2 テウデリクの築城 ~~建設ラッシュだ! ~~
下手糞な図で申し訳ありませんが、言葉では分からなさそうなところを書きました。
今日からロゴは留守にしている。
ポワティエ近郊に出掛けているのだ。
先日の戦では、ポワティエ大公グンドヴァルドゥスと、その息子レイズによって、自領を荒らされた。東の村は焼かれ、レイズの村では村人が攫われ、封臣ザイルの村近くを侵犯された。更にロゴの領地ではないが、海岸地帯の塩田が破壊されている。これは正体不明の襲撃者によるものだが、ロゴは、表向きには、「グンドヴァルドゥスの野郎にやられたに違いない。」と言い張っている。時期的にも言い訳は難しいだろう。
そこで、ロゴはポワティエ周辺のフランク領主に声を掛け、報復として、一緒にポワティエ近隣の村を掠略しようと誘っているのだ。
おそらく2か月程度は帰ってこないだろう。捕虜をたくさん連れて帰って来てくれることを希望している。
そして、その間、テウデリクが留守番を任されている。
なので、この機会に、雑草が丘周辺を大幅に作り変えるつもりなのだ。
「レイモンダルム」
「はい。テウデリク様。」
御用商人がうやうやしく頭を下げる。
「ナントの防御施設では、世話になったな。」
「いえいえ、こちらこそ、私にご注文頂きありがとうございました。独立直後のことでしたから、お任せ頂いて私も商売の幸先良い始まりとなりました。」
「次はここだ。」
「は。喜んでやらせて頂きます。」
テウデリクからの依頼があったので、100人を超える労働力を連れてきている。
ヴェルナーが設計図を広げた。
「・・・。なんと、これは!! この図は、ここ、雑草が丘でしょうか?!」
レイモンダルムが驚きの声を上げた。
「ふむ。そうだ。雑草が丘の上を切り開き平面にする。そして、平面の端に煉瓦造りの壁を立てまわすのだ。壁の外側には壕を掘る。壁の内側に物見櫓を3つ作る。更に、平面の一部を山として残しておき、その上に本丸として父者の居館を立てるのだ。」
全体として、それほど大きくはない。
本丸からなら、城壁まで矢が届く程度だから、逆に言えば城壁に近づく敵は、本丸、物見櫓、城壁からの矢で殲滅させることができるだろう。
そして広場は、ぎりぎり詰め込めば数百人は入れることができる。村に敵が攻めてきたときには、ここに収容することができるのだ。ゆくゆくは二階建て、できれば三階建ての建物を作ろうと思っている。地下室も欲しい。
そうすれば、更に収容可能人数が増えるし、食糧や武器の保存にも使えると思っている。籠城戦もできるようになれば、更に良い。もっとも、それは先の話だ。
「煉瓦はどうなさいますか?」
「もう焼き始めている。山を切り開き終わったころには、下の広場に積み上がっているはずだ。」
「壁はどの程度の厚さで考えておいでですか? 薄いと破城槌で破られるのでは?」
レイモンダルムも年季を経た商人だから、多少の軍事知識はある。
「山の中腹まで持って上がるのは困難だ。それよりは燃えない壁の方が大切なのだ。厚さは、1キュビット程度で考えている。」
「工期は?」
「できれば1か月。並行して物見櫓と館を建てる。物見櫓は木製で考えているが、館はやはり煉瓦で作る。それ以上かかると、父が帰って来られるまでの間に完成しないかもしれぬのだ。」
「ロゴ様はご承知で?」
「もちろんだ。」
詳細に説明したわけではない。
テウデリクが、
「ちょっといじりますよ。」
と言ったら、ロゴは、
「おお、いいぜ。」と答えたのだ。
丘の形まで変わるとは思っていないだろう。
「承知致しました!!」
レイモンダルムは、さっそく待たせておいた労働者のところに走っていって、主だった者との打ち合わせを始めた。ヴェルナーも一緒に行かせている。
・・・
館の人間は、工事の間は、下の村の村長の家に厄介になることになっていた。
クロティルドたちはそこで休んでいる。用人や下女は、レイモンダルムに預けて手伝わせている。
村人のうち、手が空いている者は、レイモンダルムの指揮下に付けた。これで更に工事が捗るだろう。もちろん給金は十二分に用意している。
「ミーレ、シノ、ヤンコー、マイナ」
「「「「はっ!」」」」
「出掛けるぞ。」
オスプレイの雛が充分に育っていたのだ。ジャイロ、ジューヌの二羽は、テウデリクとマイナで訓練して鷹狩りに使えるようになっていた。もっと訓練を重ねて、テウデリクの思い通りに飛び回るようにさせるつもりなのだ。
村長の家を出たが、すぐに荒野には出ない。まずは森に向かい、鍛冶屋のグラインガドルのところへ行った。様子を見に行くのだ。ヤンコーとマイナは徒歩だが、テウデリクとミーレとシノは馬に乗っている。
