24 内政が絶好調なので ~~金の使い道に困るほど~~
間が空いてしまってすみませんでした!
やっと一段落しました。
今回は、少し説明回になってしまいましたが、その分動きのある話に繋げられるかと思います。
和紙は、ペンで書く紙としては使えない。かといって、筆でアルファベットを書くのは厄介だ。
もう少し強く、厚い紙ができないものか。
そう考えていたが、だからといって、何かをしたというわけではない。
丁度、カッツとイッチが産まれたので、何か覚えていないか聞いてみたところ、紙は木の皮、葉、草などを使って作るということらしい。
全然知らなかった。
何事も知識には穴があるということだ。
テウデリクは反省しつつ、ユーローに丸投げしておいたところ、それらしきものを作って来た。
「これ、であるか。」
手に取ってみる。
「はい。魔の森の木、草などに加え、藁や麻、綿や羊毛などを使って作ってみました。ちょっと表面がざらつきますが、ペンで書いても大丈夫です。」
「ふむ。」
ほぼ満足のいく出来栄えである。これなら商品化できるだろう。
「ユーロー、村ごとの特産品を考えて行こう。」
「はい?」
ユーローは不思議そうな顔をした。
「一つの村で色々作っていると効率が悪い。同じ製品はどこかの村にまとめて作らせるのだ。」
分業化は、もともとある程度進めていたのだが、それほど深い考えがあって設計していたわけではなかった。
原料や人手、侵略のおそれなどの観点から、どの村に何を作らせるのが最も効率的かを決めていくのが良いだろう。
「今の特産品は、毛織物、綿織物、陶器、鉄製品、魔蝶蜜、魔蝶蜜からとった砂糖、加工した飴、塩、魚の塩漬け、その他の漬物類、魔物の脂から作った蝋燭、そして、この紙ですね。それから、他領には出していませんが、武具、農作具、船舶なども製造しています。あと、商品ではありませんが、北の村では温泉宿が流行っています。それから、開発中ではありますが、マイナが薬草園を作ろうとしています。うまく行けば薬も商品になると思います。これは雑草が丘の下の村で始めているので、場所はもう決まっています。」
ユーローが列挙した。
「よし、地図を広げてくれ。僕は、ヴェルナーとガーリナを呼んでくる。」
内政関連のトップスリーとも言うべき部下を集めて、これから会議だ。極限までに効率化された領内は、まさに金の成る木となりつつあった。
○ ○ ○ ○ ○
ナント市郊外で、ネイは他の従士たちと協力して、市民兵を訓練していた。
結局、ナント市在住者のうち、4000人ほどが市民権の取得を希望したのだ。そのうち成人男性は、2500人。全員一度に訓練をすることはできないし、装備も整っていないから、50人ずつ訓練していくことになっている。それでも一組二週間で予定しているから、一年で1000人強しか訓練できない。
この時代、一般人の兵士というものは、ほとんど存在しない。専門のフランク人戦士と一部のガロ・ローマ人貴族が戦闘訓練を受けているのみなのだ。それに対して二週間の訓練しか受けていない市民を兵として使うことにどれだけの意味があるのか、かなり疑問の残るところではある。
テウデリクは、
「特別な技術がなくても仕方がない。それよりも槍先を揃え、前進できるようになっていれば、とりあえずはそれで良い。」
と指示していた。
個々の技術よりは、統制のとれた行動のとれる集団となっていることが重要なのだ。
もっとも、一つだけ工夫を加えてある。
盾はいらないのではないか。
元戦国武将としては、片手で槍を扱うことにどうしても抵抗を感じるのだ。単純に槍の長さからして違ってくる。それに片手だと、前に向けて構えて前に進むくらいしかできなくなるではないか。
それよりは盾をなくし、身軽になった上で、両手で槍を扱う方が合理的なはずだ。
敵が盾を構えていたとしても、その分槍が短くなる。それに対して長い槍で上から叩きつけるように振り降ろしたら、それだけで敵は盾を維持できなくなるだろう。それか、盾を頭上に掲げるような体勢になるから、そのときに素早く両手で槍の方向を変えて腹を突けば良いではないか。
従士たちを使って何度か実験をしてみたが、やはりその方が圧倒的に有利なのだ。
「盾を捨てよう。」
テウデリクはネイに提案したのだが、ネイも他の従士たちも抵抗があるようだ。
