか。俺は世羅田晃司というものです」

「晃司ね…え、あの晃司?」

「あの晃司って…?」


まさかと思うが、既にこの街で俺の存在が噂になってしまっているのだろうか。

そんな俺の予感は見事的中してしまう。


「ほら、この街で来て早々イブリースに関わったって噂の。お前さんがそんな命知らずだったの」

「や、やっぱりそんな有名になってたんですか…でもだったら話が早いです。俺が知りたいのはイブリースについてですから」

「…話せることは多いけど少ない、それでも大丈夫?」

「ええ…その、ジャンヌさんはイブリースのナンバーについてご存知ですか?」


俺の言葉を聞いたジャンヌは、一瞬表情を強張らせる。


「…知ってるけど」

「では、イブリースの上位ナンバーである3については?」

「もちろん知ってるけど…アレも色々大変なんだ、そっとしておいてやりなさい」

「少しでもいいんです、ナンバー3について教えてもらえませんか…?」


ジャンヌは黙ったまましばらく空いたグラスを見つめていたが、その口を少しだけ開いてくれた。


「アレは割かし腕の立つ子だった。今のナンバー1のジェロシアですら敵わないぐらいに」

「でもナンバー3って剣を使っていたんですよね?銃持ちのジェロシアさんですら敵わないって…」

「…こんな話がある。始めてジェロシアとナンバー3が会った時、ジェロシアはナンバー3の力が知りたくて力試しを挑んだ」


ジャンヌの話を俺は黙ったまま聞き続ける。


「当時からジェロシアは早撃ちのプロだった。だから力試しは一発勝負という条件で、両者は承諾した」

「一発勝負って…片方は剣なのに、不平等すぎるような…」

「そう思うだろ?でも勝負はナンバー3の勝ち。ジェロシアの撃った弾をナンバー3は串刺しにして、その上一気にジェロシアに迫って喉元に剣先を突きつけた」

「…それ、話盛ってませんか?」

「どうかしらねぇ、信じるも信じないもお前さん次第ってこと」


いくらなんでも銃弾を剣で貫くなんてことが可能なのか。

でもジェロシアを始めとするイブリースのメンバーを見ていると出来そうな気がして恐ろしい。


「それからジェロシアはナンバー3の実力を認め、二人で仕事を行うようになった」

「あのジェロシアさんと相思相愛とか聞きましたけど、本当なんですか?」

「ええそう。ナンバー3は見た目もかなり良かったから。それにジェロシアってレズだし」


衝撃の発言に俺は開いた口が塞がらない。

まず、ナンバー3が女性だということが初耳だ。

それにジェロシアが男嫌いという話は聞いていたが、レズビアンといえるほどのものだとも思っていなかった。


「ま、ジェロシアの場合は男嫌いにならざるを得なかったというか。とにかく二人は仲良く仕事してたけど、ある日突然ナンバー3は失踪したってこと」

「その失踪の理由については何か分かりますか?」

「さぁ?失踪する直前までジェロシアとつるんでいたそうだし、前兆もなかった。こればっかりは本人に聞くしかないね」

「分かりました…ありがとうございます、色々教えてもらって。情報料はいくらでしょうか?」

「…やっぱ要らないわ、こんなどうでもいい昔話なんかで金なんて貰えない」


この街でタダで情報を提供してもらえることがあろうとは、少し変な気分だ。


「いいんですか?ではそうさせてもらいます」

「…晃司、一つだけ忠告」

「はい、何でしょうか…?」

「この街の住人の過去について詮索するのは気をつけな。皆深い闇を抱えているから、気がつけば自分もそれに飲み込まれてしまう」


笑顔でそう語るジャンヌは何処か不気味で、今まで会って来た人たちと比べても何か異質なものを感じる。


「…気をつけます」

「そうだ、また何か知りたいときは私に連絡しておくれ。ヤリたい時も遠慮なくかけてくれていいからさ」


ジャンヌはそう言って、ドクロのバックルがついたベルトの側面に装備されていたポーチから一枚の紙切れを取り出し、サラサラと電話番号を書いて渡してくれた。


「わざわざありがとう御座います」

「お前さんみたいに礼儀正しい男は好きだから特別サービスさ。さてと、良い男に出会えたことだし、そろそろ帰ろうか」


空になったグラスをテーブルの上に滑らせ数枚のお札を叩き付けた後、ジャンヌはゆっくりと立ち上がった。

そして俺に向かって軽く手を振り、そのままふらふらと店から去って行ってしまった。

異質な空間で出会った異質な女性、ジャンヌ。

情報提供をしてくれたのはいいのだが、あの女性が一体何者なのかについては殆ど分からなかった。

それ以上に何を考えているのかすら分からない表情や言葉に、俺はえもいわれぬ気味悪さを感じていた。

その後一人残された俺に語りかけるのは、喧しい音楽だけだった。


───同日、午後11時頃、同じくルアイにて。

私は此処ルアイのVipルームに御呼ばれしていた。

