13 冒険の旅 ~~ブリテン島の七王国~~
投稿が遅くなってすみませんでした!
ちょっと簡単にあらすじを付けておきますね。
東フランク王国は、西フランク王国と和平を結びましたが、ブリトン王国(今のブルターニュ半島)のドワーフ・ケルト両王がロゴ(テウデリクの父)の城に攻め込んできましたが、これから逆襲をすることになっています。
ヒューゴ(光秀)は、トゥールの修道院を出て、パリのゲルマヌスのところで魔法を学んでいたのですが、突然テウドベルト王子(西フランク王キルペリク王の第一王子)の来訪を受けます。
夏だというのに、ドーバー海峡は風が冷たかった。
ヒューゴは貧相な船の甲板で、縁に背を凭せ掛けて憂鬱な溜息をついた。
「おう、死ににいくような顔してんじゃねえか。」
武人が近寄って声を掛けた。
テウドベルト王子の側近で、名前はミヒャルと言った。
「そりゃ、憂鬱にもなりますよ。」
ヒューゴは言い返した。
パリで気分よく魔法や薬剤の研究をしつつ、郊外に狩りに出て高価な魔物を仕留める生活が軌道に乗って来たところだった。
それなのに、テウドベルト王子の懇請に負け、どうしたことかガリアの地を離れ、海の向こうの未開の島国に冒険の旅に出ることとなったのだ。
「お前さんには不幸だったな。断られても仕方がないと思ったんだが。」
「まあね。」
断ろうと思ったのだが、王子たるものが声を掛けてくれたのだ。ヒューゴのような無名の幼児が王子に誘われて断ったとなると、臆病風に吹かれたという評判に繋がる。それは避けたかったのだ。
「そもそも俺は、聖遺物なんてものに価値があるなんて思ってないですからね。」
ヒューゴは、心底阿呆らしそうな顔をして言ってのけた。
欲しがり屋キルペリク王と戦好きシギベルト王との間に和平が成立し、キルペリク王は南部諸都市の所有権を失った。キルペリク王の妻、西フランク王妃であるフレデグンドも、それに伴って様々な利権を失うこととなってしまったので、キルペリクは気に病んでしまったのだ。
キルペリク王は、「王妃のために、遠くヒベルニアの地に残されたといわれる、聖パトリキウスが考案としたという十字架、いわゆるケルティック・クロスを探してくる勇士はおらぬか。」
と触れを出したのだった。
ヒベルニアというのは、ブリテン島の西側に位置する大きな島の名前らしい。詳しい事情は全く分からないが、ローマ時代においても帝国の支配を受けなかった。現在も聖教の布教は進んでいない。ブリテン島のサクソン人もびっくりするほどの蛮族が住んでいるらしい。
だから、誰も応じなかった。
そもそもヒベルニアに直航する船便は存在しない。航路も開発されていない。一度ブリテン島に上陸して、そこを横断しなければならないのだ。横断した後に、ヒベルニアに渡る船があるかどうかも分からない。
ブリテン島は、いわゆるブリタニア七王国というのが覇を競っていて、まともに通行できるかどうかも分からない。
ヒベルニアのどこに、そのケルティック・クロスなるものがあるのかも分からない。
常識のある戦士が、そのような雲をつかむような仕事を請け負うはずがなかった。
この王子を除いては。
テウドベルト王子は、
「母上のお気持ちすぐれぬとあらば、子として尽力するのは当然であろう?」
などと言ったのだ。
母といっても、義理の母だ。しかも、実の母、元王妃であるアウドヴェラの元侍女で、キルペリク王の寵愛を盗み、陰謀によって元王妃を追放したと噂される女なのだ。
ヒューゴもパリにやってきたテウドベルトに尋ねてみたのだ。
そうすると、
「過去の経緯がなんであれ、我が父の愛する女性であることに違いはあるまい。」
と生真面目な顔で言ったものだ。
武人ミヒャルの言によれば、王の間で王妃フレデグンドも含め、思いとどまらせようとしたようなのだが、「父の望みを叶え、母にご満足頂くのは、ゲルマンの子の義務ですから。」と言い張ったそうな。