「テウデリク様、しかしそうすると矢を防ぐことができません。」
ネイが反論した。
「矢は先に潰しておく。矢戦に関しては、こちらの方が圧倒的に有利なのだ。」
テウデリクもそこは考えていた。
盾は弓矢に対しては有効なのだ。接近戦に入ればいらなくなるとしても、近づくまでに弓矢で削られては意味がないのだ。
もっとも、暗黒時代の弓矢は、それほどの威力がない。そもそも弓矢を扱える人間が少ないのだ。大規模な戦ともなれば弓部隊が編成されるが、それでも前に飛ばすのが精一杯というところで、とにかく数を打って相手を威嚇するというのが主目的なのだ。
更に盾のない歩兵は、かなりのスピードで前進してくることになる。その迫力は相当なものだから、敵の弓兵は動揺して正確な射撃は更に困難になるだろう。
「で、あるから。」
テウデリクは続けたものだ。
「接近戦に入る前に、こちらの弓兵で敵の弓兵をできる限り潰しておく。加えて、一般歩兵の防具を充実させておく。それで弓矢はほぼ防げるだろう。」
「騎兵に対してはどうでしょうか。」
ネイは更に確認を求める。確かに騎兵が突進してくると盾がなければ心細い。
「しゃがんで槍衾を作る。」
こればかりは、訓練を重ねるしかないだろう。しかし、これも盾は心理的な効果しかない。むしろ盾があると横の間隔が空いてしまい、槍衾の密度が低くなるのだ。それよりは、盾を捨てて針鼠のような防御陣を作る方が有効なはずだ。
・・・
「そこっ! よたよた歩くな!!」
従士の一人が怒鳴り声を上げる。気合の入っていない人間は、その場で追加の鍛錬を命じられることになっている。そうでもしなければ、形だけ参加して義務を果たしたことにする市民も出てくるだろうし、そうすると真面目に参加する者が損をすることになる。
「そこのお前っ! なかなか良いぞ!!」
別の従士が、良い兵士を褒める。
ネイは走っていって、褒められた兵士を確認して、名前を控えておいた。十人隊長、百人隊長を選抜しておくように言われているのだ。ちなみに、ナント市での商売や仕事に失敗した人間については、職業軍人としての登用の道もあると事前に説明がなされている。ナントは好景気に沸いてはいるが、それでも敗者が出ないわけではない。どうしても商売の才能のない者もいるのだ。希望する者のうち、見どころのある市民は、常設軍として確保しておくのも良いだろう。
○ ○ ○ ○ ○
東フランク王国、戦好きのシギベルト王は、ライン河のほとり、マインツに滞在していた。現代の地図上ではドイツ領になるのだが、この当時は、フランク王国に属していた。ラインを越えた東岸はゲルマニアになるが、その向こう側にも「フランク人の渡り場」という意味の町、フランクフルトがある。この時代には、アラマン族などが居住していた。
シギベルト王がマインツにやってきたのは、特に理由があるものではない。王は動き回るものだからだ。一か所に留まって動かない王は怠慢の誹りを免れないだろう。少なくともゲルマンの王は、そうあるべきだ。動くことこそが軍事活動の基本であり、そのことが軍事力を産む。そして、移動すればするほど、支配地域の統制も強くなっていく。もともと放浪癖があり、かつ統治技術が発達していないゲルマン人が広い領域を面として支配するためには、そうするよりほかなかった。
王が滞在している場所が、王の財政政策、税制、外交政策を決定的に性格付ける。王が南に滞在すると、南の隣国との関係が強化され、又は戦争が始める。王の財政も南の特産品を中心に基礎づけられる。王の生活や軍事活動にかかる経費も大部分を南が負担する。
本来は逆のはずだ。王が諸政策上の必要に応じて移動するというのが普通の考え方であろう。しかし、この時代のフランク人は、そのような系統だった思考を持たない。あちこちうろついては、そこで目についた問題を解決するという、原始的手法で統治の基本方針が決定されていたのだ。
今は、東方政策の時期という雰囲気になっている。
ある意味分かりやすいといえば分かりやすい。王がどこにいるかで、現在の王国の方向性が分かるのだ。
その情報を得たためか、客人がマインツの町にやってきた。
「チューリンゲン、バイエルン、その他の諸族の方々よ。今回の来訪、予は心から歓迎いたすぞ。」
シギベルト王は、微妙な表情を浮かべながら、王の使っている邸宅前広場に集まった客人たちを眺めた。