鍛冶屋の隣には陶芸場ができていた。テウデリクが見出したムール少年が陶芸の研究をしているのだ。ユーローたちの釉薬の研究も進み、それなりに商品となる陶器が作られるようになっていた。
今は陶器作りの作業は止まっている。
煉瓦を焼いているのだ。
「ムール、調子はどうか。」
テウデリクが馬から降りて聞いた。
「はいっ、粘土を掘る係りと成型する係り、焼く係りと三班に分かれて進めています! 運びだしは、粘土を掘る係りが必要な分を掘り出し終わったら、その人たちに頼んでどんどん雑草が丘下の広場に持って行く予定です!」
「よしっ! その調子でしっかりやれ。」
「はいっ!」
「陶器も、あとしばらくしたら定期市に出せるようになりますね。」
ミーレが言った。
「うむ。」
定期市は空前の大成功を収めていた。
布は工機を改良することにより、更に滑らかになった。そして、漂白して染色することによって、驚くほど鮮やかな布が大量生産できるようになっているのだ。
どうやらポワティエの方でも布が売りに出されているらしいのだが、品質は比べものにならない。
塩も売り始めている。これは必需品だから飛ぶように売れている。布のように値段が高騰しないからそれほど荒稼ぎにはならないが、原価が安く、しかも必ず売れるので安定収入となっている。もっとも冬になると生産高が落ちるかもしれないという報告を用人のジャルから受けている。先日の戦闘で得た捕虜を多数投入しているので、塩田は更に拡大している。手が空いた人間には砂鉄を掘らせている。もっと人手が欲しいところだ。船便も充分には回せていない。
これらの取引が定期的になされているので、ナントでは、常に商人が行き交っている。定期市が立つ日以外でも、商売の機会はたくさんあるのだ。ナントの西岸側には生産工場があるので、そこの工員たちが生活必需品などを買いに来るのでナントには商店街のようなものもでき始めていた。
腕に覚えのある服飾職人が移住してきたこともあり、ナントは商業都市に変貌を遂げようとしていた。
これで陶器が加われば、凄いことになるだろう。
・・・
テウデリクは、煉瓦作業を見たあと、グラインガドルの鍛冶屋に入った。グラインガドルは村の若者を数名弟子に付けたのだが、今は一時的に引き抜いてムールの煉瓦造りを手伝わせている。
「うわー、ひょううー。すっげえぇーなあ。」
間延びしているのか、叫んでいるのか良く分からない声がしている。
「グラインガドル、入るぞ。」
「どわーあ。うおぉーん。ん。」
「おい、グラインガドル。」
「あテウデリク様。」
グラインガドルは手を休めずに答えた。
カンカンと槌を振り降ろしている。
ユーローも一緒に汗だくになって手伝っているが、集中しすぎて見向きもしない。
しばらく掛かりそうなので、座って待つことにした。
ヤンコーが口を開く。
「今頃、ネイ兄貴は何してるんだろうなぁ。」
ネイは、改めて正式に騎乗を許され、ロゴの従士に組み込まれたのだ。今回は、ポワティエ襲撃に参戦している。
「俺も行きたかったな。」
「あなたはまだ早いわ。」
ミーレが厳しく言った。
「だって。ミーレさん、俺も野蛮魔法を使えるようになったんだよ。」
テウデリクはヒューゴからの手紙を読んで、ハタと膝を打って、男の子たちと血杯を交わしたのだ。ネイ、ヴェルナー、ユーロー、ヤンコーも野蛮魔法を使えるようになっている。
「それでも早いわ。どんなに力が強くなっても、身体が小さければ圧倒的に不利なのだから。」
ミーレが窘める。
「うん。分かってる。」
ヤンコーが、少しもじもじしながら言った。ミーレのことが好きなのだ。
「うわ、気持ちわる。」シノが小声で言った。結構毒舌なのだ。それにシノは、ミーレのことを「お姉さま」と言って慕っているから、ヤンコーがミーレにべたべたするのは少し不快なのだ。
マイナが、
「テウ様、野蛮魔法って、なに?」と聞くが、ちょっと説明しがたい。いや、血杯というやり方が分かった以上、別にいかがわしいやり方で継承する必要はないのだが、テウデリクは、何かに目覚めてしまったので、女の子にはやはり特殊な継承方法を取りたいのだ。
「うむ。もう少し大きくなったら説明してやろう。」
テウデリクが重々しく言った。
マイナが言い返そうとしたが、丁度そのときグラインガドルの作業がひと段落した。
「おおぉ、テウデリク様! このミョルニルって奴、凄すぎるんだあ。」
グラインガドルが言った。ドワーフの王様がずっと探しているという伝説の大槌なのだ。
「そうか。」
「打てば、普通の鉄よりも固くなるんだ!」
