第三話
───朝7時頃、私達は首を捨て終わり、アパートに到着した。
「あー、お腹すいた。こんな朝は美味しいホットドックが食べたいなぁ」
アリーチェはお腹を押さえながらそう呟いた。
「それならそろそろ来るんじゃないかしら」
「そういえば!やったー、朝ごはんだ!」
この時間帯のアパート前には週三日ぐらいの頻度で移動販売車がやってくる。
出勤時の会社員狙いということもあるだろう。だがその真の目的は私達にある。
私達がアパート前の階段で座って待っていると、ゆっくりとその移動販売車がやってきてアパート前に停車した。
「おはよう!今日もいい天気だね」
そう言いながら、運転席から一人の女性が降りてきた。助手席には黒人の男性が右手を挙げてこちらに笑顔を飛ばしてきた。
「おはようございます、ステラさん!」
アリーチェは嬉しそうに立ち上がり、ステラの所に走り寄って行った。
「アリーチェちゃんはいつ見ても可愛いわねー。今日も仕事終わり?」
「はい!それで、とーってもお腹すいてるの!」
「分かった分かった。そうねぇ…店を出すお手伝いしてくれたら、ホットドックサービスしてあげる!」
「ホントに!やりますやります!」
アリーチェとステラは賑やかに開店準備を始めだした。あの子、ステラさんの前じゃとても素直ねホント。
一方で私はゆっくり立ち上がって、助手席に座る男性…“ビッグ”ジョージ・ウィルソンの元に近づいた。
「朝からご苦労ね、旦那さん」
「こいつは俺の本職だからな、何も苦じゃない」
「でもいいの?家に子供置いてきて」
「あの子はとってもいい子だから大丈夫。それに今日は聞き込み調査もしたいしな」
「そう。それで、何が聞きたいのかしら?」
私がそう言うと、ビッグジョージは真剣な顔になった。
「スティンガーが日久と問題起こしたらしいな。マジか?」
「ええ。昨夜の仕事終わりに、日久の組長直々にスティンガーちゃんに会いにいく所を出くわしたから」
「風の噂であいつが二重約束したのは知ったが、何で組長が直接そんな事を…?」
「さぁ?私もスティンガーちゃんと日久の間に何か因縁とかがあるんじゃないかぐらいしか推測できないし」
正直、スティンガーがどうなろうと私には関係ないのだが、如何せん日久の存在が引っかかる。
「因縁なぁ。アイツはイブリース入ってそんなに長くないから恨みもそんなに買ってないだろうし、それに日久がそんなもんで動くか?」
「そこなのよね。とにかく、私のほうでも二つの間の関係について調べてみる。旦那さんも何か分かったら教えて」
「ああ。にしても今月に入って仕事が増えて大変だわ」
「ホント。まぁアタシ等からすると、金稼げるし助かるんだけどね」
そう言いながら、開店準備を済ませたステラがやってきた。
「そういえばステラさん、例のライターの監視も請け負ったんでしょう?」
「ええ。まぁ最初はホント偶然会っただけだったんだけど。でもブルーノさん所も慎重すぎよねぇ。あの日本人を調べる価値なんてあるのかしら」
日本人…まさかとは思うが、あのライターと日久に何か関係でもあるのかしら。
「もしかしたら、だけどフォスター家も日久組の動きを不審に思って、怪しいあのライターの監視をさせてるんじゃないかしら」
「どうかしら。そうだとすれば結構前から日久組が何かをやろうと動いていたってことになるじゃない?」
「例のライターについても何か裏が分かれば教えてもらえる?私もあまり面倒なことに巻き込まれはしたくないの。仕事を請ける分には満足なんだけど」
「了解。さてと、もう情報交換はいいかしら?ほらあんたも働く働く!」
「分かってるよ。あ、そうだ。俺は一応ルドマン家の雇われで動くことになっていてな、あそこの総代によれば新興組織の潜伏先が分かり次第潰しにかかるらしい」
ルドマン家、組織の規模は七大ファミリー最小だが、歴史も古く住民達からもかなり慕われている。
あそこが積極的に動くぐらいだ。今回の抗争はかなり規模が大きくなる。
この騒ぎに応じて日久組が裏で何かを成し遂げようとしている、今回のファミリーのシナリオはそんなところだろうか。
「それって、独断?それとも他と合同で?」
「独断だろうが、恐らく結果的に合同になるだろうな。こんなことでファミリー間に亀裂が入ってもメリットがないだろう」