数十年前までは、フランク族も同じようなものではあったのだが、現在のフランク族は、かなり文明化されている。それに比べると、ゲルマニアの奥地から出てきた部族は、およそ洗練されているとは言えない身なりをしていた。
100人近い陳情団がやってきている。
ゲルマン諸族は、まとまりが悪い。統一的な権力が脆弱だから、族長が勝手に使節を出して、何か取引をしてくるというのは部族内の反発を招く。ゲルマン人の盟主ともいうべきフランクの王に対して陳情に行くにしても、そこで何らかの負担を求められた場合、族長が勝手に約束してしまったことになると、部族内でそっぽをむかれても困るのだ。
だから、ある程度の発言力のある人間がみんな揃ってやってくるということになる。道中あれこれと話し合いながら王の下に到着するのだが、いざ王を目の前にすると、結局は我勝ちに言いたいことを言い出すから、いつも大騒ぎになるのだ。
面倒臭い連中ではある。シギベルト王は、そういう意味で、この連中が嫌いだった。武力があるから無碍にはできないのだ。
「王妃、ブルンヒルドです。私からも皆様を歓迎致しますわ。」
ブルンヒルドも挨拶をする。西ゴート王アタナギルドの次女である彼女は、おそらく全世界のゲルマン系王族の中でも最高の教養を有している。西ゴート族は、最も早くローマ帝国に侵入した部族の一つだ。西ゴート王国は、アリウス派とはいえ、一応は聖教の教えを奉じているし、現在もヒスパニアの地で強固なローマ風中央集権国家を維持している。そこの第二王女として育ったブルンヒルドとしては、原ゲルマン人に対して同族意識を持てるはずもなく、あるのは嫌悪感だけだった。
使節団は、沈黙して、王妃の歓迎の言葉を聞いていた。
ゲルマン人は、美辞麗句を嫌う。長く喋る者ほど嘘が多いと考えられているのだ。文明化されたフランク人ですらその傾向があるのだから、チューリンゲン族のようなゲルマニアの森深くに棲む諸族はなおさらその考え方が強い。それに、王妃の言葉からは、暖かさが全く伝わってこないのだ。
王妃の挨拶が終り、宮宰ゴデギセルスが口を開いた。
「さて、各々方、このたび遠路はるばるマインツの町まで来られたご用件は何かな。我らが王は、貴殿らが満足して帰られるよう切望しておられる。遠慮はいらぬ。王にできることなら、なんでもかなえられるであろう。」
これは決まり文句のようなものだが、この時代の王は、奪う者であり、同時に与える者でもあった。客人は満足させなければならないというのは、慣習的規範ともいえるものである。
「俺はチューリンゲン族の部族長の息子、バーンロルドです。」
大柄な男が前に出て喋り始めた。
「えー、あいつが喋るの?」
使節団の真ん中あたりから、大声で邪魔をする男がいた。
「俺だって、バイエルン族の有力者なんだけど。それに俺の方が身体がでかいんだぜ。」
周りから、「しっ!」とか、「黙れ。決まってたじゃないか。」とか注意を受けているが、これは仕方がない。意思統一という文化がないのだ。大勢でわあわあ言いながら物事が決まっていく習慣だから、何か一つ動かすにしても、その場で揉めながら進めていくのだ。
「おいっ、黙れ、グンボ。」
部族長の息子が後ろを向いて怒鳴った。シギベルト王は、じっと我慢強く、バーンロルドの尻を見ながら待っている。
「バーンロルド、お前が代表に決まっていたんだっけ?」
グンボと呼ばれたバイエルン族の男が不思議そうに聞いた。特に悪意があるわけではないらしい。
「いいから、黙ってろ。お前が口を挟むと、話が進まないだろっ!」
バーンロルドが叫ぶ。
「いいじゃねえか。俺にも話をさせろよ。王様も、そんなにでかくないし、俺だって大丈夫だよ!」
グンボがなおも言い募るが、周りの男たちが寄ってたかってグンボを殴りつけ、そのまま後ろの方に引っ張って行って、シギベルト王の従士らに引き渡す。従士らはグンボを引き取って、棒で殴りつけて黙らせた。
「バーンロルドと申したな。それで、そちたちの希望は何かな。」
シギベルト王は、何もなかったかのような顔をして促した。いちいち拘っていたら、話が進まないのだ。
「へい。ザクセン同盟のことでやす。」
使節団の代表は、深刻な顔をして話し始めた。
