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4 パリへ! ~~ヒューゴの旅~~

開いて頂いてありがとうございます。

修道院を離れトゥールの町に出たヒューゴは、まずレイモンダルムの支店に顔を出した。

「よお」

「あっ、ヒューゴさんこんにちは!!」

手代が挨拶した。


「商売は繁盛しているかね。」

「はいっ、お蔭様で!」

「実は、このたび、俺はパリに出掛けることにした。」


手代が驚愕した。

「ヒューゴさんお一人で行かれるのですか?」


「うん、ギムザリウスの商隊に乗せて行って貰おうかとも思ったのだが、それよりは一人でのんびり旅をしようと思ってな。」


「危なくありませんですか?」手代が心配そうに聞いた。それはそうだろう。大人でも一人旅は危険だ。3歳児が一人で旅するなど、死にに行くようなものだ。

「大丈夫さ。」

ヒューゴは取り合わず、

「預けておいたものを頼む。」と言った。


背負い袋。

小剣。

皮製の防具。

小さな鍋。

薬研やげん。小さい物

乳鉢・乳棒。

携帯用製丸器(錠剤を作るためのもの)。


これだけのものを集めるのには、苦労した。


ガリアの地には、武具屋というものがない。大都市では、市が立ったときに、中古品が売られることがある程度で、基本的には領主などのお抱えの鍛冶屋などが個別に作る程度だ。鍛冶屋も武具鍛冶屋というものはほとんどいなくて、農具などを作る傍ら、注文があれば武具も作ることがあるというような状態だった。

そこで、レイモンダルムの支店を通して、鍛冶屋に体格と筋力に合った武器を作って貰っていたのだった。


一方で、薬作りをしようかと思っている。

グレゴリウスの書庫にあった薬草等の書籍は、かなり役に立ったので、頭の中に叩きこんである。薬草だけでなく、動物性の生薬も説明されていたので、宝の山のような書籍だった。

それに加えて、戦国時代で主流であった丸薬を作れないかと工夫してみたのだ。その結果、粉状にしたものを圧縮するための器械を考え出して、レイモンダルムの支店を通して、別々の鍛冶屋に部品ごとに発注し、やっと製丸器が完成したのだ。


そもそもなぜ丸薬を作る必要があるのか。

ヒューゴは、治療系の神聖魔法は一通り使えるようになっていたから、本来は別に丸薬を持っている必要はない。自分で自分の治療ができるし、病人がいれば、その場で治療すれば済む話のはずだ。

それでも、一回の治療で治らない場合もある。定期的な投薬によって、体質を改善したりするとなると、やはり丸薬の方が効果が高いこともあるのだ。

また、難病の類だと、やはり魔法では治せないこともある。


ゆっくり旅をしながら、自分なりの薬の製造法を研究しようと思っていたのだ。


「それから、これですね。」

支店の手代が、更に奥から出してきた。


書物 西ローマ帝国衰亡史(作:テウデリク)


巻物には全て封印がしてある。ヒューゴが支店に預けてから誰も開いていないということが確認できる。


「この書物は、テウデリクに送っておいてくれ。」

「はい。もうよろしいので?」

「ああ。ほぼ頭に入った。」

流石にかさばるので、持って行くわけにはいかなかった。


「それから、お預かりしていたお金です。」


お金 ソリドゥス金貨15枚、デナリウス銀貨40枚。現在のお金で50万円弱程度だ。グレゴリウスとした治療費の分け前を溜めていたものだが、武具などの調達でかなり減っている。それでも旅をするには十分だろう。


小剣を腰に付けた。後ろに突き出るように剣帯を調節したが、それでもぎりぎり地面に届かないくらいだ。本当は背負いたいのだが、袋があるから腰に付けるしかない。


残りの物を背負い袋に詰め込んだ。背負い袋は半分くらいは空いている。食糧などを入れることになるだろう。


「ヒューゴさん、あの・・・毛布とかを持って行った方がいいですよ。」

手代が遠慮がちに言った。

「ありがとう。しかし毛布は荷物になるからな。なんとかするからいいんだ。」


神聖魔法初級編で、室内快適魔法というものが説明されていたが、神聖魔法中級編では、周囲快適魔法というものも紹介されていた。部屋の中という限られた空間でなくても、自分の身の回りを温めたり涼しくしたりできるようだ。それで全てしのぐつもりでいる。


「では、世話になったな。またトゥールには戻ってくることもあるだろう。支店長にもよろしく伝えておいてくれ。」

「はい。ヒューゴさん、短いお付き合いでしたが、私どもにとっても実りの多いお付き合いでした。今後ともよろしくお引き立てのほどお願い致します。」

丁寧な礼で送り出された。


ヒューゴは次にギムザリウスの店に向かった。店頭で、「ヒューゴだが、ギムザリウスにお会いしたい。」と言ったところ、(なんでこんな幼児が?)という顔をしながらも、店員は取り次いでくれた。武装した幼児が珍しいのだろうが、しっかりとした口調もあって、とりあえず取り次ぎだけはしてくれたのだろう。