ビッグジョージはそう言って助手席から降りてきて、手に持っていたエプロンを手早く身に着けた。
どう見てもカタギに見えない外見にそんな可愛らしいエプロンなんかつけて、アンバランスすぎて笑ってしまいそうだ。
「さ、ジェシーちゃんもホットドック食べなよ!アリーチェちゃんが特別に作ってくれるそうよ!」
「フフッ、愛しい弟子の作ったご飯なら食べてあげなくちゃね」
私達は情報交換を終え、一時の和気藹々とした時間を過ごした。
しばらくして客足も増えだしたため、邪魔にならないよう私達はウィルソン夫婦と別れた。
───昼過ぎ、しばしの仮眠を取り終わった私は、いつものようにアリーチェの太ももをさすって彼女を起こし、次の仕事の準備に取り掛かった。
「それで、スティンガーと日久の関係を調べるってどうするの?またあのLEとかってのに聞くの?」
アリーチェは普段用のゴシック服を着ながらそう言った。
「LEでもいいんだけど、どうせなら確実に行きたいじゃない?」
「確かにそうだけど、どうやって?」
「イブリース本部に行って、あの子のログを開示させる」
「え、そんなことできるの!?」
イブリース…私達が所属する特別派遣組織と言う名の殺し屋共の寄せ集め集団。
この組織は依頼者から依頼を受け、そしてそれを組員に対し依頼内容を伏せて、依頼者と報酬のみを知らせる。
そしてそれを知った組員は依頼を受けたいと組織に連絡し、組織はその組員の名前を依頼者に報告し、最終的に依頼者が誰を派遣してもらうか決める。
つまり、イブリース本部は誰がどんな依頼を誰に請け負わせたかを全て記録している。
まぁ、この調べ方には一つ欠点があるのだが。
「出来るかどうかじゃなくてやらせるの。ただ流石にフリーで受けた依頼は分からないけど」
フリーとは簡潔に言うとイブリースを介さない依頼のことを言う。
機密性は高いが、依頼者と組員にそれなりの信頼関係がなければならない。
「でもログ調べても何か分かるの?」
「あの子が日久組に危害を加えるような依頼をこなしていたら、そこから何か分かるかもしれない」
「…ねぇ、一つ聞いていい?どうしてそんなにジェシーが動く必要があるの?スティンガーなんて放っておけばいいのにさ」
「私が問題視しているのは日久組のほうよ。もしタダの恨み晴らしのために動いているならいいんだけれど、別の思惑があるなら厄介じゃない?」
「別の思惑って…うーん、例えば?」
「…それが分かれば苦労しないわ。さ、行きましょう。本部の場所は分かるわよね。空港近くのビルよ」
「分かってるわよ!さ、行きましょう!」
───しばらく車を走らせ、街の南端にあるキャスタニア国際空港近くのビル前に私達はやって来た。
空港近くのこの区域、通称ワトル。此処はビジネス街としていくつものオフィスビルが建っている。
この区域は表面上は治安は良いが、集っている様々な企業は実の所ファミリーが裏で手を引いているものが殆どだ。
ビルの地下駐車場に車を停めて、私達はビルの中に入っていった。
エントランスは小奇麗で、マジメそうな社員達が悠々と歩いている。
私達は受付の女性の所に向かった。
「こんにちは、悪いんだけどイブリースに連絡してくれない?名前はジェロシア」
オフィスビルに似つかわしくない格好をした私達を奇怪な目で見ながら、受付の女性はコクリと頷き、電話を手に持った。
このビルはイブリース専用というわけではない。他にもイブリースと全く関係ないような普通の企業が多数入っているため、私達イブリースの組員は殆どここに来る事はない。
「…確認が終わりました。あちらのエレベーターで24階までお上がりください」
「ありがとう、それじゃあ行きましょうか」
私達は受付を後にし、そしてエレベーターに乗り込んだ。
「何よあの目、失礼しちゃう!」
と、アリーチェは不満そうな顔でそう言った。
「そりゃこんな華麗な二人が目の前に現われたら、びっくりするに決まっているでしょ」
「それもそうね」
エレベーターはすぐに24階に到着した。
私達はそこからしばらく廊下を歩き、ある小さなオフィスに入るための扉の前で止まった。
「失礼するわ」
「お入り下さい」
中からそんな女性の声が聞こえてきたので、扉を開けて私達は中に入った。