ザクセン人は、もともとは、ユトランド半島に居住していたらしい。その前はどこに住んでいたか分からない。そのころ、チューリンゲン人もザクセン人と混住していたが、どうやらそこで何か揉め事があったらしく、それ以来チューリンゲン人とザクセン人は仲が悪い。
ザクセン人は、聖歴400年頃から移動を始めたが、ランゴバルド族の移動と時期が重なっていて、どうやらランゴバルド族の支援を受けて勢力を伸ばしららしいと言われているが、その詳細は明らかではない。本人たちも知らないのだ。
いずれにせよ、ザクセン人は、周辺部族を吸収しつつ、ゲルマニア北部に勢力を伸ばしていたのであり、その連合体であるザクセン同盟は、フランク人によるゲルマニア支配に対する最も有力な抵抗勢力となっていた。
「ザクセン同盟は、しばらくは大人しくしていたはずだが。」
数年前、シギベルト王は、弟のキルペリク王の協力を得てザクセン同盟と戦争をしていたのだ。そこで相当な打撃を与えたのだから、その痛手はまだ癒えていないだろうと思っていたのだ。
「へえ。どうやら、ランゴバルド族と同盟したという噂でして。」
「まことか!」
宮宰のゴデギセルスが口を挟む。
「去年くらいから、怪しい人間の往来があったんでやす。こちらも敢えて波風を立てたくないから、特に捕まえたりはしてませんでしたけど、どうやら噂では、そういうことらしくて。」
バイエルン族は、ゲルマニアの最南部に住んでいる。少し南に下ればアドリア海に出る。ランゴバルド王国の動静も耳に入るのだ。
「そうすると、」
宮宰が考え込む。
「ブリテン島に同族であるサクセン人の王国があり、そことザクセン人は友好関係がある。しかも、イタリア北部のランゴバルド王国とも同盟を結んでいるというのであれば、我らがフランクは包囲されているということになるぞ。」
現在の地図でいえば、イギリス、デンマーク、ドイツ中央部、イタリア北部が同盟して、フランスを狙っているという構図になる。チューリンゲンやバイエルンは、ザクセン同盟によってフランクから分断されてしまうから、そうするとザクセン同盟の苛酷な支配を受けてしまうことになる。
宮宰ゴデギセルスの懸念は、もっともなものであるが、この時代のフランク王国の最高幹部らには、難しすぎる内容であったらしい。これを理解するには、ヨーロッパのおおよその地図が頭の中に入っていなければならないが、それは、ちょっと高等すぎるのだ。
しかし、実のところ、それほど心配をするほどのことはないのだ。
サクセン諸王国、ザクセン同盟、ランゴバルド王国が同盟をしたとしても、それぞれが一気にフランク王国に攻撃をしかけることなど不可能である。ランゴバルド王国は、東ローマ帝国やローマ司教勢力との間で緊張関係にある。全力でフランク王国に攻め込む能力などないし、兄王である腰砕けグントラム王に撃退されることが予想される。
ザクセン同盟は、自力でライン川を越えてガリアに攻め込むほどの軍事力はない。
ブリテン島のサクソン系王国は、フランク王国とは別に険悪な関係にはないし、仮に戦争をするとしてもガリアに攻め込むためには海を渡らなければならない。フランク軍を撃破するほどの軍勢を運ぶとなると、船が足りないのだ。
そう考えると、別に恐れるに足りるものではないのだが、それでも周辺の三勢力が揃って牙をむくという情勢は、世界地図が頭に入っている者にとっては脅威ではある。
現に宮宰ゴデギセルスは、王の傍に行き、小声でその事情を説明した。
「ふむ。これは潰さなければなるまいな。」
シギベルト王は、重々しく呟いた。
そういえば、最近は、戦をしていない。また派手に暴れるのも楽しかろう。
「よかろう。ゴデギセルスよ、西フランク王、キルペリクに使いし、援軍を依頼せよ。ゲルマニアの親戚たちよ。予は戦に決したぞ。ザクセン同盟を打ち破り、我がフランクのゲルマニア全域に対する支配権が、名ばかりのものでないことを示してやろう!」
チューリンゲンやバイエルン人にとっては、それほど愉快な発言ではないのだが、そこは黙っているのが大人というものだ。
「おおっ!!」
とりあえずは、ザクセン同盟に対する戦争が始まる。フランクはゲルマニアでは、ほぼ無敗に近い。フランクを盟主と仰ぐ諸部族にとっては、救いの手となるであろう。
ご一読ありがとうございました!
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