第一話
───2012年5月4日午前10時頃、北西区域メープル、ノースハウスにて。
はっとして俺は目を覚ましてスマホを見る。寝ぼけてアラームを消してしまっていたようだ。
このところ早朝に起きられずにいる。というのも記者という仕事上規則的な生活をする必要がないからだが。
「…メール、編集長からだ」
朝五時あたりに送られていたメールを開いてみる。相変わらず編集長は時差を考慮してくれない。
内容は例の新コーナー「鉄薫る世界にて」の第一回の反響についてだった。
第一回ではとりあえずジェロシアとの出会いを誇張して書いてみたのだが、やはりあまりに非現実的すぎて作り話ではないかという感想も多かったらしい。
一方でまるで映画の話みたいだという肯定的な感想もあったそうで、いずれにしよ反響は大きかったのでこれからも頑張ってくれとのことだった。
やはり日本人にとってあの内容は現実のものだと思えないのだろう。俺自身そうだったのだし。
ちなみにあの事件についてのことまでを小分けして記事にしたため、ストックは第五回まで作成してある。
だから新しいネタ探しにそこまで必死になる必要はないんだが…
「入るわよ」
そう言いながらずかずかと一人の赤髪の女性が部屋に入ってくる。
あの事件以降、何故か俺は彼女に気に入られてしまったらしく、結構な頻度で俺の部屋にやってくるのだ。
「あの…今日は何の用ですかジェロシアさん」
「これ、タバコ入れて貰ってる免税店に頼んで取り寄せてもらったのよ」
ジェロシアが持っていたのは紛れもない、俺の会社の発行している週刊外道伝だ。
しかも五月二日発売分のものだ。ということは俺の書いた記事も載っている。
「でもそれ日本語ですよ、読めるんですか?」
「読めるわけないじゃない。だから此処までわざわざ来たの、ほら」
そう言って乱暴に雑誌を投げつけてくる。
「ちょ、マジですか…」
「早く読み聞かせて頂戴、今日はヒマで仕方ないの」
ジェロシアはそう言いながらベッドに座る俺の隣に腰掛け、べったりとくっついてくる。
彼女の豊満なバストをわざとらしく俺の左腕に押し付けてくるが、正直欲情する以前にいつ銃を抜かれるかという恐怖しかない。
如何せん第一回の記事は彼女の異質さを徹底的に書いたものだからだ。
だが読まなければもっと恐ろしい目に会うのは明白なので、仕方なく俺は自分の記事のページを開いた。
「タイトル、鉄薫る世界にて」
「鉄が薫る…ふうん、血や銃の臭いを鉄に例えたわけね」
「本文は…あー、俺が此処に来てチンピラに絡まれるまではカットしますね。で、ジェロシアさんが颯爽と登場してチンピラを瞬時に撃ち殺すと」
「そんな淡々とした文なのそれ、私が見る限りじゃ凄く長そうなんだけど」
「え、ええまぁ…ハハ…」
言えない、俺がジェロシアを始めてみた時悪魔のような痴女だと思ったなんてこと。
「それからジェロシアさんの見た目について色々…」
「例えば?」
「赤い髪が血の色のようだということとか、胸がデカイということとか、まるでカウガールみたいだとかそんな感じのことを」
「此処の七芒星のことについては書いてくれたかしら?」
ジェロシアは自慢げに左脇腹のタトゥーを指で示してくる。
「あ、それは推敲した際に消しちゃって…」
「あらあら、私を象徴するタトゥーなのにそれを書かないでどうするのよ」
「す、すみません…」
何でそんなどうでもいいことで怒られないといけないんだろう。
「で、後は?」
「えっと、第一回はそれで終わりですね。二回目以降もジェロシアさんのこととか書いてるんで…」
「越膳社ももっとグローバルに対応すべきだわ。一々あんたの所に持ってこないといけないし」
「できれば翻訳家に頼んで英字に直してもらってください。ほら、日久組でしたっけ、日本人の組織?あっこの人に頼めば…」
俺がそう言うと、ジェロシアが不敵な笑みを返してきた。
どうやら地雷を踏んだようだ。この笑いはそれを暗示している。
「あそこにお友達はいなくて頼めないのよねぇ。あんた日本人なんだし誰か紹介してきてくれないかしら?」
「無茶言わないでくださいよホント、こっちに日本人の知り合いなんていませんし」
「だと思ったわ、あんた知り合い少なそうだし」
「当たり前じゃないですか、こっちに来て短いんですし…」