此処のオフィスは狭い上に人も殆どいなかった。今居るのはたった二人の女性だけだ。
「久しぶりね、キャンディちゃん」
先ほどの声の主、オフィススーツを着てふちの細い眼鏡をかけ、そして黒髪をシニヨンでまとめた如何にもオフィスレディっぽい彼女はキャンディちゃん。
イブリースの社員その一で、会計を担当している。
「お二人が来るなんて珍しい。でも生憎あの人は留守でして」
「いいのよ別に。今日はこっちの子に用があるだけだから」
私はそう言いながら、椅子にもたれ掛かって爆睡している金髪オカッパの女性に近づいた。
黒縁眼鏡はずり落ちて、服装はよれよれの灰色パーカーにだらしないショートパンツとキャンディと対極的な身なりだ。
彼女の耳元に私は口を近づけ、そっと息を吹き掛けてあげる。
「ひゅいい…!な、何、キャンディさんですか!?え!?」
「おはよう、マフィンちゃん。お姉さんの吐息は気持ちよかったかしら?」
「う、うわ!?ジェ、ジェロシアさんじゃないですか!?何故にこんなとこに!?」
だらしのない女性、マフィンちゃんは驚きすぎて椅子から転げ落ち、思いっきり腰を床にぶつけた。
「相変わらずそそっかしい子ね」
「い、いや誰だって驚きますよ!?だってこんなスッゲー格好した人が目を覚ましたら目の前にいるんですから!」
マフィンは腰を押さえながら何とか立ち上がり、ずれていた眼鏡を掛け直した。
「…それで、ご用件は?」
ドタバタ劇を冷ややかな目線で見ていたキャンディがそう言った。こっちはこっちで相変わらず冷め過ぎね。
「マフィンちゃん、悪いんだけどスティンガーの依頼ログを見せて欲しいの」
私がそう言うと、またマフィンはびっくりして後ろに飛び退き、足を椅子に引っ掛けてずっこけた。
「依頼ログを…また無茶なことを」
と、キャンディが言った。
「そ、そうですよ!いくらなんでもそんなアッブネーもの見せたら、信用問題に関わりますって!」
マフィンは再び腰を押えつつ立ち上がり、そう言った。
「無茶を承知で言ってるの。この私がわざわざ頼み込んでるのよ?」
「そうよ!私達がこんなチンケな場所に来てやってんだから、とっとと従いなさいよ!」
アリーチェが威勢よくそう言うと、ゆっくりとキャンディが立ち上がってアリーチェに近づいた。
「相変わらず五月蝿い小娘ですね。なんなら猿轡でも噛ませて差し上げましょうか?」
「な、何よ年増女!」
「私はまだ24歳です。ピチピチのギャルですから」
また二人の面倒な茶番劇が始まった。
私は言い争う二人をよそに、マフィンとの会話を再開した。
「と、とりあえず事情が分からないことには、そげなこと出来ませんし…」
「そうねぇ。じゃあ軽く説明してあげる」
私はこの子にスティンガーと日久組の間に起きた問題について簡潔に話した。
「…な、成程。うーん、でも依頼ログはちょっとなー」
マフィンはそう言って目線を私からわざとらしく離した。この合図は恐らくアレだ。
私はこの子の手元をチラッと見た。やはりだ。マフィンは右手の親指と人差し指をこすり合わせていた。
「千でどうかしら?」
私がそう呟くとマフィンの指の動きは更に早くなる。こういうところだけはちゃっかりしている。
「五千ぐらいかしらねぇ」
「…あー、そうだ。私ちょっと資料作ってる最中でしてー…できたらジェロシアさんも手伝ってほしいなーなんてー…あは、あははー…」
いかにもわざとらしい口調でマフィンはそう言って、自身のデスクの前に座ると、例のログの検索を始めた。
凄い速さでログをスクロールさせ、しばらくした後に手を止めてマフィンはこちらを向いた。
「見たところ、スティンガーさんは日久組から依頼を受けていないし、日久に関する人員を手にかけたりはしてないみたいですね」
「そうなの。ならフリーで何かあったのかしらねぇ」
「フリーのほうは調べようがないんで…でもフリー受けれるような人ってほんの一握りじゃないですか」
「ええ、私みたいなね」
「スティンガーさんは確かに稼いでいるんですけど…実は殆ど二重約束みたいなんです」
ここでも二重約束という言葉が出てきた。あの子、今回のが初犯じゃなかったのね。
「大体おかしいと思いませんでしたか?スティンガーさんがイブリースに入ったのは1年前。なのに現在イブリース内の報酬ランクでトップ10以内に入っている」