「おぉ、ヒューゴ様でしたな。先日は息子の治療をありがとうございました。」

ギムザリウスが丁寧に挨拶をしながら出てきた。

「どうぞこちらへ。私の部屋でお話ししましょう。」

「突然の来訪、失礼した。少しご挨拶に立ち寄ったのです。」

ヒューゴも丁寧に礼を言った。


「実はトゥールを離れることになりまして。」

執務室に入ると、ヒューゴが言った。

簡単に事情を説明する。追い出されたのではないかと思われてはいけないので、グレゴリウスに書かせた証明書を見せる。


「あ。なるほど。ヒューゴ様は、修道院にはもったいないお方だとずっと思っておりましたのです。以前頂いた書き付けは、記念に頂いております。」

ギムザリウスが執務室の壁を指さした。


「狼ハ、洞窟カラデテ吠エタ」

以前、ギムザリウスの番頭が金を持ってきたときに受け取り代わりに書いて渡したのだ。


「おや、そのようにされると、何やら面はゆいですな。」

ヒューゴが苦笑した。


「いえいえ、この筆跡の美しさ、配置の妙、文章の格調の高さ、いずれをとりましても一級品ともいうべきものにございます。そうだ、ご出発の記念に、また何か一筆、頂戴できませんでしょうか。」

そういって、ギムザリウスは羊皮紙を出してきた。普通の羊皮紙ではなく、高級品らしい。真っ白に輝いていて、薄く模様が浮き出ているのも美しい。薄く滑らかで、一流の職人が作ったものと思われた。


「ふむ。」

ヒューゴは少し考えて、

「今ヤ、羊ハ骨ヲ残スノミ。」と書いた。修道院には何も残されていないことを示唆している。人も知識も、全てはこのヒューゴの中にある。グレゴリウスは残り、書籍も積まれているが、誰の役にも立たないであろう。


「ほほう!」ギムザリウスは感嘆した。

「以前書いて頂いたものと、対になっているようですな。実に美しい連句というべきです。これで当家の客人にも自慢できるというもの。いや実は多くの人がこれに目を止められまして、是非ヒューゴ様をご紹介頂きたいとおっしゃっているのです。」


「そうですか。それは残念。またトゥールに戻ってきたときには、是非。」

ヒューゴはあっさりと答えた。それほど執着することもない。


「それが、そのうちの二人はパリの方でして。」

「ほう。」

「如何でございましょうか。私の紹介状をお持ち頂くというわけには参りませんでしょうか?」

「誰です、その二人というのは。」


「一人は、パリの大司教、ゲルマニクス様です。」

「ふむ。」

「もう一人は、・・・私の同業者です。」

「なんというお人です?」

「はい。プリスクスという商人でございます。」


「よろしい。ほかならぬギムザリウス殿のご紹介です。私もパリに立ち寄るのも良いかと思っておりましたので、その二通の紹介状はありがたくお受け取りしておきましょう。」


実は、この二人に紹介状を書いて貰うよう頼もうと思っていたのだった。こちらから言い出す前に申し出られて丁度良かった。


「ありがとうございます。それではしばらくお待ちくださいませ。」

「分かりました。しかし、ギムザリウス殿もユダヤ人と取引があるのですな。」

ヒューゴが軽く指摘した。


「おやおや、ご存知でしたか。」

ギムザリウスはにこやかに笑ったが、少し動揺しているようにも見える。

「プリスクスはパリの大商人。ユダヤ人で、キルペリク王に金を貸しています。金融業者ですが、パリの水運業や建設関係に資金を融通していると聞いていますな。」

「はは、ヒューゴ殿に隠し事はできませんな。ユダヤ人ではありますが、悪い人間ではございません。ヒューゴ殿は、会いに行くのはお嫌ですかな?」

ギムザリウスは覗き込むようにして尋ねた。


「いえ。ユダヤ人でも人であることには違いありません。私は別に何とも思っておりませんよ。」

ヒューゴは穏やかに答えた。


パリでは、ゲルマニクス大司教の下で、神聖魔法その他について更に学びたいと思っていたのだった。そして、その間、行動の自由を確保するために、どこか商人のところに泊めて貰うつもりだったのだ。


目的を達成して、ヒューゴはトゥールの北の門から城外に出た。



  ○ ○ ○ ○ ○



雑草が丘にて。


襲撃は突然だった。

テウデリクたちが鷹狩りを終えて雑草が丘の館に戻ろうとしていたとき、シノが突然足を止めた。

「テウ様、軍勢が足を潜めて行軍しています。」

「であるか。」

テウデリクは動揺を隠して答えた。どこの軍勢が攻めてくるのだろうか。一番考えられるのはポワティエ大公だが、今はロゴが攻め込んでいて防戦に手一杯のはず。それにグンドヴァルドゥスに再度攻め込んでくるような度胸があるとも思えない。