「フフッ、私が数少ないお知り合い、よね?で、あの話の答え決めてくれたかしら」
あの話、というのはジェロシアのビジネスパートナーとして働かないかという誘いである。
勿論イブリースに入って殺し屋になれる訳もないし、そんな気は全くない。
彼女が言うには、旅行客という身分を利用して情報屋になってくれないかというものだ。
あの事件の際に彼女に情報提供をしたのが、情報屋に誘われている理由である。
俺自身、彼女の傍で働けば彼女伝いにこの街の情報が入ってくるし悪くない誘いではあるのだが…
「うーん、やっぱ情報屋として働くとファミリーに目をつけられそうで…」
俺が一番懸念しているのは、情報提供してトラブルが発生した際のペナルティについてだ。
もしファミリーの情報を流したことがばれればタダじゃすまないことぐらい容易に想像できる。
「大丈夫よ、あんたにそんな価値ないだろうし」
「ヒドイこと言いますね、俺だって此処に来たばかりはジェロシアさんやステラさんに監視されてたじゃないですか」
「そりゃこの街に来て早々事件に巻き込まれ続けるからじゃない、誰だってあんたを疑うわよ。それよりもし私と組むなら、ファミリーの傘下に置いてもらえるのよ?」
「どういうことですか?」
「私を信頼しているファミリーにとっては、私と組んでるあんたもまた信頼されるということ。ただ何かあっても警察は一切守ってくれなくなるけど」
警察から守られないことはあまりこの街では重要でない気がする。
あの事件以降もちょくちょくトラブルを目撃したが、警察がまともに仕事をしているところを見たことがない。
「…やっぱり、俺はあくまで記者として仕事をしたいと思います。もちろん、何かジェロシアさんたちにとって有益な情報が入ったら取引しに行きますけど」
「日本人って本当に仕事熱心ね…ま、それでもいいわ。また何か面白いことがあったら教えてあげる。最近残党狩りばっかで時間を持て余してるから」
「はい、是非お願いします」
「じゃあ私はそろそろ帰るわ、アリーチェちゃんが嫉妬しちゃうし」
ジェロシアは俺から雑誌を受け取ってベッドから立ち上がると、笑顔で手を振って部屋から出て行った。
「…ああー、まだ緊張するなー、あの人が傍にいると」
いくら普段の言動が普通の女性とは言え、彼女の狂気を垣間見た後だとどうしても体が強張ってしまう。
親をただ欲望のままに殺したと自供した彼女が、俺を殺さない保証なんてない。
だが彼女がこの街の情報を効率よく知るのに役立っていることも事実だ。
このまま付かず離れずの関係を保てるのが一番いいんじゃなかろうか。
俺はそんなことを考えつつ、何となくテレビをつけた。
こっちでもこの時間帯にニュースがやっている。日本のしょうもないワイドショーより幾分マシな内容だ。
「…次のニュースです。今や世界中を魅了して止まない奇跡の魔術師、ローゼンクロイツさんが先日日本での公演を終了して帰国しました。
大人気の若き魔術師の素顔を暴くため、特別インタビューを行いました」
ローゼンクロイツというマジシャンについては俺も知っている。
数年前にアメリカのマジックショーで取り上げられて以来飛ぶ鳥を落とす勢いで売れており、日本でも何回か公演のために来日していた。
俺も一回だけ雑誌のネタ探しとウソをついて公演チケットを手に入れて見たことがあるが、マジックショーはまるでファンタジーの世界に迷い込んだかの如くメルヘンチックで楽しかった。
「…というわけで、ローゼンクロイツさん、まずは貴重なお時間にインタビューに答えてくださりありがとう御座います」
「いえいえ、僕のほうこそお礼を言わせてくれないかい?君みたいな美しいインタビュアーさんと出会えてね」
だがローゼンクロイツ本人はどこかキザな男性でとても近寄りがたい雰囲気をかもし出している。
メルヘンなマジックとは程遠い、ホストのような黒髪に青いメッシュを入れているというまるでビジュアル系みたいな見た目だ。
ローゼンクロイツは持っていない右手を差し出し、瞬時に真っ赤なカーネーションを登場させて見せた。
「わぁ、凄いですね!ま、全くタネが分かりませんでした!」
「タネなんてないよ、だって僕は本当の魔術師なんだからね」
「やはり流石ですね…さて、ローゼンクロイツさんはいつ頃からマジックをお始めに?」