そのまま出立すればよいのに、従士たちには忠誠の誓いから解放して、望む者のみが着いて来ればよいと言ったせいで、結局ミヒャルしか残らなかったらしい。
「どうしますか?」と青い顔をするミヒャルに対し、
「パリに行くか。」と言い出して、ヒューゴを誘いに来たらしい。
「王妃フレデグンドは、知らぬ者が聞けば悪い女のように思われ勝ちなのだが、あれは別に悪女ではないのだ。予は子供のころからあれを知っておるが、誠実な女なのだよ。」
と説明した。
考えてみれば、テウデベルトはフレデグンドよりも年上なのだ。アウドヴェラの侍女だったころのフレデグンドも知っているのだろう。
「たったの3人でブリタニアを横断して、船を調達し、ヒベルニアに渡るわけですな。」
ヒューゴは、うんざりした顔をした。船が大きく揺れる。ブリタニアは夏でも寒い日があるらしい。
「どうせなら、その辺の木でも拾って十字に括り付けて、これが聖パトリクスがお作りになったケルティック・クロスですって言って持って帰ればよいではないですか。」
「そうはいかんさ。」
ミヒャルが答える。
まあ、そうだろう。
テウデベルト王子が持って帰って来たものが、何であるかは証明のしようがない。それが本物であることを裏付けるためには、冒険物語が必要なのだ。どういう冒険があり、そこで英雄的行為がなされ、悲惨な犠牲が払われた後に得られたものであるからこそ、聖遺物であるという証明がなされるということになるだろう。
だから、ある程度地位の高い者がいかなければならないのだ。
それにしても、そのケルティック・クロスとやらは、ヒベルニアのどこにあるのだろうか。
○ ○ ○ ○ ○
雑草が丘の館では。
二人の重要人物が客人として歓待を受けていた。
エウニウス・ムモルス。
ブルグンド王国随一の名将にして、腰砕けグントラム王の家臣。ランゴバルド族との度重なる戦争で勇名を馳せている。
曲者・グントラム。
オーヴェルニュ大公であり、戦好きシギベルト王の家臣。フランク人の中でも陰謀の才に長けていると言われている。
それぞれが500の兵士を引き連れ、ロワール河を渡り、ナントを経由して雑草が丘を通り掛かったのだった。目的地はブリトン半島。ブリトン王国を襲撃するのが目的なのだ。
ロワール北岸の辺境伯、ロゴが機嫌良く歓待していた。
「なかなか立派な城ですな。」
ムモルスが静かに意見を言った。
「ああ、うちの息子が作ったのだ。」
ロゴがにこやかに答え、ロゴの後ろに立ち、肉を切っているテウデリクを指さした。ちなみにテウデリクは背が足りないから、踏み台に乗って肉を切っている。
「こちらがテウデリク殿ですか。ナントの街もテウデリク殿が建設されたとのこと、実に素晴らしい街だった。」
ムモルスが少し驚いてテウデリクの顔を見た。
「弓の名手でもある。」
曲者・グントラムも酒を片手に口を挟んだ。
ボゾとは因縁がある。
レイズが叛乱を起こしたときに、ボゾが財宝を持ってロゴの領地を通過しようとして、テウデリクと対峙したのだ。そもそも、そこで曲者がミョルニルを落としたことが、ブリトン王国の攻勢に繋がっている。
「頂いた弓は重宝しております。」
テウデリクがにこりと微笑んで答えた。
お互い言い分は色々あるのだが、ここでそれに触れるのは無用というものだろう。曲者は、自分の仕事として財宝を運び、ブリトン王国を買収してきた。それ自体は別に責められることでもない。シギベルト王がそう判断したのであれば、それに従うのが臣下の務めだ。
テウデリクは父の領地を無断で通行しようとする怪しげな集団を呼び止め、通行料を支払わせた。その際、うっかり落し物があったとしても、それを我が物として悪い理由がない。
もちろんシギベルト王が正式な書状を送ってきて返還を請求してくるのであれば別だ。しかし、シギベルト王は、ブリトン王国に使節を派遣したという事実を認めていないので、そのような書状を送って来れるはずがない。