北隣りのギリエンとは和解している。奇襲を掛けてくるような関係ではないし、仮に奇襲してきたとしても、ロゴの主力が南にいるのは知っているから、空き家を攻めても意味がない。報復されるだけのことだ。

西隣りのガレオは、ロゴに恨みを抱いているが、塩田を破壊したことですっきりしているはずだ。わざわざ攻めてくるほどのことはない。

いずれにしても、ギリエンもガレオも、「軍勢」というほどの戦力は持っていない。


シノが馬を降り、地面に耳を付けた。テウデリク達も足を止め音を殺している。


「200を越えます。おそらく武装していますが、騎馬の者はほとんどいないようです。」


「見て参れ。」

テウデリクは短く命じた。

「はっ!」

「ヤンコー、館に走って外出を禁止せよ。留守の従士、用人らに命じて、物見櫓の警戒を厳にすること、鐘、角笛の用意をしておくこと。」

「はっ!」ヤンコーが駈けだした。一気に加速して風のように走って行く。

横を歩いていたマイナを引っ張り上げて一緒に馬に乗った。


「テウ様、どこの軍勢でしょうか。」

「見当もつかぬな。」

「シノのことですから、間違いはないのでしょうが。」

「うん。しかしそうすると200を超える軍勢ということだ。しかも足を潜めているということだから、こちらに攻撃を仕掛けてくるということになる。意図が分からぬな。」

「はい。」


敵が200ということだと、少し厳しくなる。

館には、テウデリクたちの他には、従士が5名、用人が10名残っているに過ぎない。村人を館に避難させ、そこから闘える者を選抜すれば頭数は揃うことになる。もっとも、歩兵としての従軍経験がある者は、20名程度しかいない。


(とりあえずは籠城して、相手の被害を誘うか。)

そう考えながら馬を進める。


「テウ様」

しばらく歩いていたら、シノが戻ってきた。

「どうだった。」

「はい。ドワーフの軍勢です。人数はおよそ210名、全て槍や盾、斧などで武装しています。魔の川と北の森の南を抜けてきた様子で、グラインガドルの鍛冶屋の横を通り過ぎ、西北から館に向かっています。距離は館から1リューほど、1刻ほどすれば村に到着します!」


「ミーレ、館に戻って戦闘準備を始めよ。村人には避難するよう指示せよ。鐘と角笛を吹いて良い。それと狼煙を上げよ。青だ。」

「はっ!」

「シノ、ナントに行って援軍を要請せよ。」

「はっ!」


テウデリクは、ミーレとシノが指示に従うのを見届け、自らも馬を走らせて西に向かった。館に帰ろうとしていたテウデリクと並行してドワーフの軍勢が進んでいるはずなのだ。その様子は自分の目で確かめておく必要がある。


・・・


「あれか!」

一人で声を上げた。

物陰から見下ろしていると、確かにドワーフの軍勢が行軍している。全員が徒歩で武装している。荷車を曳いている者がいるが、中には矢や食糧が入っているのかもしれない。攻城具は見当たらない。全員が前を向いて歩いている。戦意がある証拠だ。攻撃目標は近いようだ。


(すぐに館に帰るべきだな。)

テウデリクは急いで館に戻った。

ヤンコーが村の外を走り回っている。

「テウデリク様! 今、村の外に出ている村人に館に登るように指示しています!」

「よしっ! それでよい。ヤンコー、お前ももう少ししたら館に戻るように。それから今から村人に会ったら、ナントに向けて避難するように指示せよ。今から館に向かっても間に合わぬ。」

「はっ!」


丘を駆け上がり、館に入った。

村長が駆け寄ってくるのを無視して、ミーレの報告を聞く。


「テウ様、従士と用人の方々に武器を配りました。村人はほぼ館に入っています。戦える者15名を選抜して武器を渡しています。」

「であるか。」

「私とガーリナ、ヴェルナーで物見櫓を守ろうと思っています。」

「それで良い。僕は城門にいるつもりだ。」

「はっ。」


従士、用人、村人を城壁に並ばせた。テウデリクも城門の上に立って、敵の来襲を待っている。手にはフェイルノート、エルフの伝説の弓を持っている。曲者ボゾ・グントラムから通行料として巻き上げたものだ。


遠くから、軍勢が姿を現してきた。荒野の中では、200名の軍勢も砂粒のように見える。もっとも、雑草が丘の城砦の規模からすると充分な強敵ではある。

軍勢は村を略奪することもなく、まっすぐに丘の下の広場に集結し、少しずつ丘を登ってきた。

ご一読ありがとうございました! 次の投稿は少し遅れるかもしれません。

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