「そうだねぇ…小さい頃からよくトランプマジックを親に見せたりしていたよ。学校でもよくマジックショーを開いたりしてたね」
「なるほど…そしてマジックショー番組にご出演されて、大人気になったと」
「ああ、あの番組のお陰で僕のマジックを多くの人に知ってもらうことが出来た。とても感謝しているよ」
マジシャンとしての天性の才能を持っていたのだろう、彼は。
スターとして生きていくのってどういう感じなんだろう。ごくごく一般人な俺にとって全く想像がつかない。
「ほうほう…ああーっと、もうお時間だそうです!最後にローゼンクロイツさん、この番組を見てくださっている人たちに一言よろしいでしょうか?」
「これからも僕は色んな場所でショーを行うつもりだよ。是非、僕と一緒に魔法の世界に行こうじゃないか」
「ローゼンクロイツさん、ありがとうございました!」
なんてことはないただの宣伝だが、つい最後まで見てしまった。
さて、そろそろ昼食をとりに行こう。俺はテレビを消して出かけ支度を始めた。
───午後12時頃、北部区域ニビヤシアックにて。
此処のアジア街にはアジア各国のレストランが数多く立ち並んでいる。
雑多で活気に溢れた雰囲気は俺にとってとても馴染みやすく、最近此処で食事を摂るのがマイブームだ。
今日はどの店にしようか…と、目に留まったのは中華料理店だ。
そこまで高級ではない大衆食堂のような店構えでとても入りやすそうである。
俺はその店に入り、早速カウンター席に着いた。
「いらっしゃい、何するね?」
少しカタコトな発音で店員が聞いてきた。
「炒飯大盛りで」
「かしこまりました!」
注文が来るしばらくの間、今後の活動スケジュールを考えた。
何か事件が起きない限り、数回はアジア街のレストランについてで大丈夫だろう。
この区域もファミリーが裏にいるということを聞いているため、適当にこじつければ通るはずだ。
「…注文いいかい?野菜炒めとご飯を」
ふと、俺の隣に男性が座り、料理を頼んだ。
…俺は男の声をどこかで聞いたような気がした。しかもつい最近だ。
隣に座った男をチラッと見てみる。
「…あ、あー!?」
尖った黒髪に青いメッシュ、間違いないこの男…
「ロ、ローゼンクロイツ!?」
俺はつい興奮が抑えきれず大声で名前を呼んでしまった。
だが他の客や店員は一切気にすることない。ただ一人ローゼンクロイツだけが嫌そうな顔でこちらを見るだけだ。
「初対面で呼び捨てとは失礼だね」
「あ、す、すみませんつい…ていうか、何でローゼンクロイツさんが?」
「君と同じさ、食事に来た」
そういう意味で言ったのではないのだが。
「いや、だって大スターがこんなところにいたら普通驚きますって」
「君だけじゃないか、驚いているの。で、僕に何か用?サインなら書いてあげるから、ほら」
ローゼンクロイツはめんどくさそうに右手を出してくる。
大スターのサインだ、貰わないわけにはいかない。俺は懐から手帳を取り出して渡した。
彼はそれを受け取ると、一瞬でどこかからボールペンを登場させて手帳の一ページにサラサラとサインを書き始めた。
プライベートでもサービス精神旺盛だなんて何て凄い人なんだろう。
「どうぞ。用はこれだけかな?手帳を見た感じインタビュアーかライターっぽいけど」
どうやらあの一瞬でこちらの職業を見抜かれてしまったらしい。
俺は少し考える。大スターを目の前にただサインを書いてもらうだけなのは少々勿体無い気がする。
見た感じ今日は仕事もなさそうだし、此処は一つ大きく出てみようか。
「えっと…実は私、日本で雑誌のライターをしている世羅田晃司というものでして…」
「…インタビューなら500からだ。写真つきなら700、マジックショーの広告を入れてくれるなら100でいいよ」
なんとあっさりインタビューに応じてくれた。これはあまりにもラッキーすぎる。
「是非、広告と写真付きでお願いします」
「分かったよ。でも此処じゃあちょっとうるさ過ぎるから、食べ終わったら喫茶店に行こう」
俺達はいつの間にか来ていた料理を手早く食べ終わって店を出ると、喫茶店を目指した。
この街じゃあ血生臭い記事しか掛けないと思っていたが、まさかこの街のイメージとは真逆な大スターと出会えると思いもしなかった。
これには編集長も驚くことだろう。今から記事の完成が楽しみでならない。