そのあたりの事情はお互い腹の内で承知しているので、特に遺恨というほどのものはないのだ。
「明日は北に向けて出発する。」
ムモルスが話題を変えた。
「私もご一緒しましょう。」
テウデリクが言った。
「ふむ?」
ムモルスは怪訝そうに聞き返した。4歳の幼児が従軍するというのだろうか。
「父者は、復興でお忙しい。しかし、当家のために錚々たる方々が援軍に来て頂いています。何の馳走もないのでは申し訳ありません。私が従士を幾人か引き連れて参りましょう。」
「さようですか。」
ムモルスは特に異論なく承知した。
「ところで、食糧の補給が滞っておりますな。」
テウデリクが問うた。
「そうだな、ある程度は運んできたし、ポワティエで大公にかなり供出させたけど、そこからロワール河に辿り着くあたりで食い尽くした。」
曲者が苛立たしげに言った。
それは困る。このロゴの領地で略奪を始められたら困る。それもあってテウデリクが同行するのだ。
かといって、北隣りのギリエンの領地でやられても困る。あっちは友人でもあるから、あまり派手にやられてしまうと気まずくなるのだ。
「少し遠回りになりますが、ここから東に向かいましょう。」
テウデリクが言った。
「レイズの村というところがあるのですが、父ロゴの忠実な封臣です。援軍となられた皆様が必要なものは、なんでも喜んで提供致すでしょう。」
にやっと笑った。
ムモルスも曲者も、にやっとした。
いずれもロゴの回した回状には目を通しているから、レイズというのがどういう人間かは知っている。
封建制が成立しつつあるこのガリアで、レイズの行いは許されざる行為であるし、また軽蔑すべきでもある。
ブルンヒルドに取り入って許しを得たとしても、ガリアの名のある者はすべからくレイズの名を非行とともに覚えている。
ロゴは東フランク王の肝入りでレイズの復帰を捻じ込まれているから、直接手を出すことができない。レイズの村は、事実上独立領のようになっていた。
レイズが復帰するというときに、テウデリクが村人を全部ナントに移していたから、村は無人だったが、今はポワティエ周辺から移住者を募ったり、奴隷を買ってきたりして、色々と盛んにやっているらしい。
焼き捨てた城も復旧させようとしているようだ。
ならば、フランクの三王国が協力して軍勢を発しているこの戦役に、多少なりとも活躍の機会を与えてやらねば、却って失礼というものだろう。
・・・
「どうぞ、ムモルス殿、曲者殿、必要なものは、何でも持って行かれよ。」
レイズの村が見えるところまで来たので、テウデリクは鷹揚に言った。
「ふむ。なんと太っ腹なことであろうか。その広き心、まさに騎士道精神の鏡というべきですなあ。」
曲者・グントラムがわざとらしく感嘆する。
一応筋は通っている。
ロゴの封臣の領地は、ロゴの領地だ。事実上手が出せないだけで、ここにあるものは全てロゴの物だ。だからロゴの名代であるテウデリクが許可すれば、この村の物は全て遠征軍が好きに使っていいはずなのだ。
「者ども! 殺すな。必要なものは何でも持っていけ!」
ムモルスが叫んだ。
エウニウス・ムモルスは、元老院階級出身の品の良いガロ・ローマ人ではあるが、別に自分だけ清廉を気取っているわけではない。どうぞと言われたら受け取るのは当然であろう。
前方から人が走ってくる。慌てふためいているが、非常に豪華な衣装を着ている。
「何事ですかな? ここは我が領地。おいでのご用件をお伺いいたしましょう。いずれにせよ、大歓迎致しましょう! ところで、略奪とか、なさるとか、そういうのはなさらないでしょうな?」
レイズが混乱しながら話し掛けた。
「おや、こちらの封臣殿ですかな。我らはグントラム王、シギベルト王より派遣された軍勢じゃ。」
曲者・グントラムはにやにやしながら馬上から声を掛けてやった。
「おのおの方、あれが城ですぞ。城というか、城のつもりのあばら家ですが。どうぞあそこでまずは旅の疲れを癒しなされよ。」