そう言いながら、言い争いを終えたキャンディがやってきた。
「気にしたこともなかったわ。あの子、筋は悪くないし実力で登り詰めたんだと」
「うわ、以外。ジェシーがあんな奴のこと褒めるなんて」
と、アリーチェが言った。失礼ね全く。
「だからスティンガーさんって報酬の割りにファミリーからあまり気に入られてないっぽくてですね…」
「更に日久組はお気に入り以外の派遣を断る組織。そんな所にスティンガーさんが雇われることってあるんですかね」
そんなに評判良くなかったの、あの子。
とにかくこれで日久組が何か怪しいということが明らかとなった。
「情報ありがとう。私達はそろそろ帰るわ。あの人にもよろしく伝えといて」
「分かりました。あと一応こちらでも少しスティンガーさんの動向について調べておきます。何か分かれば連絡するので」
「助かるわ、キャンディちゃん。それじゃあアリーチェ、行きましょうか」
私はオフィスの出口でむすっとしているアリーチェの所に向かった。
アリーチェはキャンディに向かって舌をベーっと出すと、そそくさとオフィスから出て行った。
───夕暮れ時、私達はまたフォスター家に呼ばれて彼等の所にやってきていた。
向かいには神妙な顔つきのブルーノが、タバコを手に持ちながらこちらを見て座っている。
「まずは依頼ご苦労。報酬はいつも通りだ。さて…知っているかもしれないが連中が取り込んだギャングは全滅した。次はいよいよ本丸だ」
「そうね。それで私達は何をすればいい?」
「新興組織エル・ネヴォ・レイ、そのトップであるこの男を捕らえて欲しい。最悪首だけでも良いが、なるべく生かしてだ」
ブルーノはそう言って、テーブルに置かれていた写真を私に差し出した。
写真にはヒスパニック系の顔をした短髪の中年男性が写っていた。
あちらのカルテルらしく頬にトライバルが入っており、目つきも悪い。
「エル・ネヴォ・レイ幹部で、今回キャスタニアでの騒動を指揮している男だ。名はブランドン、現地ではスカムマウスと呼ばれている交渉上手な奴らしい」
「こいつが指揮を執っているという根拠は?」
「この所彼の目撃情報が点々とだが報告されている。他の幹部級は見られないことからもこの男である可能性が高い」
「成程。情報はそれだけかしら?潜伏場所とか分かったりしない?」
「最後の目撃情報は昨日午後十一時、西部の埠頭の13番倉庫に出入りしていたそうだ」
キャスタニア西部の沿岸区域、通称ブロッサム。
かつては貿易港として栄えていたが今となっては悪事の隠れ蓑として使われることが殆どの寂れた場所だ。
住居も殆どなく、あるのはホームレスの掘っ建て小屋ぐらい。常人はまず近づかない。
あそこにはいくつもの倉庫があり、よくギャングがたまり場と利用している。
「あそこなら思う存分殺せそうね」
「この情報はまだ開示していないが、他のファミリーもすぐに嗅ぎ付けるだろう。なるべく早めに叩いて欲しい」
「一つ聞いていいかしら。どうして他のファミリーに首を取られるとダメなの?」
私がそう言うと、ブルーノは渋い表情を浮かべた。
「何だ、その…仮にも我々はフォスター家だ。一応今はこの街のファミリーのトップなわけだ」
「否定はしないわ」
「だから、こういうときに問題を迅速に解決すべきなのも我々フォスター家であるべきだと思うのだ」
「そう…要はあなたなりの正義感、って訳ね」
「フン、正義なんて馬鹿馬鹿しい。我々が望むのは唯一つ、平穏だ」
フォスター家は昔から表立って抗争をしたがらない。いつも裏でこの街のパワーバランスをコントロールし、平穏を保つ努力をしてきたそうだ。
ゆえに彼等にとって、私達イブリースは都合のいい駒である。
「質問はもうないな。報酬は首だけなら二万、生きていたら八万だ。他の組員についてはどうでもいい」
「了解、早速取り掛かるとするわ」
私はそう言ってソファーから立ち上がり、ブルーノに手を振って部屋を後にした。
「ジェシー、次は私の番だからね」
後ろからついてきたアリーチェがそう言う。
「いいけど、本丸ともなると数が多いはずよ?」
「元よりそのつもり!」
エル・ネヴォ・レイ、一体どのくらいの力があるのかしら。
いずれにしろ、アリーチェの戦いが見れるのなら今夜は楽しそうだ。