なにか不可思議な化学変化でも起きているのか、伝説の大槌、ミョルニルで鍛えると、鉄が変質して何か違うものに変わってしまっているのだ。しかも強度が各段に上がっているから、武器としては最適といえる。もはや化学変化の域を超え、魔術的変化をしているというべきかもしれない。
「カタナはできたか。」
「まだ色々試している途中だあ。今は鎧を作っているんだぁ。量産しろって言われたもんだから。」
今までは板金で身体を覆っていたが、重くなりすぎるのでどうしても薄く作っていた。
そこで、小札鎧を作らせていたのだ。鉄を小さな札にして、それを鎖などで連結して鎧の形にするのだが、身動きがしやすく、しかも一枚板よりは軽い。その分強度を犠牲にすることになるのだが、ミョルニルを使って鍛えれば、どのような攻撃もほぼ完全に防御できることが判明した。
これは、ロゴの配下全てに用意するつもりなのだ。
「ミョルニルは、すごいんだあ。」
グラインガドルが言った。
「ミョルニル、すごいですよ!」
ユーローも言った。
この二人がそういうのなら、そうなのだろう。
「グントラムとかいう奴が落として行ってくれて、運が良かったな。」
テウデリクはそう言ってから腰を上げた。
鷹狩りに出掛けるのだ。
グラインガドルの鍛冶屋の裏は森になっている。森の中だと見晴らしが悪く鷹狩りには適していない。
少し離れた荒野に出た。もちろん多少の野草は生えているし、ところどころには藪がある。起伏も激しく複雑な地形だから、鷹狩りをしたら面白い土地と見た。
テウデリクは配下を連れて小高い丘に登った。
「ほう。」
なかなか良い眺めだ。
目を細めて地形を観察し、鳥か獣を探す。オスプレイはまだ子供だから、完全には育ち切っていない。両翼を広げてせいぜい1キュビット《50センチ》程度だから、大きな獲物を狙うのは無理だろう。それでも今日は練習に来ているだけなので構わない。
眼下に広がる野原の藪があやしい感じがする。小さな兎などが隠れている可能性が高いと見た。
配下の者に藪の場所を指さし、それぞれがどの方向から突入するか説明する。鷹が地上を狙いやすい広い場所に獲物が逃げるように誘導する陣形を作らせるのだ。
ミーレたちが散って行った。マイナは残っている。
「マイナ、行こうか。」
「はい。あれ、この丘の上からじゃないんですか?」
「ああ、追い立ててすぐに飛び掛かれるくらいの距離に詰めるんだ。」
「分かりました!」
これがなかなか難しい。近くに行くと、高い場所が見つからないこともある。そうすると、追い子に同時に合図ができない場合もある。低い場所で鷹を放つと、一度飛び上がらないといけないから、その間に獲物が隠れてしまうことになる。だから最初に地形を見極めて、どこの獲物をどう追い込むか、どこから鷹を放つかを決めなければならないのだ。
これはミーレたちにも順番に考えさせていこうと思っている。
狙いの藪の近くに来た。追い子全員の顔を確認して、合図した。
ミーレたちが、「わああ!」と声を上げながら藪に突進する。藪の中にがさがさと入って行くと、兎たちがあちこちに分散しながら飛び出してきた。ミーレの横を擦り抜けて逃げる兎もいる。追い子の数が少ないから、完全な包囲網が作れないのだ。
「来た!」マイナが叫んだ。2羽の兎がテウデリクの方に向かって近づいてくる。テウデリクは、オスプレイを放った。メスのジューヌの方を先に行かせている。
ジューヌは、ひゅっと飛んで兎に迫ったが、飛び立った位置が充分に高くはなかったので、スピードが出せず兎に躱されてしまった。もう一度スピードを稼ぐために高く舞い上がるが、その間に兎には逃げられてしまった。
その後、何度かやったが、その日は獲物がなかった。
正確には兎が一羽捕まっている。シノが飛び掛かって捕まえたのだ。大人げないと言ってはいけない。
テウデリクはシノを褒め、兎を焼いて全員で食べた。二羽のオスプレイにも与え、味を覚えさせる。
「よし、この調子でできるだけ頻繁に時間を見つけてやっていこう。」
「はい!」全員が答えた。なかなか楽しかったようだ。次からは、一人ずつ、陣形を考えさせたり、鷹を放つ役をさせたりしていくことにする。良い軍事訓練になるだろう。特にミーレとヤンコーは、将来的には指揮官としての能力も期待している。その意味でも地形を見る目を養わせていく必要があるのだ。
煉瓦と煉瓦はどうやって接着させていたのか、さっぱり分かりませんでした。鷹狩りも、おおよその仕組みは想像付きますが、具体的に描写しようとすると、自分の知識不足を痛感しますね。きっと、こんな感じだろうと思って書きました。きっと戦国武将が読めば失笑するでしょう。
ご一読ありがとうございました!