テウデリクがレイズを無視して両将に声を掛けた。
「おお、テウデリク殿、かたじけない。」
ムモルスと曲者は、馬を駆って丘を登っていった。
テウデリクも共に続く。
「ひぃー。お待ちを、お待ち下されい。あっ、おいっ、略奪してるのかね? おい、それはやめた方がいいぞ。僕の父親はポワティエ大公なんだが、おい、略奪じゃないよね。それ、略奪じゃないよね。あ、女は勝手に抱かないで。いや、構わないです。え、男手を連れて行くの? あ、いいです。はい。どうぞ。」
後ろからレイズが何か言っているが、完全に無視してやった。
・・・
「うーむ、この肉は少し硬いな。」
ムモルスはレイズの城、城というかあばら家で夕食を喰っていた。
「確かに、痩せているな。」
ボゾも難しい顔をしている。
「申し訳ありませんな。なにしろ、ここではゴブリンが出ますゆえ。」
テウデリクが全然申し訳ない顔をして詫びる。
「おい、客人方がご不満だ。下の酒蔵から、一番良い葡萄酒を持ってこい。」
召使に命じた。
「は。・・・はい。」
召使は渋々応じる。
レイズは食卓の隅のあたりでうろうろしている。
本来ならもてなす側として上座に座ってもいいのだが、そこはテウデリクが早々に座ってしまっている。その両脇にムモルスと曲者が座ってしまっているのだ。レイズには口も利かず、召使に食事の用意をさせて勝手に食事を始めているのだ。
レイズとしても、私室に引き籠っているわけにもいかない。
客人が来たのに、放っておいたとなると、名誉にかかわるのだ。
「しかし金蔵があったのは不幸中の幸い。おのおの方、色々と物入りでしょうから、必要なだけ持って行って下され!」
テウデリクがにこやかに言った。どうせレイズが持ち込んだ親の(ポワティエ大公の)金だから、全然惜しくない。
「「おお、喜んで馳走にあずかろう!」」
ムモルスもボゾも全く遠慮するつもりがない。
「馬もなかなかいいのが揃っておりましてな。」
テウデリクがにやりと笑う。
「ほう。」
「実は、見に行ったら、話しかけてきたのです。」
「馬が、テウデリク殿に、ですかな。」
ボゾが期待しながら聞き返した。
「そうなのです。連れて行ってくれと泣くので、どうしたのか聞きましたところ、」
テウデリクが、思わせぶりに一呼吸置いた。
「ほう、なんと答えましたかな。」
ムモルスも興味をひかれたようだ。
「最近男を乗せてない、と」
テウデリクの締めに合わせて、全員が哄笑した。
レイズは真っ赤な顔をして立ち尽くしている。
骨のある男なら決闘を申し込んでくるだろう。
もっとも、ムモルスに勝てる男など、そういない。
ボゾも、レイズごときにやられる男ではない。
テウデリクも、ゴブリン殺しとして名前が売れ始めているし、いずれにしても、各国の名士を前に、主君の息子、4歳児に決闘を申し込むことなどできない。大恥をかくだろう。しかも負けてしまいそうな気がする。
こうなれば、どんなに侮辱されても耐えるしかないだろう。
三人はレイズを尻目に楽しく食事を終え、それぞれ適当に見繕った部屋に戻って寝た。テウデリクは暗殺が怖いから、ネイとミーレを同じ部屋に入れ、警戒させることにした。
次の日、金目の物は何も残されていないレイズのあばら家を機嫌良く出たテウデリクは、ブルグンド王国のエウニウス・ムモルスと、東フランク王国の曲者・グントラムと共に北に向けて出発していった。
後ろからは、村で徴発された男女が荷物を運んでついてきている。
「村がまた空っぽになってしまったな。」
テウデリクがしみじみという。
「そうですね。」
ネイが小気味よさげに言った。
「この人たちはどうなさいますか?」
ミーレが聞いた。
「ブリトン王国との闘いが終わって無事帰って来たら、雑草が丘の下の村や、その他の村に分けて引き取る。」
テウデリクが答えた。
レイズは、またゼロから始め直さなければならなくなるだろう。
ご一読ありがとうございます。
次も少し遅くなるかもしれません!