本当はジェロシアと一緒に来るつもりだったんだけど、免税店でタバコを買ってから向かうとのことだったので私だけが先にこの店にやってきていた。

私の目の前に座るのは、ゼネリ家現キャスタニア支部長、ブレンダ・ゼネリだ。

ベターロートの統括者であり、通称夜の帝王。でも本人は非常に厳格で堅物な感じ。

そしてブレンダの横に立つのは図体のでかい用心棒、マルク・フロル。

ゼネリ家絡みのトラブルが生じた際はこのマルクが必ずといって良いほど登場してくる。ジェロシア曰く中々の化け物らしいけど、本当なのだろうか。

荘厳なオーラを放つ二人を前に、私は正直何を話せば良いのかすら全く分からない。


「…す、すみませんねー、うちのジェシー…あ、ジェロシアが遅くて…アハハ…」

「…彼女の遅刻には慣れた。マルク、タバコ」


ブレンダが静かにそう言うと、マルクが素早くタバコを取り出してブレンダに渡し、そっと火をつけた。

ジェロシアが吸っている安タバコとは違う、独特な薫り。生憎タバコの銘柄とかは分からない。


「な、何だか変わったタバコですね、匂いとか」

「アリーチェ…ジェロシアの影響かは知らないが、お前タバコの匂いが分かるような年じゃないだろう」

「え、ええそうですね…」

「…こんな店に呼びつけておいて子供扱いするのも悪いな」


こちらを完全にガキ扱いしてナメている。腹立たしいがいつもみたいにヒステリックになっても止めてくれる人がいないからぐっと我慢。


「そ、そうだ。もうジェロシアが来る前に今回の依頼について話してもらっても…」

「それもそうだな。ただ今回はイブリースを通しているからお前達には楽すぎる仕事でな」

「私達はどんな仕事も全力で遣り遂げますんで、ご心配なく!」

「…だが、せっかくだしフリーの仕事を頼もう」

「え、フリーですか!?えっと、じゃあジェロシアが来てからのほうが、いいんじゃないかと…」

「何怖気づいている。私がフリーを頼むのはジェロシアじゃない、お前だ」

「はぇ…えー!?」


まさかまさかの私へのご指名、しかも七大ファミリーのトップ直々に。

これまでジェロシアと一緒にしか仕事をしてこなかった私にとってこれはチャンス…でも何で私?


「そう騒ぐな。これはお前の総合力をチェックするテストだと思えばいい」

「い、いや私ほらフリーどころか一人で仕事も始めてだし…って総合力?」

「ジェロシアのことだ、今まで殺ししかしてなかったんだろう?掃除だけならそれでもいいかもしれないが…今後独り立ちするならもっと色んな力を身につけるべきだ」


どうしてブレンダさんが私の教育をしようとしているのかは謎だ、今までそんなに絡みはなかったし。

それにテストって、私がミスすることを十分考慮してるってことじゃない。失礼しちゃう。


「な、なるほど…それで依頼内容は?」

「この女性が何処に住んでいるかを調べて欲しい」


ブレンダはそう言って一枚の写真をテーブルの上に置いて、一部分を指し示した。

人ごみの中に一人、金髪で青目の女性が写真のほうに睨みつけている、そんな構図だ。


「手がかりは、これだけ?」

「本当は名前も知っているが、あえて教えない。この写真は5年前のものだから、この女性が今どんな格好をしているかも分からない」

「えぇ…幾らなんでも手がかりが少なすぎる気が…」

「…報酬は何処まで調べたかで変動する。名前だけなら100、経歴が分かれば1000、現住所を割り出せば10000、さてどうする?」


ただ単なる捜索依頼でこの報酬は破格だ。それだけこの女性を調べるのが難しいということなのか。

少し悩んだが、この依頼は殺しのスキルも必要としないから、一人でも出来る気がする。“あの”状態にもならないはずだ。


「…分かりました、やります。でももうちょっとだけヒントを…」

「甘えるな…と言いたいが、初依頼にしては確かに難しすぎるな。ヒントは一つ、七大ファミリーであるゼネリ家のトップが探している人物だということだ」

「それは…それだけこの女性が有名人ってこと?」

「…ヒントは以上だ。期限は一週間後、またこの店に一人で来てもらう。ジェロシアにはお前のせいで依頼はキャンセルだと伝えておけ」

「私からもビシッと言っておきます!依頼ありがとうございました、ブレンダさん!」

「ああ。さて、私からはもう伝えることはない。ご苦労だった、帰って良いぞ」


私は写真を受け取って立ち上がり、ブレンダに一礼してからクラブを後にした。

ひょんなことから依頼を受けることになってしまったが、いざ受けてみるとちょっとワクワクしてくるものだ。

人探しだし、ちょっとしたゲーム感覚で頑張ってみよう。

私は忘れる前にジェロシアに電話を掛けたが、いくら呼び出しても出なかったので仕方なくメールで用件を送ってそのままアパートに戻った。

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